その旅路 4
「ぐぅっ!」
斬り落とされた腕を押さえ、老人が後退する。
大和は老人に刀を向け、
「……そんだけ血の臭いをさせてれば嫌でも気付く」
「大和!? 何してるの!? そんな……人を斬るなんて!」
後ろから肩を掴んで、非難の声をあげる小夜に、大和は短く告げる。
「……人じゃない」
「え?」
小夜が首を傾げていると、老人が笑いながら口を開く。
「……まったく。うまく妖気は消したと思ったんだがなぁ。そうか……血の臭いか……次からは気を付けるとしよう」
「次は……無い」
大和は一瞬で老人――いや、老人の姿をした妖魔との間合いを詰める。
「!」
妖魔は大きく飛び退き、大和の刀をかわすと胸中で悲鳴をあげた。
(疾い……!)
二撃目も紙一重でかわし――妖魔は大和との距離を取る。
額の汗を拭いながら、
「随分と素早いヤツだ。さすがにちと肝を冷やした」
「……てめぇも見た目の割には素早いな」
「……本当に……久し振りに旨そうなヤツが迷い込んで来たモノだ」
くくっ……と、老人の姿で妖魔は笑う。
「……人に化けて通り掛かる奴を喰ってたのか」
大和が睨み据えながら問うと、妖魔はかぶりを振る。
「人に化けるのとは……少し違うな」
妖魔は自分の体を示し、
「これはワシが喰った人間の姿……それそのものだ。その人間を養分として吸収するまでの間だけ、ワシは人の形でいられる。そして……そろそろ新しい体が欲しいと思っておったところだ」
「…………」
「ワシがここの村人を喰うようになってから、人影は減り、ついには村へ通じる道も封鎖された。今じゃ、よほどの物好きか方向音痴か……まぁ、いずれにしても、まともな人間はまず立ち入らん」
「……くっ」
大和は低く呻いた。何となく馬鹿にされたような気がしたのだ。
妖魔は笑みを消すと、瞳を妖しく輝かせた。
「……さて。無駄話はここまでだ。お前のその血肉……頂くぞ……」
「!」
妖魔は手の一部を鋭い鉤爪に変化させ、大和の懐に飛び込んで来る。
「お前は今まで喰ってきたヤツの中で、一番旨そうな血の匂いがする」
「……そうかよ」
妖魔の攻撃を受け流し、大和は刀を握り直す。
妖魔はふっ、と笑んだ。
「……女の肉も喰いたいところだが……それはまぁ……奴らに譲るかの」
「!?」
はっとして、大和は背後を見やる。
見ると、別の妖魔が数匹、小夜の周りに群がっていた。
「小夜!」
「や……大和……」
一瞬、大和が視線を逸らした隙に、妖魔が大和の刀を弾く。
「!」
「余所見はイカンなぁ……余所見は」
「こっの……っ!」
「お前一人だったら……こんなつまらん手に引っ掛かったりはせんかっただろうな」
妖魔の爪が僅かに光る。
大和は歯噛みした。
「……ったく。こんな短期間に二度も使う事になるなんて……!」
妖魔の爪が大和の胸元を斬り裂く――より早く、大和の風が妖魔の爪を切断する。
「何っ!?」
突然の出来事に驚いて妖魔が怯んだ隙に、大和は弾かれた刀を拾い上げると、妖魔を一刀両断、一瞬で斬り伏せた。
「……ば……馬鹿な……」
何が起きたのか理解出来ないまま、妖魔は地に沈む。
大和は斬った妖魔には目もくれず、踵を返し小夜の許へ向かう。
「小夜!」
小夜に群がっていた妖魔は大和の風を見た途端、散り散りに去って行った。
小夜がこちらに駆け寄って来る。
「大和!」
「小夜。大丈夫か?」
「うん。何ともない。妖魔……急にどっか行っちゃったから」
「そうか」
「それに白玉が」
「……白玉?」
大和は眉根を寄せる。
小夜は掌の毛玉を示し、
「ああ……そいつか」
「このコが妖魔の顔にくっついて、妖魔の目を塞いでくれたから」
「…………」
大和は少し驚いた。
この白い毛玉は臆病で、人に懐かない。
何より、この毛玉も妖なのだ。人を護る為に何かの行動を起こす事は無いと言っていい。
毛玉は、大和の頭に飛び乗ってきた。
「……そうか。こいつが……」
大和は頭上の毛玉を撫でてやる。
毛玉は嬉しそうに目を細めていた。
「やっぱり大和のトコに行くんだ」
こちらの頭上を見ながら羨ましそうにしている小夜は無視して、大和は先程まで妖魔が使っていた家を調べる。
中は意外と綺麗に片付けられていた。
人の姿をした妖魔が、獲物となる者を油断させる為に、ある程度掃除等していたのか――人の姿、人の記憶をそのまま体現するというなら、喰った人間が綺麗好きだったのかもしれない。
何にせよ、これから先この家を使う人間が現れるとは思えない。
「……今日くらい使わせて貰っても罰は当たらんだろ」
部屋の隅の寝台で、静かに寝息を立てる小夜を見やり、大和は嘆息した。
(……結局……人の話は聞かないんだな……)
毛玉は大和の頭の上で動かない。
恐らく眠っているのだろう。
外は妖気が漂っているが、襲ってくる気配はなかった。妖魔は自分より強い者には、余程でない限り近付かない。
この家に住み着いていた妖魔は、この辺りではかなり力のある妖魔だったのだろう。
奴を倒してからは、他の妖魔に動きはなかった。
大和は再び嘆息する。
今回の事は、旅をしていれば多かれ少なかれある事だが、道を外れ、わざわざ危険な場所へ来なければならなかったのは、彼女が大和の言う事を聞かず、好き勝手歩いたせいだ。
その事を言い聞かせようとしたのだが――彼女は話の途中で寝てしまった。
怒る気も失せてしまう。
(……怒る……?)
ふと、大和は自問する。
一人で旅をしていた頃、感情を荒立てる事はほとんど無かった。
ただ生きる為に、無心で刀を振るっていたのだ。
それが、彼女と出逢ってからはどうにも落ち着かない。彼女と話しをしていると調子が狂う。
何かが引っ掛かる。
「…………」
それが何なのか――今はあまり考えない方が良さそうな気がして、大和は目を閉じた。
翌朝。
廃村を出た二人が元の道へ出られたのは、その日の昼過ぎ。
そして、その森を抜けたのは、それから二日後の事だった。
森の出口に着くと、毛玉はぴょんと、大和の頭の上から降りた。
「あ」
「……これ以上先には行きたくないみたいだな」
毛玉はじっとこちらを見詰めている。
その様子を見て、小夜が残念そうに呟く。
「そっかぁ。せっかく仲良くなれたのに……」
「…………」
妖魔と仲良くなってどうするんだと思ったが、大和は何も言わなかった。
大和自身、似たような経験がある。
毛玉はぴょんぴょんと跳ねながら、森の奥へ消えて行った。
「白玉~! またねーっ!」
小夜が手を振って、毛玉を見送る。
大和は踵を返し、
「行くぞ。この先には確か大きな町があったはずだ」
「町!?」
小夜が嬉しそうに瞳を耀かせる。
大和は歩きながら、ぽつりと呟く。
「……お前のせいで野宿続きだったし……これで少しは休めるかもな」
「私のせい!?」
反発してくる小夜に、大和はあっさりと告げる。
「あんな場所に出たのは、お前が俺の言う事も聞かず、足場の悪い所を歩いてたからだ」
「う……ごめん……なさい」
キッパリと言われ、俯いて謝る小夜。
大和は、短くため息をついて歩を進める。
騒がしい旅は、まだまだ続きそうだった。




