空の涙 2
それから数日後。
妖魔退治に出向いた斬影は、自分の前を走る大和に声をあげる。
「大和っ! あまり深追いするなよっ!」
「……分かってる」
短く応え――大和は、二匹、三匹……と妖魔を素早く斬り倒す。
まるで風のように駆け抜け、瞬時に相手を斬り伏せるその姿は、たった七つの少年とは思えない。
(……鬼の子……か)
斬影は胸中で独りごちる。
意識した事はあまり無かった。髪の色や眼の色などは、大した問題ではない。鬼だろうがなんだろうが、子供は子供だと思っていた。
だが、こうして間近で戦う様を見ると、否応なしに感じる。
人との違い。
自分との違い――
相手の体を抉り、血飛沫が舞っても、眉一つ動かさず次の行動に移る。
敵を斬る事に躊躇は無い。
それは自分も同じだが、最初からそうだった訳では決してない。
この少年は“最初から”知っている。
刀を握るからには、敵を斬らねば自分が斬られる事を。
「……とりあえずこれで一段落か」
そう言って、斬影は刀を鞘に収める。
(……こないだより多いな……)
小物が多いが、数は前回自分が出向いた時の倍はいる。
「……にしても、だ」
斬影は、ちらと大和の方へ視線を向けた。
「お前は疲れとかなんとか知らんのか」
「…………」
呆れたようにぼやく斬影を、大和は無言で見返す。
あれだけ辺りを駆け回り、大量の妖魔を斬ったにも関わらず、大和は息一つ乱していない。
真剣での戦いは、手馴れた者でも相当に体力を消耗する。
それを涼しい顔でいるのだから、本当に恐ろしい。
斬影はため息をついた。
「……まぁいいか。おう、大和。こっち来い」
「…………」
斬影は大和に手招きした。
「こいつら倒しただけじゃダメだからな。欲しいのは、こいつらの角や牙だ」
言って、妖魔の角を切り取る。
「こいつの角は、付け根の部分が薬になる。傷付けないようにな。お前がでかくなっても、刀振り回してるかどうか分からねぇが……知っとけば役には立つ」
斬影はひとつひとつ妖魔の特徴と、必要な箇所を大和に教える。
「妖魔は人を襲うし迷惑な存在だが、一方でこうして人の役に立つ」
切り取った角等を丁寧に包み、斬影はそれを背負う。
「さてと。んじゃ、コイツを捌きに行くか」
斬影は大和を連れて、町のある場所へ向かった。
大通りから外れた場所に、人目を避けるように、ぽつんと建物が一軒。
何の看板も出ていない――、一見ただの民家にも見えるが、そこが妖魔や妖獣の角や牙などを専門に取り扱う店だった。きちんとした知識が無いと危険な物もある為、おおっぴらに看板を出さないのが一般的だ。
看板等は無いが、“そういう事”を生業にしている者には分かる。
ともあれ、斬影はその店の戸をガラリと開けた。
「いらっしゃい……っと。何だ。アンタか」
「邪魔するぜ」
「まっ、ここの戸が開くのはここいらじゃアンタが来た時くらいだからな」
店の奥に居た男――斬影と同じくらいだろうか――その男が、こちらに歩み寄る。
「最近よく顔見せるじゃないか」
「まあな。ここ最近、仕事が増えたからよ」
「そりゃ結構な事だ」
「まぁ……俺達みたいなのには良いが……」
「“こういうの”と無縁の人間には迷惑な話か……んっ?」
ふと、斬影と話しをしていた男が、大和に気付いた。
眉根を寄せて呻く。
「おいおい……こんなところにガキ連れて来るなよ……」
「あ?……ああ。良いんだよ。こいつは」
斬影は大和の頭に手を置く。
「良くねぇだろ。大体、アンタにこんなデカイ子供が居たなんて聞いてねぇぞ」
「そうじゃねぇっ! けど……まぁ……似たようなモンか」
訝しげな表情を浮かべる男に、斬影は軽く手を振って、机の上に袋を置いた。
「何でもいいから、とりあえずコレ引き取ってくれよ」
男はまだ疑わしげな表情のままだったが――ひとまず、渡された品物を検分する。
「……おっ。これは良い角だな」
「今回はまぁまぁの収穫だと思うぜ」
「……のようだ」
「…………」
二人の話についていけず、大和は店内を見回した。
薄暗い店内には、妖魔の角や牙、翼等が多く並んでいる。武器や薬もあるようだ。
武器が並んでいる棚に大和が近付くと、男が声をあげる。
「おいチビっ! そっちに近寄るな!」
「…………」
「良いじゃねぇか。見るくらい」
怒鳴る男を手で制し、斬影が口を挟む。
「下手に触られたら困るんだよ」
「何。あいつは危ないモンの区別はちゃんとつく」
「ンな事言ったって……あんなガキ……」
今にも机を飛び越えて行きそうな男に、斬影は低い声音で告げる。
「餓鬼餓鬼ってバカにするな。言っとくがこれ……半分はあいつの稼ぎだぞ?」
「なっ……!?」
それを聞いて、男は一瞬言葉を失う。
引き攣った笑みを浮かべながら、
「……冗談だろ?」
「冗談でこんな事が言えるか」
男は、ゆっくりと大和に視線を向けた。
斬影の剣の腕前は知っている。だからこそ信じられない。
この年端もゆかぬ少年が、彼と同等の腕を持っているなどと。
斬影は、にっこりと――笑顔で大和に声を掛けた。
「大和ぉ~。このお兄さんがお前の力を信じられないと言ってるから、ちょっと見せてあげなさい」
「……えっ!?」
「…………」
男は、その言葉に驚いて斬影の方を見る。
大和は無言で刀の柄に触れた。
刹那――
パサッ……と、男の着物の袖が床に落ちる。
「…………」
「……ちょっと切れた」
ぽつりと少年が呟き――男は恐る恐る自分の頬に触れた。
触れた指先に、僅かに血が滲む。
「……あ……あぁ……」
いつ抜いたのか――それすら見えなかった。
男は激しくかぶりを振ると、震える手で斬影に掴み掛かった。
「何なんだっ!? あのガキはぁぁぁぁぁっ!?」
「だからバカにするなって言ったろ?」
得意げな様子で笑っていた斬影が、突然ふっ……と笑みを消し――呟く。
「……俺もたまに怖いの。あの子」
「…………」
「……なぁ、この棚――……」
「ああっ!? もぉ、好きに見ていいよっ!?」
大和に声を掛けられ、男は声を裏返しながら答えた。




