41:花壇の修復
ピンセットで折れたパンジーの茎を慎重に持ち上げ、切り口に癒合剤を薄く塗布する。
導管が乾燥してしまえば、そこから先はもう水を吸い上げることができない。まさに時間との勝負だ。
「……よし、添え木の固定完了。シーラ、微細ミストで葉水を頼む。根から水を吸えない分、葉面からの蒸散を最小限に抑えるぞ」
「はーい、主様っ」
俺が額の汗を拭いながら泥だらけの膝をついている横で、エミリーが周囲に転がる黒装束の男の一人──未だにお腹を押さえてピクピクと痙攣している奴を見下ろしながら、困惑したように声をかけてきた。
「あの、ハナ兄さん。お花の手当ても大事ですけど……どうして逃げていった不審者を、ニチコさん一人に追わせたんですか?」
「ん? ああ、ニチコが奴らが逃げる途中に『茂みにいた誰かの腹を殴って連れ去ったぞ』って急に騒ぎ出してさ。俺は花壇しか見てなかったから気づかなかったんだけど、放っておくのも心配だから向かわせたんだよ」
俺はもう一株、靴底で押し潰されたマリーゴールドの根元の土を優しくほぐしながら答えた。
「そしたらニチコが、見たこともないくらい真剣な顔で『ここの花々のことは頼みます、主様!』って言い残して飛び出していったんだ。だから俺も『もちろんだ。萎れて枯れる前に、俺が絶対になんとかしてみせる』って送り出してやったってわけさ」
「そうなんですか……」
エミリーは頭を抱えてため息をついたあと、ふと真剣な表情になって足元の黒装束を見つめた。
「それにしても、この人たち……さっきシーラの香りを吸い込んだとき、『フラウゲートがどうとか』って叫んでいましたよね? まさか、隣国の密偵なんでしょうか。最近、うちの国に侵攻してくるんじゃないかって不穏な噂が立っていますし……もしかして、私やハナ兄さんを攫って人質にするつもりだったんじゃ?」
「密偵? 人質? そんなのはどうでもいいさ。こいつらは植物を踏み潰してもなんにも思わない最低な奴らってことだ。問答無用でぶっ飛ばす」
「無茶苦茶な正義感ですけど……ちょっと待ってください。ということは、逃げていった連中が代わりに誰かを攫っていったのだとしたら、まずいんじゃないですか! ニチコさん一人じゃ、捕まった人を助け出せないんじゃ……」
「ああ、それなら心配いらねえよ。ほら、パンジーとマリーゴールドの応急処置は今終わったところだしな」
俺は立ち上がってパンパンと膝の土を払い、足元で白目を剥いている黒装束の一人の襟首をひょいと掴み上げた。
「おいシーラ、こいつにちょっとだけ自白の香りを嗅がせてやれ。アジトの場所を吐かせて、今からみんなで迎えに行ってやろうぜ」
「了解でーす! ほら、お兄さん、深呼吸してー♪」
「ひぃぃぃっ!? しゃ、喋る、何でも喋るからその匂いだけは勘弁してくれぇぇっ! 城下町の外れにある古い木造小屋だぁぁっ!!」
下痢魔法だと勘違いしたのか、男は一秒でアジトの場所をゲロった。
よし、これで花壇の平和も守られたし、あとはニチコと『誰かさん』をサクッと回収して、フラウゲートへ活力剤の素材を取りに行く準備だな!




