⑧千日経っても色褪せない
冷たい朝霧がまだ王宮の庭を白く染め上げている中、俺はガンツ師匠の小屋の扉を叩いた。
昨夜、自室のベッドを女子二人に占拠され、冷たい床で寝かされた恨み。そして、前世のスパルタ園芸教育の悪夢。それらを払拭するには、新たな美少女との出会いが必要だ。
「センニチコウ、ですか」
ガンツは眠い目を擦るどころか、すでに土まみれの分厚い手で顎を撫で、深くニヤリと笑った。さすが年寄りは早起きだ。
「そうです。千日経っても色あせないと言われるほど強い生命力をもった花。ありますよね?」
「カッカッカ。素人は分かりやすく派手な薔薇に行きがちですが、あの渋い魅力に気づくとは、まさに玄人の極み。過剰な手入れは必要なく、少しくらい放っておいても太陽の下で力強く咲く、極めて丈夫な花ですぜ」
園芸のことなのに、なんだか相変わらず卑猥に聞こえる。というか最後、おんなって言わなかったか?
派手な薔薇は最高の美少女になりそうだけど……というか、ふと疑問に思ったが、この世界の植物と俺が居た世界の植物は同じなんだな。
まぁそんなこと言い出したら、この口から出る言葉が日本語だっていうのも気にしないといけなくなるか。めんどくさいから深く追求するのはよしたいが、花の特徴だけは確認しておかないと、シクラメンよりも強い毒をもった花を人に変えてしまったら大変なことになりそうだからな。
「師匠、センニチコウの特徴は暑さと乾燥に強く、長期間鮮やかに咲く花であっているか? 毒はないよな?」
「ふむ、よく勉強しておるようじゃの。とても強い花じゃ、精力剤として使われるくらいじゃから毒は無い」
ん? 精力剤? そんな効果あったっけ? やっぱり元の世界とはちょっと違うのか?
「ちなみに、シクラメンの花にはどんな特徴があるんだ?」
「シクラメンの根には微量の毒素があります。下剤などに使われますな。それと花の蜜には『自白作用』もあります。嗅いだ者の警戒心をドロドロに溶かし、心の奥底に隠した本音を強制的に引きずり出しますぞ」
「……っ!」
自白作用? なんか点と点が繋がった。
あの、常に冷静沈着なエミリーが「自分が一番無能になるのが怖い」と泣きじゃくったり。シーラにあっさりと絆され、謎の同盟を結んでしまったり。そして何より、俺自身が「俺はハーレムのために生きる!」とか妹の前で堂々と宣言してしまったこと。
全部シーラの特性だった可能性があるのか。
「美しい花の前では誰も嘘は付けんのですよ」
危険だ。今後、シーラの召喚は控えた方がいいかもしれない。
「ほれ、センニチコウですぞ」
師匠が紫の花を持ってきた。小粒で可愛らしく咲いている。
「ありがとうございます。後で庭の草むしりを手伝うので、ちょっと貸してください」
「うむ、丈夫な花じゃが大事に扱えよ」
俺は深く頭を下げて、師匠の小屋を後にした。
まだ早朝、城の庭の隅っこなら誰も来ない。
「よし、出てこい、ニチコ!」
召喚する前から決めていた名前を囁き、手をかざすとセンニチコウの花が淡く光り出す。
現れたのは、長身で引き締まった肉体を持ったモデルみたいな人だった。赤紫色の髪は短く切り揃えられ、強い意志を感じさせる切れ長の瞳が俺を真っ直ぐに射抜いている。
凛とした、文句なしの美少女。シーラのような甘さはなく、荒野を駆ける獣のような野性味と屈強さを備えている。
残念なことに全裸ではなく、胸にさらしを巻いて下は、深いスリットが入った紫の袴っぽいものを履いている。とてもセクシーだ。
俺が歓喜に胸を躍らせた、その時だった。
「お前……今、私をなんと呼んだ?」
ニチコが、切れ長の瞳をわずかに見開いて俺を見下ろした。
「え? いや、センニチコウだから、ニチコ。分かりやすいだろ?」
適当に付けた自覚はあったが、次の瞬間、彼女の頬がカッと熱を持ったように赤く染まった。
「ニチコ……。なんと……なんと適当で、情緒の欠片もない名前なのだ……!」
彼女は自分の豊かな胸元をきゅっと両手で抱きしめ、荒い息を吐き出した。
「ただ文字を切り取っただけの、まるで道端の雑草のような無慈悲なネーミング……」
ヤバい。怒らせてしまったか?
「ああっ、素晴らしいっ! 初手から私をこれほどまでに雑に扱うとは、お前は最高か?」
「……はい?」
なんか、えらく興奮しておりますが……。
「さぁ、これからどうするのだ?」
ニチコは顔を赤らめ、ソワソワしだした。
「えっと、そういえば特に考えていなかったな。それより、ニチコ……ちょっと肌がしっとりしすぎじゃないか?」
俺は無意識のうちに職人の目つきになり、ニチコの二の腕を無造作に鷲掴みにした。
「ひゃんっ!? な、なんだいきなり……っ」
「駄目だな。朝霧のせいで、センニチコウが本来好む乾燥状態から程遠い。無駄な水分はしっかり拭き取って、もっと過酷に乾かしてやらないと」
俺はニチコの肌のコンディションを整えるため、ハンカチで二の腕から肩にかけての水分をゴシゴシと擦り取った。
「ああっ……! なんという乱暴な手つき……っ! そうか、私が勝手に服など着ているのが気に入らないのだな!? このまま私の布を力任せに引き裂いて、朝の冷気に晒すというのか!」
「いや、服は破かないけど。通気性は確保したいな」
「なにぃ、なんの理由もなく私を喚び出し、肌を荒々しく擦り上げた挙句、放置するという行為……なるほど、それも悪くない」
ニチコは一人で盛り上がって、腰をくねくねと動かしている。
「いいぞ、次はどうする? まさか、今ここで自分で脱げとは言うまいな。人々が目覚める早朝に全裸で放置された私を見て目を覆い、ヒソヒソと噂話を始めるプレイを想定しているということか?」
園芸の手入れをしているだけなのに、なぜこんな卑猥な解釈になるのか。




