⑥ハーレム阻止
「本当にお父様への報告をしないのですか? お父様に認められたら、この国での将来が約束されたも同然。名誉ある称号や使い切れないほどの報酬、誰もが羨む地位につけるのですよ?」
エミリーが真剣な眼差しで説得してくる。
「……そうなの? う~ん、でもやっぱり争い事は嫌だな。他の兄さん達みたいにはなりたくない」
長男『剣聖イチ』次男『賢者ニコ』三男『轟剣サンチェ』長女『聖女アリア』などなど、上の兄姉はみんなたいそうな渾名が付いていて、他の国や魔族との戦闘で大活躍しているらしい。魔法が使えなかった俺には違う世界の出来事のようだった。
でも、正直言って羨ましいとは思ったことない。俺は平和主義なのだ。アリンコを指揮しているほうが性に合っている。前世も土いじりを生業にしていたし……半強制だったけど。
「そうですか……まぁ好きにすればいいと思います。ですが念のために、もう一度その魔法を私の前で使ってみてもらえませんか?」
「理由は?」
「参考までに」
参考? まぁ見られて減るもんじゃないし。
俺は頷いて、シクラメンの鉢植えを見つめた。
花は萎れていない。きっと前回みたいに魔力を使い果たしていないからだろう。
俺が気絶した場合は、そのまま花に戻ってしまうらしいな……メモっておこう。
「シーラ……出ておいで」
鉢植えに魔力を流し込むと、淡い光が溢れ出した。
光の粒子が収束し、ベッドの上にふわりと舞い降りたのは、やはり一糸纏わぬ全裸の美少女だった。
「主様っ。またお呼びいただき、ありがとうございます」
シーラは嬉しそうに微笑むと、躊躇いもなく俺の腕に抱きついてきた。豊満な双丘が俺の腕に押し付けられる。相変わらず極上の感触だが、やはり肌の質が気になってエロい気分にならない。エミリーの冷ややかな視線が背中に突き刺さっているせいもあるかもしれない。
「……ちょっと待ちなさい」
エミリーが、魔導書を盾にするように構えながら一歩前に出た。
「なぜ、あなたは常に全裸なのですか? そして、なぜそうもハナ兄さんにベタベタと張り付くのですか。羞恥心という概念が存在しないのですか」
「え? 全裸……?」
シーラはきょとんとして、自分の体を下から上へと見下ろした。
「最初は恥ずかしかったけど。お花の時は、これが普通でしたから。それに、主様は私に命と温もりをくれた方です。こうして触れ合っていると、根っこの先まで安心するんです」
「根っこの先……卑猥ですね。人間社会では、それを痴女と呼びます」
エミリーがピシャリと言い放つ。
「それに、あなたは一体どういう生態をしているのですか。先ほどの異常な魔力波形……。実は、あなた、兄さんの魔力を糧にする寄生型の魔物の一種なのでは?」
「寄生だなんて、ひどいです。私はただのシクラメンです」
シーラは少しむっとしたように頬を膨らませた。
「そうだ。お洋服なら、これでどうですか?」
シーラがふわりと両手を広げると、彼女の体を包み込んでいた魔力が、まるで糸のように編み上げられていく。瞬く間に、赤紫色の花弁を模した、ひらひらとした可憐なワンピースが彼女の体を覆い隠した。
ああっ、俺の全裸美少女が……。
俺は心の中で血の涙を流したが、エミリーの反応は違った。
「……無詠唱での物質生成。しかも、これほど精密な構造物を瞬時に……」
エミリーがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。もしかしてシーラの魔法ってもの凄いのか?
ワンピース姿になったシーラは、どこか楽しげにエミリーをじっと見つめ返した。
「なんだか、とっても怖い顔をしてますね。主様の妹さん」
「警戒するのは当然です。あなたのような正体不明の存在が、兄にすり寄っているのですから」
「ふふっ」
シーラはワンピースの裾を軽くつまみ、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「もしかして、主様を取られちゃいそうで、嫉妬してるんですか?」
「なっ……!?」
エミリーの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。
「ば、馬鹿なことを言わないでください! 私はただ、優秀な妹として、この愚兄が変な事件に巻き込まれないか監視しているだけで……っ!」
「そうなんですか? でも、すごく焦ってますよ」
「焦ってなどいません。魔導書で殴られたいのですか?」
冷静沈着だったはずのエミリーが、完全にペースを崩されている。
植物ゆえの純真さか、それとも天然の煽りスキルか。シーラはエミリーの痛いところを無邪気に突き刺し、俺の腕にさらにぎゅっとしがみついた。
俺は、激しい口論を繰り広げる二人の美少女を前に、ただ呆然とするしかなかった。
「じゃあ、勝負しましょう」
「はぁ? なんでそうなるんですか」
「私と妹さん、どちらが主様にとって相応しいかを競うのです」
「意味が分かりません。相応しいとかどうでもいいので結構です」
「そうなんですか? その割には、妹さんのほうが主様にべったりな気もしますが」
まぁ確かにエミリーは小さいときから俺と遊ぶことが多かったな。魔法の勉強は得意だけど魔力はそんなじゃないみたいだし、気が合う方だった。
でも、ある時を境に、そっけない態度をとるようになった。
「あなたには関係ありません。これは兄妹の問題です。私は魔法が使えないハナ兄さんを支えるようにと、お母様から言われているだけです」
そうなんだ。知らなかった。以前の俺は無能だったからな。
「じゃあ、もう心配要りませんね。主様は魔法が使えるようになったのですから。今後は、わたしが主様のお世話を致します」
健気なシーラ。でも、園芸というお世話をしているのは俺の方なんだけどな。
「そうですね……もう、無能なのは、私の方……なんですから」
小声で、なんて言ったか分からないけど、エミリーは俯いてしまった。
「どうしたんだよエミリー」
俺はエミリーの肩に手を添え、顔を見やると涙を浮かべていた。
「私、最低な妹なんです。ハナ兄さんが魔力を持たない無能だったから……優秀なお兄様たちばかりの王家の中で底辺だったから、私だけは兄さんの味方でいようって、自分を慰めていたんです。私より下がいてくれるって、どこかで安心していた……それなのに、ハナ兄さんまで凄い魔法を使えるようになって……私が一番無能な存在になって……きっとお父様からもお母様からも飽きられて、どこか遠くへ捨てられて……」
俺は酷く反省した。自分のことだけ考えて、むやみやたらに魔法を使って、妹を傷つけてしまった。
「泣くなよエミリー」俺はそう言って頭の上に手を乗せた。
「さっきも言っただろう。この魔法は誰にも言わない。約束する」
「ハナ兄さん……」
「無能な俺は、地方へ飛ばされるんだ。そこで魔法を使いまくって美少女に囲まれて暮らす。そんなハーレム生活が夢なんだ。だからお前は安心して魔法の勉強に励め、きっと親父も認めてくれるさ」
「は……ハーレム?」
「そう、ハーレム」
「泣いて損しました。変態には付き合えません。もう兄とも呼びませんので」
今度は怒って頬を膨らませた。感情の起伏が激しい奴だが、まぁいい。
「んじゃ、そういうことだから、お前はお前で頑張れよ。たまには俺のハーレムに遊びに来てくれ」
「行くわけないじゃないですか変態。魔導書で殴りますよ」
「それは止めて、またシーラが消えちゃう」
「じゃあ、この勝負は私の勝ちってことですね主様っ」
横で聞いていたシーラが満面の笑みで宣言した。
「いいえ、そうはさせません」
シーラの言葉にすぐさまエミリーが反論する。
「ハーレムなどという愚行。お父様の名に泥を塗るようなもの。私が責任を持って阻止します」
握りしめた拳が、エミリーの本気度を物語っていた




