旅の終わり 4
「大和。あの日の事……覚えてるか? 俺とお前が妖魔に襲われて、離れ離れになった……」
「……忘れる訳ないだろ」
大和は唇を噛んだ。
あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。
突如、大和と斬影の許に、妖魔が群れを成して襲ってきたのだ。
妖魔の狙いは、大和の中に眠る鬼の力。住んでいた家は焼かれ、斬影は大和を庇って妖魔と相討ちになり――妖魔は胴を斬り裂かれ、斬影は深手を負って川へ落ちた。
それ以来、斬影は行方不明になっていた。
それが今から十年前の話――
「俺はな。あの後、偶然すぐ近くにいた奴に引き上げられたんだ。そうじゃなきゃ、あの時期あの怪我で川に落ちて命がある訳がねぇ」
「…………」
「……けど、その集落にゃ医者が居なくてな。応急手当てしか出来なくてよ。俺は暫く生死の境を彷徨ってた」
大和は黙って斬影の話に耳を傾けている。
何とか一命を取り留めた斬影は、町の医者の所まで運ばれたそうだ。だが、その時には既に妖魔の毒が全身に回り、彼は身動き一つ取れなかったと言う。
「目が覚めたら、指一本動かすどころか喋るのにも難儀した」
斬影はまた酒を呷り、
「暫くは寝たきり。毒を抜いて動けるようになるまでにはかなり時間が掛かった」
「…………」
「……で、動けるようになったら動けるようになったで、治療費と生活費を稼がにゃならん。何せ無一文だからな。家も何もかも焼けちまったし。けど俺は刀が握れなかった」
斬影は自分の掌を見詰めた。
「体が鈍ったのもあるが……何より完全には妖魔の毒が抜けなくてな。時々全身が痺れて動けなくなるんだよ。だから暫くは野良仕事手伝いながらコツコツやってた」
「……そう……か」
大和は小さく呟くと、少しばつが悪そうに頬を掻いた。
「……そうならそうと早く言え」
「言う前にお前が殴ったんだろうが」
斬影は大和の頭を軽く小突く。
やがて自嘲めいた笑みを浮かべ、
「本当は動けるようになったら、すぐにでもお前を捜しに行きたかったんだけどよ。やっと落ち着いて……山に戻ってみれば当然お前は居ない。それどころかいつの間にか退治屋として名を上げてる」
彼はまた酒を注ぐ。
だが、今度はそれを呷る事はせず、杯の中に浮かぶ月を揺らす。
「俺が動けない間にお前は立派に成長してた」
「…………」
「それに比べて……俺はこうして刀握れるようになったのはつい最近。それも昔のようにはいかねぇ。昼間お前に打ち込んだ時も……正直結構キツかったんだぜ」
「!」
斬影は笑ったが、大和は複雑な思いで斬影を見詰めた。
その一言は彼の力の有り様を示唆している。
つまり、斬影は“その程度”の力しか無いということだ。
(……だからこんな……)
大和は胸中で独りごちた。
だからこんな妖魔の少ない山に住んでいるのだ。これ以上は彼の手に負えないから。
以前の斬影なら考えられない事だ。
「…………」
大和は俯いた。
あの日。妖魔に襲われたのは自分のせいだ。
斬影は大和を庇って力を失った……
「……斬影……俺……」
大和が口を開く。
だが、斬影はそれを遮るように言葉を重ねた。
「自分のせいだなんて思うなよ。そんな事言ったら、お前が生まれてきた事自体が悪いって事になっちまう。そんな事ある訳ねぇ」
「……けど……あれは……」
「大和」
斬影は深い吐息を漏らすと、意外な事を言ってきた。
「俺はよ。お前と暮らした七年間……楽しかったんだぜ?」
「…………?」
大和は眉根を寄せる。
斬影が何を言いたいのか、理解出来なかった。
「そりゃ最初は可愛げのねぇガキだと思ったさ。泣きもしねぇ。笑いもしねぇ……おまけにこっちの言う事に反応すらしねぇ」
「…………」
含み笑いを漏らしながら斬影は続ける。
「でもよ。お前が喋るようになって、甘いモン旨そうに食って……その辺のガキ共と一緒にいるトコ見て思った。『こいつもただのガキだな』って。何も変わんねぇんだよ」
「……斬影?」
斬影は大和の方へ視線を向け、
「お前はほんの少し感情を面に出すのが下手くそだっただけ……」
そう言って、斬影は大和の頭に手を置いた。そのままくしゃっと、大和の頭を撫でる。
「謝らなきゃならんのは俺の方だ。すまなかった。大和。お前の事を護ってやれなくて。しんどい思いさせた」
ふっと苦笑いを浮かべ、
「“親”ってのは“子供”を護るモンなのにな」




