その旅路 1
大和は深いため息をついた。
彼は今まで一人で旅をしてきた。旅をしていれば、おかしな人間に出会う事もある。
――が。
そのおかしな人間と、一緒に旅をする事になるとは思わなかった。
「…………」
大和は無言で傍らを歩く娘を見やる。
彼女は、鼻歌まじりに大和の隣を歩いていた。
その時。
「あっ!」
娘――小夜は何かを見付け、そちらに走っていく。
「見て大和! 綺麗な花が咲いてるよ!」
「…………」
大和は目を閉じた。
深い吐息と共に言葉を吐き出す。
「だから……勝手に動き回るなって言ってるだろうが!」
後半は語気を強めて言うが、彼女はまったく動じず、
「だって見たこと無い物がいっぱいだから……楽しくて♪」
と、笑顔で返す。
「…………」
大和は額に手を当て、
「……そんなのそこら辺にいくらでも咲いてるだろ……」
疲れたように呻く。
小夜は、自分の住んでいた村から出た事が無いらしく、暫くは大人しくしていたが、村から離れるにつれて興味を示す物が増えてきた。
それは花であったり、蝶であったり、鳥であったり……
とにかく自分の見たことが無い、珍しいと感じた物を見付けると、こちらの制止も聞かずにそっちに走っていく。
そのおかげで、先程軽く道を見失った。
どうにか地図に示されている道に出られたものの、こんな事を繰り返していたのでは、一向に先へ進めない。
最初、彼女は少し間延びした感じはあったが、おっとりした娘だと思った。
生け贄の儀式の時は、気丈で芯の強い娘だと。
……だが。それらに付け加えて、彼女は好奇心旺盛なじゃじゃ馬だったのだ。
大和は嘆息した。
「……少しは俺の言う事を聞け。このままだと野宿する事になるぞ」
「……野宿?」
辺りは同じ濃さの木々が並んでいる。
小夜は暫しぽかんとしていたが、やがて手を打ち、
「大丈夫! 私どこででも寝られるから。それに外でご飯食べると美味しいよね♪」
「…………」
にこやかに言ってくる彼女を、大和は半眼になって見下ろす。
(……誰が夜通し見張りすると思ってんだ……)
今のところ危険な気配はしないが、野宿となれば見張りは必要だ。
夜は妖魔が活発になる。だが、彼女に見張りをさせる訳にはいかないだろう。
彼女の場合、見張りどころか、自ら危険に突っ込んで行きかねない。
となれば当然、大和が徹夜をする事になる。
大和はため息をついた。
「……とにかく。ずっと日が暮れない訳じゃないんだ。行くぞ」
「はい♪」
返事だけはきっちり返して、小夜は再び大和の隣を歩く。
傍らを歩く小夜を見やり――本当は分かってないんだろうなと思いつつ、大和は歩を進めた。
「あっ。そうだ」
暫く歩いていると、小夜が声をあげる。
こちらの顔を覗き込み、
「大和」
「……何だ」
「大和の捜してる人ってどんな人?」
「…………」
訊かれて――大和は足を止めた。小夜もそれにつられて立ち止まる。
小夜の方へ向き直り、
「……何でそんな事訊くんだ?」
「だって、もしかしたら私の知ってる人かもしれないでしょう?」
「それは無いと思うけどな」
きっぱり大和がそう言うと、彼女は胸元で拳を握りしめた。
「そんなの聞いてみないと分からないよ。何かその人の特徴とか教えて。もし私の知ってる人なら、大和だって早くその人に会えるかもしれないし」
「…………」
一拍置いて、彼女は言ってきた。
「そしたら早く殴りに行けるでしょ?」
「……とりあえずそれは忘れろ」
低く呻いて――大和は虚空を見据える。
記憶の中にある彼の姿を思い浮かべ、
「……長い黒髪で、右目に眼帯してて、わりと背が高くて大柄な男」
「うーん。そういう人は見たことないかも」
「……だから言っただろうが」
あっさりとかぶりを振る彼女に、大和は嘆息した。
別に、何か手掛かりを期待していた訳では無いが。
大和は再び歩き出した。小夜も後から付いてくる。
彼女は口を尖らせ、
「むぅ。聞いてみないと、分かんないかどうかは分かんないでしょ」
「……俺はお前が何言ってるのか分からない」
「あっ!」
不服そうな顔をしていた小夜だったが、何か思い付いたようにポンと手を打つ。
「そっか。会ってみたら、もしかしたら分かるかも♪」
「…………」
大和は額を押さえる。
「……会えたら苦労してないんだが……」
「あ……」
「バカだろ。お前」
「だって! 大和が何も話してくれないからぁっ!」
「それは関係無い」
ブンブンと、両腕を振りながら喚く小夜は無視して歩く。
少し上目遣いで、小夜が口を開いた。
「……大和っていっつもそうなの?」
「……何がだ」
「だから……いつもそんな風にあんまり喋らないの?」
「喋る必要が無いからな」
「うーん」
小夜は小さく唸り、軽く握った拳を口元に当てる。
小首を傾げ、
「せっかく一緒に旅してるんだし……もっと楽しく行こう?」
「一緒にって……お前が勝手について来たんだろうが」
彼女と話していると、無意味に疲れた。
「……それより……あまり端を歩くな。足滑らせて落ちても知らねぇぞ」
「大丈夫、大丈夫♪」
「…………」
彼女のその無駄な明るさは、大和に妙な不安感を与える。
何か嫌な予感がした。
「……とにかくもう少しこっちに……」
大和がそう言って、小夜に手招きした――その時。
――ぼろっ。
「あれ?」
小夜の足元の道が崩れ、彼女の体が沈んでいく。
「あっ……やっ!」
小夜は思わず、大和の着物を掴んだ。
「大和ぉっ!」
「なっ!? 何でそういう掴み方……!」
小夜に思い切り引っ張られて、大和も体勢を大きく崩す。
道連れにされる形で、崖下に引き摺り下ろされた。
「……くっ!」
大和は落ちるギリギリのところで、岩肌に手を掛ける。
左腕で小夜の腕を掴み、何とか持ちこたえたものの――
(このままじゃ落ちる……!)
そう思った瞬間、掴んでいた岩肌の一部が崩れた。
「いっ!?」
「いやぁぁぁぁぁっ!」
「…………っ!」
大和は舌打ちすると、小夜を抱き寄せる。
「えっ!? 大和……!?」
驚く彼女は無視し――大和は目を閉じて、意識を集中させた。
刹那――
ふわっ……と、柔らかな風が彼女の頬を撫でる。
(えっ……? 何……これ……)
小夜は目を見開いた。
風が渦を巻き、二人を包み込んでいる。そして、見る見るうちに落下速度が緩やかになった。
そのままゆっくり下りていく。
「…………」
暫し言葉を失い、小夜はただその風に身を任せていた。
風の渦は、崖下に着いた途端に消え去った。
大和は目を開ける。
顔を上げ、小さく息を吐く。
「……やっぱり上には行けなかったか」
「……大和……」
「ん?……あ、ああ。悪い」
小夜がこちらを見上げ、声を掛けてくる。
大和はパッと彼女から離れた。




