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空の涙 4

 

「……ん?」


 それまで黙って様子を眺めていた斬影が、疑問符を浮かべた。

 子供達は、この間の山登りの件で揉めているらしい。

 話の途中――あの菊助とかいう少年が、大和に玩具の刀を手渡している。

 どうやら、大和と他の少年が打ち合うようだ。

 あれなら大して怪我をする事もないだろうが――斬影は一応、大和に声を掛けた。


「大和~。ちゃんと手加減しろよ~」


「…………」


「おっさんは黙ってろ!」


「お……」


 少年が斬影に向かって叫ぶ。

 それを聞いた瞬間――斬影の顔が、びしっとヒビ割れる。

 彼は、極上の笑顔を浮かべ、先程とまったく変わらぬ口調で呼び掛けた。


「大和~」


 目を細め――冷たく告げる。


「……手加減しなくていいぞ」


「…………」


「……お前の親父さんて……」


 菊助が複雑な表情で呻く。

 大和は無言でため息をついた。

 目の前の少年に向き直り、


「……めんどくさいからさっさと終わらせる」


「調子に乗るなよっ! この白髪っ!」


 そう言って、少年は刀を構える。

 菊助もそうだったが――自分を快く思わない者は、やたら髪の色を気にするらしい。少年は、じりじりとこちらとの間合いを取る。

 ――が。大和にしてみれば、それは意味の無い行動に思えた。相手との間合いが遠ければ隙も大きくなる。

 構えにしても、足運びにしても、訓練されているものではない。

 少年は、充分な間合いだと判断したのか――なんなのか分からないが――真っ直ぐ突っ込んでくる。


「…………」


 その何の思考も感じさせない攻撃を受け流し、大和は彼を地面に転がした。

 勝敗は一瞬で決した。

 何が起きたのか分からないように呆然とする少年は無視して、大和は菊助に刀を手渡す。


「これで良いんだろ。俺は帰る」


「さすがだぜ! 大和っ!……そうか。俺はあんなふうに倒されたのか……」


 地面に倒れたまま動かない少年の方を見やり、菊助が呻く。

 倒れている少年と、その側にいた少年の横を、大和が通り過ぎようとした時――


「ちょっと待てよっ! まだ俺達がいるぞ!」


 そう言って、二人は同時に飛び掛かって来た。


「大和っ! 危ないっ!」


 菊助が叫ぶ。

 だが、大和は冷静だった。

 その二人の攻撃をあっさりかわすと、手刀で二人の手から刀を叩き落とす。


「!」


「いってぇっ!」


 思い切り叩かれた手をさすり、少年らが涙目で呻く。

 その少年達を見据え、大和は告げた。


「あんな羽……あの山へ行けばいくらでも手に入る。欲しけりゃ行って来ればいいだろ。その代わり、生きて帰れる保証は無いけど」


「…………」


 結果は見るまでもなく分かっていたが、いざ目の当たりにすると、少年達が可哀想に思えた。

 会話も何もかも無視すれば――大和も見た目だけは普通の子供なのだが……


(そう……見た目は普通のガキなんだよな。見た目は……)


 斬影は目を閉じて、一人頷いている。

 ゆっくりと顔を上げ、子供達の方を見やった。

 大和の構えた刀が、銀色に輝いている。


(……こう……刀を構える姿も――……)


 胸中で呟いて――彼は絶叫した。


「何やってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 斬影は全力で大和の許へ駆け出す。

 大和の手を押さえ付け、


「大和っ! お前……何、刀抜いてんだよっ!」


 斬影が怒鳴ると、大和はあっさりと言う。


「こいつらが……玩具ぶら下げてるだの、髪が白くて変だのうるさいから」


「だからって抜いちゃダメっ!」


 斬影は、大和の手から刀を奪い取る。


「あ」


「これは没収っ! 後はもう帰るだけだしな」


 ちらと少年の方を見やると、一人髪型が変わっていた。

 前髪が真一文字になっている。


「…………」


 斬影は感情の無い声で、大和に問い掛けた。


「……斬ったの?」


 大和は即答する。


「髪だけ」


「……ああ……なんて事を……」


 斬影は手で顔を覆った。

 少年の前にしゃがみ込み、


「いや……悪かったな。大丈夫か?」


「……うっ……」


 少年は小さく呻いて立ち上がると、顔をくしゃくしゃにして、泣きながら走り去って行った。


「うわあぁぁぁぁんっ!」


「ああっ! ちょっと待ってよぉ!」


「…………」


 その後を、二人の少年が追い掛ける。

 それを見送って、斬影はため息をついた。


「あいつらいつも偉そうにしてたからバチが当たったんだ」


 菊助が、ふんと鼻を鳴らす。


「……いや。当てたのはこいつだが……」


 呻きながら、斬影は大和の方へ視線を向ける。

 はぁ……と、息を吐いて拳を握り――それを、思い切り大和の頭上に落とした。


「この……大馬鹿野郎っ!」


「…………っ!」


 大和は、頭を抱えて低く呻いた。


「……何すんだよ……」


「ガキの喧嘩に刃物持ち出す奴があるかっ!」


 斬影は更に声を張りあげる。

 その怒鳴り声に、菊助も驚いていた。まるで自分が叱られているような顔つきで――身をすくめながら、二、三歩後退するのが見える。

 大和は、決まり悪そうに斬影から視線を逸らし、


「……切れてないだろ」


「そういう問題じゃねぇ! 大体な……ありゃ、下手に斬られるよりよっぽど痛てぇぞ」


 あの髪型は暫く元に戻るまい。

 斬影は大和の肩に手を置き、沈痛な面持ちで告げる。


「……あのな。大和。この町に住んでる子供はな? お前みたいに刃物見慣れてる奴ばっかじゃねぇんだよ。あんなモン振り回されたら怖いの! つか、俺でも怖いのっ!」


「…………」


 大和は黙って斬影の言葉に耳を傾ける。

 斬影は刀を示し、


「……お前は“コイツ”の使い方も……恐ろしさもよく知ってるだろ? 使い方を間違えるな」


「……分かった」


 素直に頷く大和を見て――斬影は、大和の頭を撫でる。


「よしよし。いいか? 次から喧嘩は素手でやれよ」


「死ななきゃいいって事だな?」


「……手加減はしてね? 物には限度ってモンがあるから」


 冷や汗を垂らしつつ、斬影が呻く。

 その時――


「菊助!」


「ん?」


 少女の声に、斬影は振り返る。

 見ると、広場の入り口に、綾那と沙月の姿があった。

 二人は、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる。


「綾那」


 菊助はぱっと顔を上げる。

 斬影が二人に道を譲ろうと横に動いた――瞬間。


「あっ! 大和っ!」


「えっ!?」


「…………」


 斬影の影に隠れていた大和の姿を見付けて、綾那と沙月は、そちらに方向転換する。

 大和の側まで来ると、二人は声を弾ませた。


「今日はこっちに来てたんだ!」


「菊助と遊んでたの? まだ遊べる?」


 訊かれて、大和はかぶりを振る。


「……いや。もう帰る」


「ええーっ!?」


「そんなぁ……」


 ガックリと肩を落とす二人。


「…………」


 完全に忘れられて――菊助は、ただ無言でその様子を眺めていた。

 そしてもう一人。複雑な表情でその光景を見詰めていた斬影が、大和の頭をぽんと叩いた。

 にっこりと、笑顔で告げる。


「今日は帰るが……明日また遊んでやってくれよ」


 斬影の言葉に、大和は顔を上げた。


「明日っ!?」


 斬影は大和を見下ろし、頷く。


「そ。明日。別にやる事もねぇんだ。お前もたまには“普通に”遊んで来い。それと……さっきのガキに会ったらちゃんと謝っとけ」


「…………」


 斬影がそう言うと、綾那と沙月は、表情を明るくする。


「明日? 明日は大和、遊べるの?」


「おお。明日また来るから、こいつに色々町の遊び教えてやってくれや」


 大和の代わりに、斬影が答える。

 二人の少女は、跳び跳ねて喜んだ。


「やったぁ! 大和と一緒に遊べるんだ!」


「明日いつ頃来るの?」


「遅くても昼前には来させる」


 不服そうな大和は無視して、斬影は勝手に話を進める。

 話し終えると、斬影は大和の背中を押しやりながら、踵を返す。


「じゃあな。お前ら、これから遊ぶつもりなら危ない事はせず、暗くならないうちに帰れよ」


『は~い!』


「…………」


 嬉しそうな表情の少女二人と、苦虫を噛み潰したような表情の少年を残して、斬影と大和は広場を後にする。

 広場を出て暫くしてから、大和が明らかに苛立ちを含んだ表情で呻いた。


「……何であんな勝手な事したんだ」


「良いじゃねぇか。帰りは迎えに行ってやるからよ。お前は、ちっと山以外の事も見た方が良い」


「…………」


 大和は半眼でこちらを睨みやる。

 だが、斬影は気楽な様子だった。こうした会話のやり取りが出来るようになったのも、ごく最近の事。

 可愛げは無いが、少しずつ感情を表すようになっている。

 ほんの僅かな変化だが――斬影は、それを嬉しく思っていた。



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