空の涙 1
――本当に最近の事だ。
拾ったその子供が笑うようになったのは。
同じ年頃の子供のように、声をあげて笑う事は無い。けれど、固く結んだ口元が緩むようになった。
七年間――それこそ、眉一つ動かさないほど表情が無かった少年がだ。
少しずつ表情が――感情が豊かになってきている。
だから。
奪わないでやってくれ。
あいつから居場所を。
――心を。
◆◇◆◇◆
「これで最後か」
斬影は刀に付いた血糊を振り払い、小さく呟いた。
「……数が増えたな……」
斬影は顔をしかめた。
彼の足元には、十数体の妖魔の死体が横たわっている。斬影は妖魔を退治し、その妖魔の角や牙等を売る事で生計を立てる退治屋。
妖魔の角や牙等は武具、あるいは薬の材料に用いられる。勿論、どんな妖魔でも良いという訳ではなく――ある程度、妖としての力を持つ妖魔の物に限られるが。
使えそうな物とそうでない物を、慣れた手付きで選別していく。
ここ最近は妖魔を退治して欲しいとの依頼もあり、仕事が増えるのは良いのだが――何故だか妙な胸騒ぎがする。
「……気のせいならいいけどな」
斬影は立ち上がると、倒した妖魔を一瞥し――山を下りた。
仕事を終え、斬影は茶屋で一服する。
留守番をしている大和に、何か甘い物でも買って帰るか――そう思った時。
「あっ! 大和のお父さん!」
「んっ?」
聞き覚えのある声を耳にし、斬影はそちらに顔を向けた。
見ると、おだんご頭の少女と赤毛の少女がこちらに駆け寄ってくる。
斬影は少女らに片手を挙げながら、声を返す。
「おお。確か……綾那ちゃんと……そっちの子は……」
「沙月です」
「沙月ちゃんか。こないだはウチの大和が世話になったな」
側までやって来た綾那と沙月に、斬影が笑顔でそう言うと、二人の少女はキョロキョロと辺りを見回し、
「あの……今日は大和……居ないんですか?」
少女の問いに、斬影は頷いた。
「ああ。あいつは今日留守番だ。それにあいつ……あんまり町に来たがらねぇからな」
「……そう……ですか……」
先程、こちらに駆け寄って来た時は笑顔だったが、大和が居ないと分かった途端、二人は肩を落とす。
斬影は、ぽりぽりと頭を掻く。
「……まぁ……なんだ。また連れて来るからよ。そん時ゃ遊んでやってくれや」
「あ、はい」
「二人はこれからどっか行くのか? あんまり暗くならないうちに帰らねぇとダメだぞ」
『はいっ!』
元気に頷く少女達を見送って、
「……さぁ~てと。俺も大和に団子でも買って帰るか」
斬影は軽く伸びをして立ち上がると、帰路に着いた。
「おうっ! 今帰ったぞっ!」
「……お帰り……」
勢いよく戸を開け放ち、斬影が家に入ると、中に居た少年が何とも気のない声で出迎えた。
「何か変わった事は無かったか?」
訊くと、少年――大和は即答する。
「無い」
「そうか。そういう時のお前の返事は、ハッキリしてて分かりやすいな」
「…………」
無言でこちらを見据える大和の手に、斬影は町で買った団子の入った包みを手渡す。
「ほれ。土産」
「…………」
大和は渡された包みを暫し見詰めて、
「……茶でも淹れる」
「おっ? なんだ。気が利くじゃねぇか」
珍しく茶を淹れると言う大和。
大和は普段、滅多にそういう事をしない。が、させれば大抵の事は器用にこなすので、斬影は有り難く頂く事にした。
「そーいや、今日はお前の友達に会ったぞ」
「……友達……?」
斬影の前に茶を差し出し、大和は眉根を寄せた。
斬影は、大和の淹れた茶を啜りながら、
「お前……こないだ山登りしただろ。その時一緒にいた……あのおだんご頭と赤毛の娘だよ。綾那と沙月って言ったか」
「…………」
大和は湯飲みに口を付ける。
斬影の茶は湯気が立っているが、大和の茶にはそれがない。自分のは温めに淹れているのだろう。
なんにしろ、その茶を飲んで、大和は思い出したように小さく呟いた。
「……ああ。あの二人か」
「お前……こないだの事なんだから忘れてやるなよ」
「忘れてない。ちゃんと覚えてる」
「今、完全に忘れてたろ?」
「……その二人が何だ?」
話を逸らすように、大和が訊いてくる。
斬影は小さく息を吐いた。
「その二人がお前に会いたがってた」
「……ふーん」
興味無さげに相槌を打ち、大和は団子を頬張る。
「たまには遊びに行ったらどうだ?」
「何でだ?」
「何でって……」
真顔で訊いてくる大和に、斬影は一瞬、言葉を詰まらせ――軽く咳払いをして口を開く。
「そりゃ……あれだ。何つぅか、お前も人との触れ合いとか繋がりとか、そういうの大事にした方が良いと思うからだよ」
斬影は目を閉じる。
そして、ゆっくりと開き――視線を大和の頭上に転じた。
「……そんなモンばっかり頭に乗せてないで」
「…………」
言われて、大和は無言で頭の上に手を置いた。
すると――もふっと、柔らかい毛の塊が、そこにはある。
「……お前……さっき外に出したのに……」
毛玉をつまみ上げ、大和がぼやいた。
斬影は深々とため息をつく。
「……つーか、大和。またソレ家の中に入れてたな?」
「俺が入れたんじゃない。勝手に入って来た」
斬影はびしっと、大和の鼻先に指を突き付ける。
「お前が餌やったり、そーやって構うから来るんだろっ!?」
「……構うのはともかく……餌なんかやらなくても勝手に石でも何でも喰うんだから……」
「もーっ! 何でもいいからそいつ早く外に出しなさいっ!」
「…………」
大和は半眼になりつつ、毛玉を窓から外に放す。
「まったく……妖魔に気安く触るなって言ってるのに……この子ときたら……」
「……刀喰われたのがそんなに気に入らないのか?」
「そうじゃないっ!」
低く呻く大和に、斬影は一言叫ぶ。
軽く肩をすくめる大和を見て、斬影は小さく息を吐くと、珍しく真面目な顔をしてみせた。
「大和。お前……俺が居ない間に妖魔の住み処を荒らしたりしてないだろうな?」
その瞬間、大和は僅かに眉をひそめる。
「する訳ないだろ」
「……なら良い」
「何でそんな事訊くんだ?」
「ただの確認だ」
「…………」
いつになく、真剣な面持ちで何かを考え込む斬影。
「……何かあったのか?」
「いや。何でも無い」
斬影はかぶりを振ると、湯飲みに口を当てた。
ふと、何か思い付いたように大和を見やる。
「ああ。そうだ。大和。お前、暇なら今度付いて来るか?」
「……どこに?」
小首を傾げ、大和が訊ねると、斬影は茶を啜りながら答える。
「妖魔退治。最近数が増えてきたからな。お前がちょっと手伝ってくれると助かる」
「……木刀でか?」
「まさか。刀は貸してやるさ。まぁ……毎回って訳じゃねぇが……たまにな。数が多そうかなって時に」
「……別にいいけど」
大和がそう言うと、斬影は大和の頭を撫でた。
「そうかそうか。助かるぜ。勿論、仕事に付いて来た日はちゃんとご褒美を用意してやるからな♪ 働き次第で」
「……アンタより斬れば良いんだな?」
温い茶を飲みながらぽつりと呟く大和に、斬影は一言告げる。
「ああ……って、俺ごと斬るなよ?」
「…………」
「大和君っ!?」
「……斬らん」
横目で斬影を見やり、大和が呻く。
斬影は軽く息を吐きながら、
「お前……冗談通じねぇからな。返事がねぇとホントにやりそうで……」
「……斬って欲しいのか?」
「いいえ」
斬影は咳払いすると、
「まぁ……なんだ。とりあえずそん時ゃ頼むぜ」
「ああ」
頷く大和を見て、斬影は満足げに笑った。
ふと、思い付いて口を開く。
「……それはそうと……」
「……何だ?」
「お前、茶淹れるの上手いな。これからはお前が淹れろよ」
「…………」
大和は団子に手を伸ばす。
斬影から少し視線を逸らし、
「……気が向いたら」
そう言って、団子を頬張る。
その日はそのまま穏やかに時間が過ぎた。




