37:お使いイベント
「シーラさん?」
ローサ母さんの問いに、エミリーは恥ずかしそうに「友達のシーラです」と答えた。
「初めましてエミリーのお母様。私はシーラです」
シーラは愛嬌たっぷりな笑顔で頭を下げた。初めて人の姿で出てきたときは、オドオドしてたけど、もうすっかり慣れたみたいだな。他の人に対する接し方もしたたかさが垣間見える。
「エミリーのお友達……」
ローサ母さんの顔色が変わった。もしかしてマズかったか? 王族がどこの馬の骨とも知らない子を連れてきて友達だなんて許されないとか?
「うっ……うぅ……」
「お、お母さま。泣かないでください」
涙を流すローサ母さんの背中を摩るエミリー。泣くほど悪いこと?
「内気で陰気だった娘が、生まれて初めて友達を……なんてことでしょう。今日はパーティを開かなければ。シーラさん、今晩空いていらっしゃる? 好物はなに? 親御さんは近くにいらっしゃるの? ご家族ご一緒にいかがかしら?」
逆だった。というか内気で陰気だとか、あけすけに本人の前で……あっ、シーラが居るせいか。自白作用が働いているなコレ。
「なぁシーラ。お前のその自白作用の香りってなんとかならないのか?」
俺はシーラを肘で小突いた。
「ん? できるよ」
「できるなら最初っからやってよ」
「えーそれじゃあ楽しくないじゃん」
「お前の楽しみのために、人間関係が崩壊する可能性がある。自重してくれ」
「そうなの? 人間って大変なんだね。まぁ主様の命令なら止めるけど。でも、自分でも制御できなくなるときがあるから、そんときはゴメンね」
制御不能が一番怖いんですけど。
「初めましてエミリー殿のお母様。わたしはニチコ。ハナ様の奴隷です」
「我はプータス。エミリーとやらに興味はないが、この施設には可能性を感じている。力になってしんぜよう」
ニチコとプータスが流れに乗って自己紹介を始めた。
「ど、奴隷……幼女……」
ローサ母さんの顔色がまた変わり、俺を睨みつけた。
「い、いや、奴隷っていうのは、そういう意味じゃなくて、お互いに信頼し合っている関係というか……おい、ニチコ。変なことを言うんじゃない」
「ああ、主様の罵りはいつ聞いても心地良いな。もっと言ってくれ、物理的な恥辱でもいいぞ、さぁ」
「やめろ。話がややこしくなるだろ」
「ハナ王子……奴隷制度は固く禁じられているはずですが? 王族だからといってやっていいことと悪いことの区別もつかないのですか?」
マジ切れしているんですけど。
「いや、本当に違うんですよ。この子たちは俺のハーレムの一員で……ってシーラっ自白作用止めろってば」
「ハーレム? まさか一夫多妻制のことですか? 王様の権利までも侵害するとは……親族といえど聞き捨てなりませんね。場合によっては処罰を」
うっ、どんどん印象が悪くなる一方だ。こんなんじゃ花玉を咲かせるどころか牢屋行きだ。
「お母さま。ハナ兄さんは馬鹿で変態ですが、法に触れることはしていません。シーラもニチコさんもプータスちゃんも、みんな友達ですよ」
「そうなの? 魔法が使えない時期が多かったと聞いているから、そのせいで変態さんになってしまったのかしら……不憫だわ」
エミリーのフォローで事なきを得た……のだろうか?
「今日ここに来たのは、この花の品種改良を手伝ってもらいたくてですね」
早急に話題を変えなければと思い至り、俺はポケットから紅花山玉蘭の蕾を差し出した。
それを見た瞬間、ローサ母さんの顔から「不憫な変態を見る生温かい笑み」が消え失せた。
「……え?」
ローサ母さんは息を呑み、俺の手首をガッと掴んだ。作業着の袖から覗く細い腕からは想像もつかないほどの怪力だ。そのまま蕾に鼻先がくっつくほど顔を近づけ、瞳孔をカッと見開く。
「このガク片の独特の毛並み……花弁の縁に残る深紅の色素沈着……そして、休眠状態でありながら微かに放たれている、高貴で芳醇な芳香成分……! まさか、嘘でしょう!? これ、紅花山玉蘭じゃない」
「うおっ、一目で分かるとは、さすがローサ母さんだ!」
「驚いたわね。まさか、アビスダンジョンで?」
「はい、萎れた瞬間のものを持って帰ってきました」
「ということは、まさか咲いた瞬間を確認したの?」
「はい、エミリーは信じてくれませんでしたが」
「エミリー、この蕾は紅花山玉蘭特有の状態なの。本来植物は花を咲かせる前に蕾の状態になる。けれど、花を咲かせる前兆すらみせない紅花山玉蘭は咲いた後に蕾の状態になる希少種なの。これがあるってことは間違いなく花が咲いた後だわ」
ローサ母さんは興奮で頬を紅潮させ、身振り手振りを交えて猛烈な早口でまくし立て始めた。
「いいこと!? 紅花山玉蘭はね、数百年前に絶滅したと言われる古代モクレン科の突然変異種なの! 通常のモクレンやコブシとは比較にならないほど細胞壁が緻密で、極めて特殊な環境下でしか花芽分化を起こさない気難しい女王様なのよ! しかも、数十年に一度だけ開くその真紅の花弁は、周囲の大気を取り込んで独自の微気象を形成するほど生命力に満ちていて……ああっ、なんて美しいフォルムなのかしら! この萎れかけのシワひとつ取っても芸術的だわ」
「やっぱりあの肉厚な花弁の質感と、開花時の圧倒的な存在感はたまらないですよね!」
「そうなのよ! あなた、分かってるじゃない! さっきは不憫な変態さんだなんて言ってごめんなさいね、こんなに素晴らしい審美眼をお持ちだったなんて!」
俺とローサ母さんが手を取り合って熱く語り合う横で、エミリーが「……結局、お互いに植物の変態ってことじゃないですか」と遠い目をしていた。
「よし、そうと決まれば一刻を争うわ! 総員、第一研究室へ緊急招集!!」
ローサ母さんが研究所内に響き渡る声で号令をかけると、各区画で作業をしていた白衣の研究員たちが「なんだなんだ!?」と慌てて集まってきた。
中央の大型テーブルに紅花山玉蘭の蕾が置かれ、そこに俺とローサ母さん、研究員たち、さらには頭脳担当のプータスまでが加わって、白熱の品種改良会議が幕を開けた。
「目標は、この休眠状態の蕾を蘇生させ、さらに環境耐性を強化して『四季咲き(通年開花)』へと品種改良することだ!」
「そんな無茶な……! 本来は数十年周期でしか咲かない極限植物ですよ!?」
「いいえ、不可能じゃないわ。この研究所の環境制御システムで日長と温度のサイクルを極限まで圧縮し、茎頂の分裂組織に直接アプローチすれば……」
「うむ。我が持つ古代の植生データと照らし合わせても、細胞の活性化さえクリアできれば、遺伝子の発現パターンを書き換えることは十分に可能だぞ」
プータスがテーブルの上にちょこんと座り、生意気な口調で数式と構造図を紙に書き殴っていく。研究員たちは最初こそ「なんだこの幼女は」と訝しんでいたが、プータスが提示した完璧な理論モデルを見るなり、「こ、この計算式は……天才か!?」と目の色を変えた。
それから数時間。
土壌の配合比率、培養液の浸透圧、ホルモン処理のタイミングに至るまで、怒涛の議論とシミュレーションが繰り返された。
そしてついに、ローサ母さんがチョークを置き、黒板にまとめられた結論を指差した。
「──結論が出たわね。この紅花山玉蘭を通年開花する新種へと改良するための条件は二つよ」
ローサ母さんは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「まず一つ目は、期間。どんなにうちの最新設備とプータスちゃんの理論を駆使しても、細胞の順化と花芽の再形成には最低でも『三か月』の期間が必要になるわ」
「三か月……早すぎじゃないですか? 普通品種改良っていったら何年もかけて少しずつ……」
いや、魔法が存在する時点で俺がいた世界の植物の常識は通用しないのか。早いにこしたことはないしな。
「もう一つの条件というのは?」
「ええ。休眠した細胞を強制的に目覚めさせ、急激な品種改良の負荷に耐えさせるための触媒。つまり、最高純度の活力剤となる素材が一つだけ足りないの」
ローサ母さんが黒板に書かれた文字をトントンと叩く。
植物の活力剤といえば、アミノ酸、ビタミン、ミネラルとかだけど、それは施設内のタンクに貯蔵されているのを確認している。
「この研究所のストックにもない、極めて希少な天然素材よ。こればかりは、外部から調達してくるしかないわね」
「どこにあるんですか?」
「隣国フラウゲートよ」
お使いイベントか、望むところだ。




