空の涙 5
木々の葉が鮮やかに色付き――そして散っていく。
山は、静かに冬を迎える準備をしていた。
その日、斬影は一人で町に来ていた。
仕事で出てきたのだが、そう頻繁に大和を連れ回す訳にもいくまい。
まだなんと言っても、七つの子供なのだ。
この冬で、漸く八つになろうかという――幼い子供。
斬影はいつものように、馴染みの店の戸を叩いた。
「よう」
店に入ると、斬影は軽く手を挙げ、店主に挨拶する。
「いらっしゃい。今日はアンタ一人か」
「……まぁだ言ってんのかよ」
斬影は半眼になって呻く。
店主は以前、大和に袖を――ついでに軽く頬を――切られた。
その事を根に持っているらしい。
「忘れるもんか。あんなおっかねぇ事」
「……だからもう斬らせねぇって言っただろうが」
斬影は嘆息混じりにぼやきながら、机の上にドンと袋を乗せる。
「今日はまた随分と大量じゃねぇか」
「まぁな」
斬影は笑ったが、すぐにその笑みを消す。
「……日増しに数が増えてる」
「…………」
店主は、渡された袋の中身を検分しながら、口を開いた。
「……西の方は随分と荒れているそうだ」
「……西?」
斬影が眉根を寄せる。
「アンタが住んでる山の西側さ。あっちはかなり妖魔が出るそうだ。ちょうどあの山が境目になってるようだな。前にそっちから来たって奴が話してるのを耳にした」
「……西から流れて来てるって事か?」
斬影は低く唸る。
店主は曖昧な様子で、肩をすくめた。
「さてな。何にしても、こっちまで飛び火して来なきゃ良いがね」
店主は検分を終え、代金を斬影に手渡す。
「何が原因なのか分からんが、アンタも気を付ける事だな。餓えた妖魔の餌食にならんように」
「ああ。せいぜい気を付ける」
金を受け取り、斬影は店を後にした。
店を出て見上げた空には、何やら黒い雲が――西の方から――流れて来ている。
「…………」
暫しそれを見詰めて、
「……天気が変わる前に帰るか……」
そう呟くと、斬影は買い物を済ませ、足早に歩を進めた。
「おう。帰ったぜ」
「お帰り」
戸を開けると、大和が出迎える。
斬影が戸を閉めた瞬間――
ポツリ……と雨粒が落ちてきた。
「おお。危うく雨に当たるところだった。急いで正解だったな」
雨は次第に勢いを増していく。
もう少し帰りが遅くなっていたら、ずぶ濡れだっただろう。
「最近よく出掛けるな」
大和の問いに、斬影は鼻の頭を掻きながら答えた。
「まぁな。急に仕事が増えたからなぁ……」
ふと、笑みを浮かべて、斬影は冗談まじりに言ってみる。
「何だ? 寂しいのか?」
「いや。別に全然」
大和はかぶりを振って、きっぱりと――全力で否定する。
「……そんなにハッキリ言われると、こっちが寂しいじゃねぇか……」
何やら情けない声音で、斬影が呻く。
「……にしても……」
斬影は座りながら、独り言のように漏らす。
「……ホントに最近妖魔の増え方が尋常じゃねぇな」
「……多いと困るのか?」
斬影に茶を差し出しながら、大和が訊いてくる。
斬影はそれを啜り、
「仕事が増えるのは良いけどよ。このまま増え続けたら、ここいらには住めなくなっちまう」
今のところ、そこまででは無いが――この調子で増えれば、そういう事にもなりかねない。
「……西の方は荒れてると聞くし……」
ちらと大和の方を見やり、
「お前も不用意に妖魔に近付くなよ」
「……分かってる」
大和は、ふいと視線を逸らす。
「……また……毛玉入れたな?」
「…………」
大和は答えない。
斬影は、深々と嘆息した。
「……ったく。おめぇは……何回言っても聞きゃしねぇ」
「……俺が入れてるんじゃない。あっちが勝手に来るんだ」
「だから来ても入れるなって言ってんだよ」
斬影は、半眼になり呻いた。
大和も一応、町に下りて子供達と話しをするようになった。
――が。自分からは行かないし、町の子供達の話は退屈に感じる事が多いようで……馴染むところまではいっていない。
子供達の方は友好的なのだが。
「…………」
斬影は顎に手を添え、暫し何か考える仕草をみせる。
「……なぁ大和」
「ん?」
「お前……旅に出る気は無いか?」
「……旅?」
斬影の口から出た言葉に、大和は小首を傾げた。
斬影は頷く。
「ああ。今すぐじゃねぇがよ。そのうちな。ちょっとぐるりと一巡り。どうだ?」
「……一人で?」
大和が訊くと、斬影は目を丸くした。
「一人でなんか行かせる訳ねぇだろ。俺も行きてぇ場所があるしな」
「…………」
大和は暫く黙り込んだ。
別に考える必要など無い。
斬影が旅に出ると言っている。ついて来いと言うのだから、それを断る理由が大和には無かった。
「……行ってもいい」
大和がそう言うと、斬影は大和の頭をポンポンと叩く。
「そうかそうか! そん時ゃ、お前にもちゃんと刀用意してやるよ」
大和の頭を叩きながら、斬影は笑った。
「旅はいいぜ。色んなモンが見られるからな」
――それから数日後。
それまで暴れていた妖魔が、ぴたりとおとなしくなった。
西の方で暴れていたという妖魔の話も、聞かなくなった。




