過去と未来と 7
『!』
それを聞いた瞬間、鬼が目を見開く。
やがて薄く笑うと、鬼は大和との距離を取る。
『ならば護ってみせろ。お前の大切なモノとやらを……』
「…………」
鬼が刀を天に掲げた。
刹那――鬼の妖気が膨れ上がる。そして、頭上に巨大な炎の塊が出現した。
それはまるで、太陽のようだった。
「な……!」
『お前は大切なモノを護るのだろう? これを止めねば、この辺り一帯は焦土と化すぞ』
そう言って、鬼が大和に刀を向ける。
その瞬間、炎の塊は真っ直ぐ大和に向かっていく。
「この……!」
大和は低く呻いて、風で壁を作ると、全力で炎を押し返す。
いくら鬼の力に目覚めたと言っても、その力の差が全て埋まった訳では無かった。圧倒的な力の前に、大和はただ歯を食い縛って耐えるしかない。
気を抜けば、一気に押し潰される。
(……このままじゃ身動きが取れない……じわじわ削られるだけだ)
必死に堪える大和を嘲笑うように、鬼の妖気が更に強さを増す。
炎の塊はズン! と、より重く大和に伸し掛かる。
「くっ……!」
あまりの重みに、大和は堪らず膝をつく。
これ以上は持ち堪えられない――大和がそう思った瞬間。
『……ぐっ……!?』
突然、鬼が苦しげな声をあげ、刀を落とした。
「!?」
驚いて見ると、鬼の妖気は安定せず――大和の上にあった重圧が僅かに軽くなった。
「……これは……一体……」
『くっ……ぅ……』
大和は困惑する。
鬼は頭を抱え、低く呻き声をあげた。
『あぁぁ……! お前……俺の中に……! 椿……っ!』
「なっ!?」
大和が驚いていると、どこからか椿の声が響いてきた。
「……貴方の意識が大和さんと……そして小夜さんに向いていて良かった。おかげで貴方の中に入り込む事が出来ました」
『ぐっ……椿ぃぃ……!』
鬼は苦悶の表情を浮かべる。
そして、術を維持する事が出来なくなったのか――鬼の造り出した炎の塊は、呆気なく霧散した。
「!」
「貴方を完全に支配する事は出来ませんが……今は少し動きを止められるだけで充分……」
その言葉に、鬼は顔を上げた。
見れば、大和が真っ直ぐこちらに突っ込んで来る。鬼は大和の攻撃を避けようと身を捩ったが、それが遅すぎる事は自分でもよく分かっていた。
その瞬間――鬼は息を呑んだ。
大和の瞳の色が、かつて自分を封じた退魔師のものと重なって見える――
気付けば、大和の刀は深々と鬼の胸板を貫いていた。
◆◇◆◇◆
『……お前……名は何と言う?』
鬼の問いに、女は不快そうに眉を顰めた。
「……椿。人に名前を訊ねる時は自分から名乗るものですよ」
女――椿は名乗って、鬼を睨み据える。
すると、鬼は声をあげて笑った。
『はははっ! それは悪かった。だが、名乗ってやろうにも俺には名が無い』
「…………」
椿は怪訝な表情をする。
鬼は暫し何か考えるような仕草をみせ、
『俺は名が無くて困った事はないが……そうだな。敢えて言うなら“白鬼”か』
「白鬼……」
『この白い髪と、俺に襲われた時の身も凍るような恐怖を雪に準え、白き鬼……白鬼とそう呼ぶ』
鬼は目を細め、
『それで……椿。俺の前に現れたという事は……覚悟は出来たのか?』
「ええ。私は退魔師です。私は私の護るべきモノの為に戦います。貴方はそれを破壊する者。だから……退治します」
『成る程』
「それに……」
『ん?』
「私は貴方が嫌いです」
それを聞いた瞬間、鬼は吹き出した。
『そうか』
◆◇◆◇◆
(護る……か……)
昔の事を思い出しながら、鬼はゆっくりと仰向けに倒れていく。
ふっと笑んで、
『……お前の勝ちだ。大和』
そう言って、鬼の体は大和の足元に沈んだ。
「…………」
『お……鬼様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
これまで黙って戦いを見守っていた久遠が、鬼の許へ駆け寄る。
久遠は鬼の隣までやって来ると、ぺたんと座り込み、ぼろぼろと涙を流す。
『久遠……』
『鬼様……鬼様ぁぁ……』
鬼は、そっと久遠の頭を撫でてやる。
『悪いな。負けた』
『嫌です! 鬼様! 死んじゃ嫌ですっ!』
鬼は大和の方へ視線を向けると、自身の角を一本折り――それを大和に投げた。
『ほら。受け取れ』
「な……」
大和がその角を受け止めると、鬼は笑う。
『俺を倒した証だ。持っていけ。頭にくっ付けたままだとあの世に持って行く事になるからな』
「…………」
大和が黙って角を見詰めていると、鬼が付け加えてきた。
『煎じて飲めば、不老長寿の妙薬になるぞ』
「!?」
『ま……試した事は無いがな』
驚く大和を見て、心底面白そうに鬼は笑った。
「……大和さん……」
鬼の体から離れた椿が、呼び掛けてくる。
彼女はこちらに視線を向け、
「大和さんは小夜さんを連れて、早くここから脱出して下さい。彼の最後は私が見届けます」
「椿。でも……アンタは……」
大和が何か言うより先に椿が口を開く。
「行って下さい。私の力は殆ど残っていないのです。もう長くは保たないでしょう。それに……彼は……私が封じた最後の妖です。私には彼の最後を見届ける義務があります」
「…………」
大和はそれ以上言葉を重ねる事はせず、力尽きて倒れていた小夜を抱き上げ、城から脱出する。
椿が無言でその背中を見送っていると、
『……良いのか? 一緒に行かなくて』
「私の役目は終わりました。それに……外へ出るまで私の体は保ちません」
背後からの声に、椿は振り返った。
「貴方の最後を見届けて……それで本当に終わりです」
『ふっ……』
鬼は小さく息を吐いた。
口調こそ先程までと変化はないが、彼の妖力は急速に衰えていく。
『鬼様……』
『久遠。お前も行け。ここに居たら丸焼けになるぞ』
鬼がそう言うと、久遠は激しくかぶりを振った。
『嫌ですっ! 私は鬼様と一緒に居ます!』
『……やれやれ。困った狐だ』
鬼はひとつため息をつく。
『久遠。あいつを恨むなよ。俺が死ぬのは俺の力が足りなかったからだ』
久遠の頭を掴み、
『鬼様!?』
『行け。好きに生きろ』
鬼は久遠を城の外へ向けて、思い切り投げる。
『鬼様あああぁぁぁ……!』
久遠は叫び声と共に外へ放り出された。




