その旅路 2
小夜はこちらを見上げたまま、感情の無い声で訊いてくる。
「今の……何? 大和、何をしたの?」
「……何って……」
小夜の問いに、大和が口ごもっていると、彼女は後を続けた。
「さっき風が……こう……私達の周りだけ渦巻いてたでしょ? あれは何?」
「……ああ。そっちか」
大和は軽く息をついて、答える。
「あれは俺が操ってた風だ。あのままだと怪我じゃ済まなかっただろうからな」
小夜は目を丸くし、首を傾げた。
「風を……操る?」
小夜に引っ張られて乱れた着物を直しながら、大和は頷く。
「ああ。俺は少しだけ……自分の力で風を起こせる。物を切ったり、浮かせたり……まだ力加減が上手く出来ないけど……」
「そんな事が出来るのっ!?」
瞳を輝かせ、こちらを見詰めてくる小夜に、大和は一瞬たじろいだ。
「ま……まぁ……少しだけ……」
「へえ。大和凄い!」
「…………」
「あっ。物を浮かせたり出来るなら、何でさっき上に行かなかったの?」
不思議そうな顔で訊いてくる彼女に、大和はため息をついた。
視線を上に向ける。
この崖を――彼女を連れて登るのは難しそうだ。
「……上に行かなかったんじゃなくて、行けなかったんだよ」
「どうして?」
「さっきも言ったけど……まだ力加減が上手く出来ないからだ。俺一人ならともかく……お前抱えたままじゃ……」
「わ……私が重いって事……?」
小夜は着物の裾を握り、少し俯き加減で問い掛ける。
大和は軽く手を挙げ、
「……そうじゃない。持ち上げるだけなら出来る……けど、身の安全の保証は出来ない」
「……どういう事?」
大和は指先で小さな円を描いた。
すると、吐息のような微弱な風が、彼女の髪を揺らす。
「!」
「こういう弱い風ならいくらでも操れる。けど……物を切ったり、動かしたりするのはかなり力を使うし、扱いが難しい」
風を止めて、続けた。
「少し持ち上げるだけのつもりが、とんでもなく高く飛ばす事もある」
「……高く飛ばすとどうなるの?」
訊かれて、大和は彼女の方へ向き直る。
「そりゃあ……落ちたら死ぬだろ」
「そ……そんなに高く飛ばさなくてもいいんじゃ……」
「……だから加減が難しいって言ってるだろ」
大和はため息をつく。
小夜は人差し指を立て、
「あ! じゃあ一度高く飛ばして、その後さっきみたいに弱い風で、ゆっくり下りて行けば良いんじゃないの?」
「……そんな器用な事が出来るならとっくにやってる」
大和は半眼になり呻いた。
「俺が操ってる間はいつでも風を止められるけど、一度俺の手から離れた風は俺にも止められない。起こした風の力が大きければ大きいほど危険になる」
「…………?」
いまいち理解出来ないという風な表情の小夜に、大和は嘆息して、
「……竜巻なんかが起こったら辺りに甚大な被害が出るだろ」
「竜巻!? そんなのも起こせるの!?」
それを聞いた瞬間、小夜が驚愕の声をあげる。
大和は頷いた。
「やろうと思えばな。ただ……起こした瞬間、俺の手から離れるだろうからやらない。そんなふうに、扱える以上の力を無理に引き出そうとすると力が抑制出来なくなる」
「……ふ~ん……?」
結局理解出来ない様子の小夜から視線を外し、大和は適当に見当をつけて歩き出す。
これ以上話しても意味は無いだろう。
「とにかく……ここからだと俺の風じゃ危なくて上には戻れない。上に通じる道を探すしか無いな」
「ところで……」
後からついて来た小夜が、ふと思い付いたように訊いてくる。
「私に抱き付いたのは何でなの?」
「…………」
真顔で訊かれて、大和は言葉を詰まらせた。
軽く頭を掻きながら、もごもごと呟く。
「……それは……風を起こす範囲が小さいほど、力を使わないで済むし……安定するから……」
「へぇ」
ぱんと手を打ち、小夜が笑顔で言ってくる。
「じゃあ今度また落ちそうになったら、大和にしがみついてれば良いって事かぁ♪」
「……いや。出来ればそういう事態は避けて欲しいんだが……そんな都合良く使える力じゃないし……」
疲れたように――実際疲れて――大和が小さく呻く。
かぶりを振り、
「それより……早くここを離れるぞ。この辺りは……妖気が漂ってる」
「……えっ?」
少し驚いたような声をあげ、小夜が大和の着物の袖を掴む。
「……妖魔が近くにいるの?」
「……ああ……すぐに襲ってくる様子は無いが……こっちが動けないと分かったら群がって来るだろうな」
先程からずっと気になっていた。
この辺りは、上に比べて妖気が濃い。
「……動けないって?」
こちらを見上げ訊いてくる小夜に、大和は答えた。
「……風の力はそれなりに強力だが……その分負担も大きい。下手に刀振り回すより疲れる。こないだお前を助けた時も、回復にかなり時間が掛かったし……俺が動けなくなったら誰が戦うんだ」
「大和……そんなに疲れてるのっ!?」
心配そうにこちらの顔を覗き込む小夜に、大和はかぶりを振る。
「今はそうでもない。けど、雑魚でも数で来られたらしんどいからな」
「……そう……」
小夜は小さく呟き、申し訳なさそうな顔をして、胸元で手を組む。
「あの……ごめんなさい。私……ついはしゃいじゃって……」
「……分かったならいい。今度から気を付けろ」
「うん」
素直に返事をする小夜をみて、大和は小さく息を吐いた。
これで少しは行動を改めるならいい――そう思った。
――が。
暫く歩いていると、
「あっ!」
彼女は何か見付けたらしく、また勝手に走って行く。
大和は半眼になって呻いた。
「……おい」
「大和ぉ! これなぁに?」
「…………」
「なんか可愛い♪」
「……可愛い……?」
大和は眉根を寄せた。
先程、自分達が落下して来た場所から離れるにつれて、周囲の妖気は疎らになってきている。
ひとまず危険は回避出来たようだ。
小夜は木の根元にしゃがみ込んで、何かを見ている。とりあえず、大和もそちらに足を向けた。
彼女が見ていたモノ。
それは――
「……こいつは」
そこに居たのは白い毛玉。
昔、大和が住んでいた山で見たのと同じ妖魔だ。
――と。
「……って……ちょっと待て!」
小夜が何の気なしに手を差し出すのを見て、大和は慌ててその手を掴む。
「えっ? 何?」
「いきなり触ろうとするな!」
「えっと……何か危ない?」
「こいつは妖魔だ」
「えっ!?」
それを聞いて、小夜が目を丸くする。
先程から動かない毛玉を見詰め、
「こんな小さいのに?」
「……大きさは関係無い。そのまま手を出したら噛み付かれるぞ。石でも何でも喰うからな」
大和がそう言った直後だ。
「あっ!」
毛玉は高く跳び跳ね、大和の頭上に飛び乗って来た。




