旅の終わり 2
「…………」
大和は無言でため息をついた。
一通り町を歩いて、小夜と落ち合う予定の茶屋に行ってみれば、小夜の姿はどこにも見えない。どうやらまだ千乃の所で話し込んでいるようだ。
すっかり冷めきった茶を飲み干して、そろそろ迎えに行った方が良いかと思った――その時。
「!」
ギィィィンッ!――
背後からの鋭い殺気と打ち込みに、大和は咄嗟に刀を抜く。
相手の刃を受け止めて――大和は違和感を覚えた。
(……これ……この感じ……)
その違和感が何なのか――大和がそれに気付くより先に、声が聞こえてくる。
「……ほぉ。受けたか。流石に“鬼神”なんぞと大層な呼ばれ方をされてるだけの事はある」
「…………!」
その声を聞いた瞬間、大和は全身を粟立たせた。
声と同時に殺気は消え、刀が引かれる。
大和も静かに刀を下ろす。
「…………」
「“白髪野郎”なんて聞いてまさかとは思ったが……やっぱりお前だったか」
先程の太刀筋といい、この飄々とした口調といい……
自分の背後に居るのは――……
(まさか……でも……そんな……)
信じられない思いで、大和は振り返った。
そこに居たのは――……
長い黒髪を結い上げた、隻眼の男。
彼は刀を肩に担ぎ上げ、ニッと笑ってみせる。
「十年振りか。久し振りだな。大和」
「……斬……影……?」
大和が呟くのを聞いて、男――斬影は笑みを濃くした。
「おう。元気そうじゃねぇか。デカくなったな。見違えたぜ」
「…………」
大和は言葉が見付からない。
何を言えばいいのか……
ただ、黙って目の前の人物を見詰める。
「たまたまこの町に寄ったんだが……こんな所で会えるとは思わなかった」
「…………っ」
斬影が何か言っているが、大和はほとんど聞いていなかった。
俯いて、肩を震わせる。
「……うん?」
その様子に、斬影が訝しげな声をあげた。
こちらに歩み寄り、
「どうした。大和。具合でも悪いのか? いや、そんな訳ねぇな。お前昔から病気ひとつしなかったし……」
斬影は顎に手を添え、
「ははーん。そうか……久し振りの再会だからな。嬉しくて泣きそうなんだろ? 泣いてもいいんだぞ? ん?」
「――――!」
その瞬間――
ぷつり……と、大和の中で何かが音を立てて切れた。
「……い……」
「……い?」
大和の顔を覗き込むようにしていた斬影が、疑問符を浮かべる。
大和は顔を上げた。はっきりと怒りの色を滲ませ、思い切り拳を振り上げる。
「今までどこ行ってた! この野郎――――っ!」
「どあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
大和の怒りの拳が斬影の顔面に炸裂する。
斬影の体は吹っ飛んで、そのまますぐ隣の雑貨屋の積み荷に突っ込んだ。
「うわっ!? ちょっと……なんだい、アンタ!」
「……あいててて……あ……」
驚く店員は無視して、殴られた部分を擦りながら、斬影が顔を上げる。
視線の先には、指を鳴らしながら大和がゆっくりとこちら歩み寄ってくるのが見えた。
斬影は慌てて手を振り、
「ちょ……ちょっと待って! 大和君! ちょっと落ち着いて!」
「……うるせぇ。てめぇ……今までどこで何やってた……」
低く唸る大和に、斬影は口早に――そして必死に弁解しようとする。
「いやあのね!? 俺にも色々事情があってね!? その辺は後でゆっくり話すから……だから……ちょ……」
だが、大和は聞く耳を持たなかった。
「じゃあかぁしゃあぁっ! てめぇ、俺が今までどんだけ苦労したと思ってんだ! コラァァァァァッ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 死ぬ死ぬっ! ちょ……待っ……やめ……っ! あああああぁぁぁぁぁっ!」
「ちょっと! アンタら! 喧嘩なら余所でやっとくれよ!」
店員の制止も無視して、大和はひたすら斬影を殴り続けた。
「ああ。すっかり話し込んじゃった。大和……待ちくたびれてるだろうなぁ」
小夜は駆け足で、大和と落ち合う予定の茶屋に向かう。
――が。
「……あれ?」
着いてみれば、大和の姿は見えない。
「……まだ来てない……?」
小夜は辺りを見回し――ふと、隣の店が騒がしい事に気付く。
「…………? 何かな?」
小夜は人混みを掻き分け、騒ぎの中心に向かう。
「すみません……ちょっと……通して下さぁい……」
騒ぎの中心――そこに居たのは。
「あっ! 大和!?」
「小夜」
呼ばれて、大和は小夜の方へ顔を向けた。
「何やってるの!?」
小夜は思わず悲鳴じみた声をあげる。
大和の足元には、大和が殴ったモノなのか――ボコボコにされた男が気絶していた。
「だ……大丈夫です……か?」
「ああ。らいじょぶ。らいじょぶ」
小夜の問いに、顔面包帯ぐるぐる巻きの男は、気楽に手を振りながら答えた。
あれから少し場所を移動し、大和らは裏通りを歩いている。
「…………」
「……ねぇ。大和。この人……誰?」
仏頂面で歩く大和の後ろから、小声で小夜が問い掛けた。
大和が何か言うより先に、男が口を開く。
包帯を取りながら、
「まったく。相変わらずお前は……手加減てモンを知らねぇ。一瞬花畑が見えたぞ、俺は。一体どういう育ち方したらこんな無茶が出来るんだか。親の顔が見てみたいモンだ」
「…………」
大和は半眼で男を睨みやる。
「ま……でも元気そうで安心した」
「…………」
男のその言葉に、大和は一瞬表情を緩めた。
――が。
次の瞬間。
「それに……お前がそんな可愛い嫁さん連れてるとは思わなかった」
それを聞いて、大和は思い切り吹き出した。
「なっ……な……」
「ガキの頃からそういうのには全然興味示さなかったから、ちと心配してたが……杞憂だったな」
腕組みして一人頷く男に、大和は激しくかぶりを振り、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「何言ってんだっ! 酔ってんのかっ!?」
「酔ってねぇよ。まだ飲んでねぇ。それにあんだけ殴られりゃ酔いも醒めるっつーの」
「…………」
暫しぼんやり二人のやり取りを眺めていた小夜。
やがて、はっと息を呑む。
「あっ!」
何か思い付いたように小夜が声をあげ、二人の視線もそちらに向く。
小夜は大和の方へ向き直り、
「この人……大和が会ったら、一発殴りたいって言ってた人ね!?」
「……それは忘れろって……」
半眼で呻く大和の横から、男が口を挟む。
「いやいや。一発どころか……五、六十発殴られたような気がすんだけど」
それを聞いて、大和はあっさりとかぶりを振る。
「そんなに殴ってない。四十八発」
「大して変わんねぇだろ!? 何、お前……俺の事殺す気だったのか!?」
「前半は」
「何。前半って。前半殺す気で、後半トドメ刺しに掛かってたの?」
それには答えず、大和は歩き出す。
小夜が大和の着物の袖を引っ張った。
「……で……結局この人は大和とどういう関係なの?」
「…………」
小夜の問いに、どう答えたモノかと大和が迷っていると、
「何だ。大和。お前、嫁さんに話してないのか」
「……だから嫁じゃない」
大和の呻き声は無視し、男は大和の肩に手を置いた。
ぐりぐりと大和のこめかみに拳を押し当て、
「俺は斬影。こいつの育ての親で、剣の師匠ってところか。なぁ?」
「えっ!?」
「…………」
大和は斬影の手を払い退け、ぷいっと顔を背ける。
小夜は驚いて口元に手を当てた。
「お……お父……さん? 大和の?」
「…………」
大和はかなりの時間迷ってから、低く呻いた。
「……まぁ……一応……」
その一言に、斬影は思わず声をあげる。
「一応ってなんだ! 一応って! 可愛げのねぇ赤ん坊の頃から面倒みてやったお父様に向かって!」
「……手を離れた時間の方が長いだろ」
「それはそうだけど! 子供ってのはいつか親の手を離れるモンなんだよ!」
「…………」
「その……お前は“ちょっと”離れる時期が早かったけど」
突然、声を低くくしてもごもごと呟く斬影に、大和は嘆息した。




