⑦反ハーレム同盟
「あの……妹さん。ハーレムって、なんですか?」
エミリーの決意を込めた拳に、シーラが小首を傾げた。
「……は?」
エミリーが毒気を抜かれたような顔になる。
無理もない。シーラは元シクラメンだ。つい数日前まで土の中で光合成しかしていなかった。だからこそ純粋無垢なのだろう。
「主様が叶えたい夢なんですよね? 美味しいお水のことですか? それとも、あったかいお日様の光……?」
清らかな瞳で尋ねるシーラを見て、エミリーの蒼い瞳にきらりと邪悪な光が宿った。
「……ええ。お教えしましょう」
エミリーは咳払いを一つすると、魔導書を胸に抱き直し、わざとらしく悲痛な声を作った。
「ハーレムとは、一人の権力者が、複数の女性を己の欲望を満たすためだけに囲う……人道に外れた非道な行いのことです。女性から自由と尊厳を奪い、一生逃げられない檻に閉じ込める、最悪の搾取形態と言えます」
「えっ……」
シーラの顔から、さっと血の気が引いた。
「主様……私を、檻に閉じ込めるんですか……?」
俺の腕を掴むシーラの手に、微かな震えと不安が混じる。
「ち、違う! エミリー、お前言い方に悪意がありすぎるだろ! 俺はただ、可愛い女の子たちと仲良くキャッキャウフフしたいだけで――」
「キャッキャウフフの強要です。恐ろしい」
エミリーがすかさず俺の言葉を切り捨てた。
「シーラさん、と言いましたね」
エミリーは一歩前に出ると、先ほどまでの敵意を綺麗に隠し、慈愛に満ちた聖女のような微笑みを浮かべた。
「あなたは生まれたばかりで、この愚兄の邪悪さに気づいていないのです。兄をこのまま野放しにすれば、あなたのような被害者が際限なく増え続ける。兄のためにも、ここで更生させなければなりません」
「更生……。主様を、正しい道へ……?」
「そうです。私と一緒に、兄の暴走を止めましょう。私とあなたは、兄の毒牙から女性の尊厳を守るための、大切な同志です」
エミリーが、そっとシーラの両手を握りしめる。
巧妙すぎる。知識の差を利用して見事に丸め込もうとしている。さすがは優秀な妹だ。
だが、心配は不要だろう。シーラは俺が生み出した。つまりは俺の子も同然。
「あのなシーラ、聞いてくれ……ハーレムっていうのはだな……」
「同志……。それってつまり、妹さんと私は『お友達』になるということですか?」
親である俺の言葉を無視して、シーラはエミリーの手を握り返した。
「え? い、いえ、ですから監視のための同盟で……」
「わぁっ! 私、お花だったから、女の子のお友達ができるの初めてです!」
シーラは不安もどこへやら、ぱぁっと顔を輝かせてエミリーの手を握り返した。
「これからよろしくお願いします、エミリーちゃん!」
「ちょ、馴れ馴れしいです! ちゃん付けはやめなさい!」
「ふふっ。エミリーちゃんは照れ屋さんですね」
顔を真っ赤にして狼狽えるエミリーと、嬉しそうに微笑むシーラ。
監視の同盟だか女子会だか知らないが、二人の中には確かに、俺の入る隙のない強固な絆が芽生えようとしていた。
……待て。これでは俺が新しい花を喚び出そうとするたびに、優秀なエミリーと規格外の魔力を持つシーラのタッグに阻まれるということではないか。
俺の……俺の夢の辺境ハーレム生活が……っ!
「ということで主様。はーれむは許しません。主様にはわたしだけ……いえ、わたしとエミリーちゃんが居れば十分なのです」
嬉しい言葉だが、俺は今のシーラを見てもなんの煩悩も浮かばないのだ。エミリーはそもそも対象外だしな。
せめて手入れの必要がない、完璧なシクラメンの花なら……そうだ。
「聞いてくれシーラ。君はまだ不完全なんだ。これからもっともっと美しくなれる。完璧で完全無欠の美少女になれる素材なんだよ。だから今は花に戻ってくれ。必ず君の本当の姿を咲かせてみせるからさ」
エミリーとシーラの同盟は危険だ。おそらく俺の意思でも花に戻せるが、ここはあらぬ因縁よりも、未来の希望を持たせて帰ってもらおう。
「完璧で、完全無欠の美しさ……」
いいぞ、食いついた。
「って、なんですか? いらないです」
要らんのかい。
「ハナ兄さん。私の友達であるシーラを誑かせないで下さい」
あら~、堅物の妹さんに、お友達ができちゃいましたか~。
困ったぞ、この展開は流石にまずい。
「厳重な監視体制が必要ですね。今後は私とシーラで24時間体制でハナ兄さんを見張ります」
「いや、だめだろいくら妹とは言え、一つ屋根の下で男女三人組んづ解れつなんて……」
ダメじゃないな、最高のシチュなんだけど。エロいことできないならやっぱり意味が無い。まだ一人の方が色々できる。
「やったー、私、エミリーちゃんと一緒にこのふかふかのベッドで寝てみたいです」
シーラは無邪気にエミリーに抱きついた。良い百合だ。いや、ダメだろ。
二人にベッドを占領されたら、俺はどこで寝れば……。
「エミリーちゃん。主様、床で丸まって寝てますけど、風邪ひかないでしょうか……?」 「放っておきなさい。変態にはあの冷たい床がお似合いです。さあシーラ、私と一緒にベッドへ」
俺は涙で冷たい床を濡らした。
※※※
「馬鹿野郎! ジョウロの角度が三度甘い! 水やり千本ノック、最初からやり直しだ!」
「この葉っぱの品種と適切なpH値を言ってみろ! 正解するまで今日の晩飯は抜きだ!」
「おい、センニチコウの花が少し萎れているぞ! あれほど乾燥気味に育てろと言っただろうが! 歯を食いしばれ、ケツバットの刑だ!」
──俺はその夜、前世の夢を見た。
実家のブラック花屋で、園芸の鬼である親父から受けた、地獄のようなスパルタ教育の日々。
来る日も来る日も、土と水と葉っぱの匂い。俺の青春は、完全に光合成のための養分として吸い尽くされていた。
もう嫌だ……。葉っぱの脈なんかじゃなく、俺は柔らかい女の子の曲線が見たいんだ……っ!
ある夜、限界を迎えた俺は、親父の目を盗んでママチャリに跨った。
目指すは、隣町のコンビニ。目的はただ一つ、新刊のエロ本を買うことだ。
ペダルを漕ぐ足に力がこもる。俺の頭の中は、これから出会うであろう二次元の極上の豊満さで満たされていた。
だが、交差点に差し掛かった瞬間、横から強烈なヘッドライトの光が俺を包み込んだ。
「あ……嘘だろ。俺、まだエロ本、買ってな……」
凄まじい衝撃と共に、俺の純度百パーセントの煩悩は、そこでぷつりと途絶えたのだった。
「……ハッ!?」
冷たい感触に、俺はガバッと身を起こした。
見慣れた自室。しかし、背中には硬くて冷たい床の感覚。
視線を上げると、ふかふかの俺のベッドの上では、エミリーとシーラがすやすやと心地よさそうに身を寄せ合って眠っていた。
「くそっ、なんて惨めな朝だ……。俺はただ、可愛い女の子とエロいことがしたいだけなのに」
ため息をつきながら、俺はふと夢の中で親父に怒鳴られた記憶を思い返した。
──センニチコウ。
過酷な乾燥と直射日光を好み、ちょっとやそっとの悪環境では決して萎れない、タフで頑丈な花。
「……そうだ」
俺は床から立ち上がり、ベッドの上の二人を見下ろした。
優秀な妹と、規格外の魔力を持つ第一ハーレム要員の強固なタッグ。この圧倒的な包囲網を突破して、俺の夢の辺境イチャコラ生活を取り戻すためには、この冷たい床(劣悪な環境)のような場所でもビクともしない「新たな戦力」が必要だ。
シクラメンのような温室育ちの箱入り娘ではない。手入れもそこそこで過酷な環境でも輝いて咲く花が。




