④シーラ再び
「師匠。俺が上質な『腐葉土』を欲しているのは、今後も元気なシクラメン(極上の美少女)を育て続けるためだ。極上の寝床を作る上で、それは絶対に欠かせない」
俺は師匠を睨み付けるように大真面目に言った。
俺の脳内には、ブラック花屋での過酷な知識と経験が正確に焼き付いている。腐葉土が落ち葉を微生物で発酵・熟成させた土壌改良の要であることは百も承知だ。
俺は理想のハーレムを作るべく、その真っ当な園芸知識を師匠に向けて熱弁し始めた。
「素人はただの土だと見た目で判断する。だが、上質な腐葉土は若い枯れ葉を暗く湿った場所でじっくりと寝かせ、ドロドロに溶かして熟成させた奇跡の土なんだ。俺はそれが欲しい」
師匠の太い眉がピクリと跳ね、鋭い眼光が微かに細められる。
「八男坊……いや、ハナ王子よ、なにか心変わりがあったようじゃな。良い目をしておる」
初めて、名前で、しかも王子付きで呼んでくれた。俺の目的はあくまでエロであり、園芸はその手段に過ぎないが、誰かに認められるのは悪くない気分だ。
気分が良くなった俺は、熱弁を続けた。
「時間をかけて寝床を作り上げるんだ。カチカチに強張った固い土じゃあ、どんなに美しい花でも窮屈で息絶えてしまう。上質な腐葉土を混ぜ込めば、土と土の間に無数の隙間が生まれ、寝床全体がふんわりと柔らかくなる。どんなに激しく根を張っても、優しく包み込んで受け止めてくれるようになるんだ!」
……おかしいな、腐葉土が作る団粒構造。フカフカの土になるって話をしているだけなのに、なんか興奮している自分がいる。
「そして、一番の肝は『濡れ具合』だ」
無意識のうちに、俺は顔を近づけ、声を一段と低く潜めていた。
「上質な腐葉土の混ざった寝床は、常にしっとりと艶やかに濡れそぼりながらも、余分な水は逃がす。奥の方はキュッと締まって、新鮮な空気を吸って息をしているんだ」
保水性、排水性、通気性の三拍子。園芸の基本中の基本を話しているだけなのに。鼻息が荒くなってきた。
酷く卑猥なことを話している気がする。
シーラとの触れ合い中に園芸知識が爆発して煩悩がどこかへ行ってしまったせいだろうか……欲求不満になっている?
「カッカッカ! 恐れ入りましたなハナ王子。まさか十三歳にして、そこまで花の扱いと褥の極意を極めておられるとは。この老いぼれガンツ、すっかり圧倒されちまいました」
俺の熱弁を聞き終えた師匠は、深く息を吐き出し、口元に三日月のようなニヤリとした笑みを浮かべた。
「分かってくれるか、師匠。だからここに無ければ作りたいんだ最高の腐葉土を。それさえあれば、俺のシクラメンを(シーラ)を永遠に潤わせたまま、極上の時間を味わい尽くすことができるんだ!」
「その信念、気に入ったぞ。わしのとっておきを分けてやろう。その熱い手で、土の奥の奥までこの腐葉土を混ぜ込んでくだせえ。花が腰を抜かすほどの、極上の褥を共に完成させましょうぞ」
「はいっ、師匠ォォッ!」
やっぱり持っていると思っていたぜ。師匠の手は生粋の園芸職人の手だ。前世の親父の手にそっくりだからな。
「あなたたちは一体何の話をしているのですか?」
エミリーがジト目で睨んでいる。
「妹よ、お前にはまだ早い話だ。だが、いずれ分かる時がくるさ」
「親指を立てないでください。気持ち悪いです。それに一個しか歳は離れていないじゃないですか。魔力は私の方が上ですし。心外です」
強がった顔が可愛い……って妹に欲情はまずいな。でも、少し安心した。俺の煩悩は死んでいないようだ。
シーラを呼び出したら今度こそ、エロいことをしてやる。
「それで? その土塊があれば、あの魔法を使えるってことなんですか?」
最上の素材を土塊呼ばわりとは、分かっていないな妹よ。
「まだだ。これを使ってシクラメンの花を育て、完璧な形で再現する。それに……」
俺は小声でエミリーに「魔法のことは誰にも言わない約束だろ? 準備が整ったら呼んでやるよ」と耳打ちした。
エミリーは、そういえばって顔で納得し、俺たちはガンツ師匠の元を離れた。
その夜。
俺は自室のベッドの上に胡座をかき、師匠から密かに譲り受けたシクラメンの鉢植えを前に臨戦態勢をとっていた。
「バカだな、エミリー。お前がいる前で魔法なんて使うわけないだろ。さあマイハニー、シーラ、出ておいで」
究極の腐葉土を使って、種から最高品質のシクラメンを育てるのもいい。だが、それじゃあ時間が掛かりすぎる。一刻も早くこの煩悩を発散させるためには、手っ取り早く育った花を使うという多少の妥協も必要なのだ。
俺の願い──いや、魔法は成功し、神々しい光が部屋を包み込んで弾けた。
「主様……っ」
そこにいたのは、一糸纏わぬシーラだった。
彼女は頬を上気させ、潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめてくる。
「また、呼んでくださったのですね。ありがとうございます、主様。あの時、主様に触れられてから私の体……なんだか変なんです。お花の時には感じなかった感覚が忘れられなくって。だから……主様……もう一度、私を……」
シーラが身をよじり、恥じらいながらも自ら俺の胸へとすり寄ってくる。
最高だ。これだ。俺が求めていたのは泥の感触ではない、この圧倒的な美少女の温もりだ!
俺の心臓は早鐘のように鳴り、全身の血が沸騰するのを感じた。
「シーラ。今夜は寝かさないぜ……」
俺はゴクリと唾を飲み込み、震える両手を彼女の滑らかな背中へと這わせた。
しっとりとした柔らかな肌。
だが、その瞬間。
俺の脳内で、パチンと何かのスイッチが切り替わる音がした。
……ん? なんだ、この微細な引っ掛かりは。表皮細胞の膨圧が、先ほどより僅かに低下している……? それに、この部屋の湿度はシクラメンの夜間の生育適正を5%ほど下回っている気がする。
沸騰していたはずのエロティックな熱狂が、一瞬にして絶対零度へと冷却された。
代わりに脳髄を支配したのは、僅かな乾燥の兆候を危惧する、凄まじいまでの職人の血だ。
「おいシーラ! お前、今日の日照時間はどうだった!? 葉水は足りているのか!? 駄目だ、やはり茎のツヤが昼間より0.2ミリほど落ちている!」
「えっ? あ、あの、主様……? ひゃっ、触り方が、ああ、良い……っ」
「やっぱり、少し劣化しているな。ガンツ師匠め……まだ適正温度の管理が甘いんじゃないか? 今すぐ適正湿度の調整と、導管のマッサージを行う!」
「あっ……ふぁっ、主様、そこ……すごく、満たされます……」
俺の心は、またしても血の涙を流していた。
抱きしめたい。愛し合いたい。
なのに、俺の両手は無慈悲にも彼女の肩甲骨からうなじにかけての水分量を確認し、最適な力加減で血流を促すという、極めて健全かつプロフェッショナルな園芸ケアを猛スピードで遂行してやまないのだ。
「よし、次は根元(足首)の冷えを確認するぞ!」
「ひゃんっ! 主様、真剣な顔でそんなところを……っ」
くそうっ、なんだこれは。全然エロさを感じない。
こんなに密着して、こんなに艶かしい声を出されているのに、頭の中には『適切な水分管理』と『光合成の効率化』の計算式しか浮かんでこない。
俺の体は、俺の性癖は、一体どうなってしまったというんだ……!




