38:アンネッタの思惑(三人称視点)
ガシャアァンッ!!
最高級の白磁のティーカップが壁に叩きつけられ、無残な破片となって絨毯の上に散らばった。
「許せない……っ。なんなのよあいつら、私を誰だと思っているのよ」
自室に戻ったアンネッタは、黄金の縦ロールを振り乱し、肩で荒い息を吐きながら地団駄を踏んでいた。
第一王妃エリザベスの娘として生まれ、幼い頃から周囲に傅かれて育った彼女にとって、先ほどの出来事は生まれて初めての屈辱だった。序列が下の異母妹であるエミリーに軽くあしらわれたばかりか、落ちこぼれのハナにまで、まるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目で素通りされたのだ。
「無能のくせに! 下位の血筋のくせに! どうしてお父様はあんな奴らに特別な任務を与えて、私を無視するのよ……っ」
悔しさで唇を噛み締めるアンネッタの背後で、部屋の隅に控えていた侍女の一人が、音もなく一歩前に進み出た。
割れた陶器の破片を拾い集めながら、侍女はアンネッタの耳元へと顔を寄せ、毒を含んだ甘い声で囁く。
「アンネッタ様。お怒りはごもっともでございます。本来ならば、国王陛下の寵愛はすべて、最も高貴な血を引くアンネッタ様が享受されるべきなのです」
「当たり前でしょう! だから私だってお父様のお役に立ちたいというのに、それなのにっ……キィィィ」
「ならば、エミリー様に『少しの間、舞台から消えていただく』というのはいかがでしょうか」
侍女の言葉に、アンネッタはピタリと動きを止めて振り返った。
「……どういうことかしら?」
「はい。といっても、命を奪うような物騒な話ではございません。エミリー様が数日間ほど不慮の事故で行方不明になり、ハナ王子の監視が不可能になれば……陛下は必ず、代わりの監視役として序列が上のアンネッタ様をご指名になるはずです」
侍女は恭しく頭を下げた。
「実は私、絶対に足のつかないならず者たちに心当たりがございます。アンネッタ様が王城の北西区画……あの植物研究所の裏手にある王族専用の通用門の鍵を少しだけ開けて手引きしてくだされば、あとは彼らがエミリー様をこっそり攫い、数日ほど人気のない場所で頭を冷やさせてくれますわ」
「エミリーを攫わせて、任務を私のものに……!」
怒りと嫉妬で視野が狭くなっていたアンネッタにとって、それは悪魔の誘惑であり、同時にこれ以上ない名案に思えた。
エミリーが攫われて泣きを見るうえに、自分はハナの監視役という手柄を奪い取れる。まさに一石二鳥だ。
「……いいわ! 手引きでも何でもしてあげる。ただし、絶対に私が裏で糸を引いていることはバレないようにやりなさいよ。エミリーにたっぷり恥をかかせてやるわ」
「かしこまりました、アンネッタ様。すべて、お望みの通りに」
深く頭を下げた侍女の瞳が、獲物を罠にかけた蛇のように妖しく光ったことなど、有頂天のアンネッタは微塵も気づいていなかった。
その日の夕刻。
植物研究所での議論を終えたハナたちは、フラウゲートへの遠征準備のため、研究所と王城を繋ぐ庭園の並木道を歩いていた。
「ふふっ、見てなさいよエミリー……!」
並木道を見下ろす植え込みの陰で、アンネッタは黒い外套を羽織り、双眼鏡代わりに手をかざしてほくそ笑んでいた。
彼女のすぐそばには、王族専用の通用門から密かに引き入れた黒装束の屈強な男たち数人が、息を潜めて待機している。
「おい、目標が来たぞ。黒髪のおさげがエミリー、隣の間の抜けた男が王子のハナだ。二人まとめて袋に詰めて国境へ運ぶぞ!」
「ちょっと、話はエミリーだけって約束でしょう? まあいいわ、あのムカつくハナも一緒に痛い目を見ればいいのよ! おやんなさい!」
アンネッタが合図を送ると同時に、黒装束の男たちが一斉に植え込みから飛び出した。
抜刀した刃を夕日に煌めかせ、音もなくハナたちの背後へと迫る。




