その旅路 3
「大和! 頭の上に!」
「……ああ」
大和は頭の上の毛玉をつまみ上げると、毛玉の口元を指さす。
「何でも喰うが……こいつの口元に手を持っていかなきゃ別にどうって事ない」
そう言って、毛玉を彼女の掌の上に置いてやった。
「……そうなの?」
小夜は毛玉を撫でる。
「可愛い♪ ねぇ大和。このコは一緒に連れて行っちゃダメ?」
「……駄目というか……そいつは自分が住んでる場所を離れたがらないし、人には懐かないからすぐ居なくなる」
「えー……」
小夜は肩を落として、落胆する。
が、すぐに顔を上げ、
「じゃあ、ここを抜けるまでは連れて行ってもいい?」
「……好きにしろ」
「やったぁ♪ そうだ! 名前を付けてあげないと!」
くるくると回っていた小夜は、ぴたりと動きを止めて訊いてきた。
「なんて名前が良いかな?」
「……さぁな」
「何か考えて?」
「…………」
言われて、大和は虚空を見据え――ぽつりと呟く。
「豆腐」
「何で!?」
「白いから」
「ヤダ! そんなの! 何かもっと違うのが良い」
「じゃあ大福」
「やだぁっ!」
毛玉を持ったまま、小夜がかぶりを振る。
大和は嘆息した。
「……んじゃ何なら良いんだよ」
「えーと……」
毛玉を見詰め、暫し考え込む。
やがて小夜は、こちらに視線を向け、曖昧な調子で言ってきた。
「白玉?」
「……発想おんなじなんじゃねぇのか?」
半眼で呻いて、歩き出す。
「名前なんかどうでも良いだろ」
「よくない! あっ」
毛玉は小夜の掌から、大和の頭の上に移動する。
「どうして大和のところばっかり行くの?」
「人には懐かないって言ったろ」
「大和も人でしょう?」
「……まぁ……そうだけど……」
大和は頬を掻きながら、言葉を濁す。
それは気にせず、小夜はパッと瞳を輝かせると、大和の前に手を差し出してきた。
「そうだ! 大和。刀貸して」
「はぁ? 何だ、いきなり」
「良いから貸して!」
「…………」
言われるままに、大和は小夜に刀を手渡す。
「……どうするつもりだ」
「……見た目より結構重いね……」
刀を手にして、小夜は大和の頭上にいる毛玉を見やる。
毛玉は大和の頭上から動く気配がない。
小夜は首を傾げた。
「……大和の側に行くのは刀を食べたいからかと思ったけど……違うのかな?」
「……喰わせる気だったのか」
大和は小夜の手から刀を取り上げる。
「あ」
大和は刀を示し、
「刀は刀でも、こいつは退魔刀。魔を払う刀だ。持ってると逆に妖魔が寄り付かなくなる」
「えっ!? そうなの!? それを早く言ってよ!」
「…………」
何故か責めるような口調で言ってくる小夜を、大和は無言で見返す。
歩きながら、小夜はふと疑問符を浮かべた。
「……でもそのコ……一匹だけでこんな所にいて……他の妖魔に食べられたりしないのかな?」
「それはないだろ」
「どうして?」
小夜が首を傾げる。
大和は頭上の毛玉を指さし、
「こいつは凄く不味いらしい」
「えっ!? 大和……食べた事あるの……?」
口元に手を当て、嫌そうな顔をしている小夜に、大和はかぶりを振った。
「無い。けど、そういう話だ。餓えたら何でも喰う妖魔でさえ、食い物がこいつしか無かったら餓死するとかいうらしいからな」
「そ……そんなに……?」
複雑な表情で呻く彼女に、大和は一言、
「お前の吸い物より不味いんだろ」
「なっ……!?」
それを聞いて、小夜が目を見開く。
「何でそこで私の料理を引き合いに出すの!?」
「不味かったから」
「大和っ!」
即答する大和に、小夜が拳を付き出す。
大和は、それをヒョイとかわし――
「……ん?」
何かに気付いて、大和は小さく声を漏らした。
小夜もそれに気付いたようで、そちらに視線を向ける。
「あれは……村……?」
「……というか……廃村だな」
その場に足を踏み入れて、大和は辺りを見回した。
人が住んでいる気配は無い。
家屋のほとんどは壊されていて、無人になってからかなり時間が経っているように見える。
「誰も居ないのかな?」
大和の後ろから、小夜が口を開く。
「……人は……住んでない」
静かにそう答えて、大和は慎重に辺りを見ながら、その村を調べる。
「村の人達は何処へ行ったんだろうね?」
「……さぁな。妖魔に襲われたか……疫病か……何にしても随分長い間放置されてるみたいだな」
「疫病……」
「……そういう事もあるって話だ。そうだと決まった訳じゃない。他に理由があるかもしれない」
大和は空を見上げた。
日が傾き、辺りは薄暗くなってきている。
「……どうしたって野宿する事になりそうだし……今日はここで休むか。使えそうな所もあるしな」
「えっ……でも……」
「何も無しより、多少でも屋根があった方がマシだろ」
「うーん……それはそうだけど……」
先程の言葉を気にしているのか、小夜が苦い表情をしていた。
「……さっきのは可能性の話だ。証拠がある訳じゃない。辺りには妖魔もいるから、村人は他の土地へ逃げ出したのかもしれないだろ」
「……そっか」
小夜は小さく息を吐く。
こんな気休めでも、少しは安心するらしい。大和は、小夜の手に毛玉を渡してやった。
廃屋の中でも比較的損傷の少ない物を探して歩く。
――と。
「あの家はあんまり壊れて無いね」
毛玉を胸に抱いた小夜が声をあげる。
彼女の指さす方向には、確かに一軒だけ、損傷の少ない家があった。
近付いてみると、
「何だか私の家と変わらないみたい」
そんな事を小夜が口にする。
ボロさ――いや、古さは彼女の住んでいた家と大差無いように見えた。
小夜がその家の戸を叩く。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
「…………」
「誰も居ないみたい」
「……だから、人は住んでないって……」
大和がそう言った瞬間。
ガラリ。
「……どなたかな……?」
「…………」
戸が開き、家の中から背の低い老人が顔を出した。
「あれ? あ。あの……すみません。私達、その……道に迷って……」
「おやおや。旅の人かね? ここまで大変だったろう。この辺りは迷いやすいから」
「…………」
老人を見据え、大和は眉根を寄せた。
(……この臭い……)
「もうすぐ日が暮れるし……今夜は家に泊めてあげよう。外で寝るのは危ないしね。妖魔がいるから」
「いいんですか!?」
人の良さそうな笑みを浮かべ、老人は頷いた。
「勿論だとも。村がこんなになってからはこの辺りに人は滅多に来なくなった……久し振りのお客人だから歓迎するよ」
「ありがとうございます!」
笑顔で礼を言って、小夜が振り返る。
「大和! 親切な人で良かったね。泊めてくれるって♪」
「小夜」
「えっ?」
「……そいつから離れろ」
小夜の手を取り、自分の方へ引き寄せると、大和は刀を抜く。
「……鼻の良いガキだ……」
老人の手が小夜に届く瞬間――大和の刀が老人の腕を斬り落とした。




