過去と未来と 6
鬼が刀を振り下ろす。
灼熱の炎が全てを焼き払い、辺りは紅に染まる。
天まで焦がすような巨大な火柱が容赦無く襲い掛かってきた。
「…………っ! こんなのどうやって防げば……!」
椿の体は既に小夜から分離しており、炎に焼かれる事は無い。
だが、小夜は意識が戻らず、身動きが取れない。
大和は風で壁を作り、炎が小夜の方にまで及ばないようにしていたが、それも長くは保たないだろう。
(……どうすれば……)
椿は思考を巡らせる。
しかし、打つ手は無い。本気の鬼を止める術など、ありはしないのだ。
今の自分には。
その時――
「…………っ!」
大和はまだ風の壁が残っている間に飛び出し、鬼の方へ向かって行った。
「大和さん!?」
椿は思わず叫ぶ。
大和は振り返らず、
「もう一度……小夜の体に入ってここから離れろ! アンタなら出来るだろ!?」
大和の手を離れた風は支えを失い、強烈な突風となって、一瞬鬼の炎を退ける。
椿は戸惑った。
「でも……それじゃ大和さんが……!」
椿の言葉を遮るように、城は崩壊を始めた。
早く脱出しなければならない。
だが――
(このまま逃げても……いえ。彼から逃げ切れるはずがない……)
逃げたところで、何も変わりはしない。
椿は胸元で強く拳を握る。
大和を死なせる訳にはいかない。
(鬼の注意を少しでも逸らせれば……)
何かないかと椿が視線を巡らせる。
――そして。
彼女は目の前に映るものを見て、一瞬思考を止めた。
椿は思わず小さな呻き声を漏らす。
「……小夜……さん」
「…………」
小夜は荒い呼吸を繰り返しながら、無言でこちらを見据えている。
あるいは、声も出せない程に疲労しているのか……だが、彼女に意識があるのならば、打つ手はある。
――たった一つだけ。
椿は小夜の許へ歩み寄り、頭を下げた。
「……すみません。貴女には……とても大きな負担を掛けてしまいました」
それを聞いて、小夜は首を左右に振る。
「身勝手なお願いだという事は重々承知していますが……どうか……もう一度だけ、力を貸していただけませんか?」
椿の申し出に、小夜は頷いた。
「……私で……役に立てるのなら……」
「貴女にしか出来ない事です」
椿は微笑んで、小夜の手に自身の手を重ねる。
「今から貴女に術を授けます。これが――私の最後の術です。この術で彼を……大和さんを護ってあげて下さい」
炎の海から飛び出し、大和は思い切り刀を振り下ろした。
『……まだ動けるか。だが無理はせん方が良い。長く苦しむ事になるぞ?』
「…………っ」
『あのままおとなしくしていれば楽になれたモノを……』
鬼の刀が輝きを増す。
鬼は、大和の刀を弾き飛ばした。
「!」
『……お前に俺は斬れぬ。諦めろ』
静かな声音でそう囁き、鬼の刀が大和を捉える――刹那。
純白に輝く光の壁が、その刀も炎も弾き、大和を護った。
「な……!?」
『……これは……』
大和は背後を見やる。
視線の先には、小夜が両腕を突き出し、息も絶え絶え――必死に結界を支える姿が映った。
大和は一瞬、椿が小夜の体を通して自分を護ったものだと思った。
が――
「……や……大和……」
「小夜っ!?」
「わ……私も……大和の……力……に……」
大和は目を見開いた。
彼女は自らの意思で、この術を維持しているのだ。
「小夜……」
『……この娘……』
鬼は目を細め、小夜を見据える。
刀を振り上げ、
『……どうやら……まずはその娘から始末した方が良さそうだな』
「!」
大和は振り返った。
自分の横を、鬼が通り抜ける。
それはほんの一瞬。
瞬く間の出来事だった。
小夜を斬ろうと踏み込んだ鬼の動きが止まった。
そして、鬼の胸元から鮮血が飛び散る。
『…………』
鬼は刀を下ろし、自分の胸元を撫でる。鬼の掌は、まるで紅葉のように赤く染まった。
鬼は、僅かに視線を動かし――それを先程まで大和の居た場所へと転じる。
その場所に、大和の姿は無かった。
背後から強大な妖気が立ち上るのを感じ、鬼は口元を歪めた。
『ふふっ……成る程な』
鬼は自分の掌に付いた血を舐めると、背後に居る者に問い掛けた。
『どうだ?……妖の力に目覚めた気分は』
鬼は振り返る。
背後には大和の姿があった。
――ただその姿は人では無い。
頭には漆黒の角が二本、顔には鬼の紋様がくっきりと浮かび上がっていた。
「…………」
大和は無言で、足元に落ちている刀を拾い上げる。
そして、抑揚の無い声で呟いた。
「……ああ。悪くない」
刀を構え、
「だから……この力を使うのは今日限りだ」
『!』
その言葉と共に、大和は踏み込む。
(疾い……!)
その速度は人の姿であった時の大和とは比べものにならない。鬼は胸中で呻くと、刀を握り直し、大和の刀を受け止める。
二人の刃が激しくぶつかり合い、その度に鋭い音を奏でた。
『その力……惜しいな。お前はやはりこちらの世界へ来た方が良いと思うぞ』
「……俺は……人間だ」
『……そうか』
「…………」
大和は刀を強く握り締める。
(これが……鬼の力……)
今まで自分の血は凍っていたのではないかと思えるほど、全身の血が熱く滾る。
鬼の体を切り裂き、鮮血が舞うのを見た時、得も言われぬ愉悦を覚えた。血を求め、戦いを求める自分がいる事に気付く。
その時、椿の言葉が胸に甦ってきた。
――力を恐れず、力に溺れず……自分自身と向かい合って下さい。貴方なら必ず力を自分のモノに出来ます。
(……そうだ。俺は――……)
大和は真っ直ぐ鬼を見据える。
鬼の刀を強く押し返し、
「俺は……己の欲望の為じゃなく……大切なモノを護る為に刀を振るう!」




