㉟異母兄妹(三人称視点)
王の間から退出したエミリーは、回廊を歩きながら、重苦しい緊張をようやく肺から吐き出していた。
冷徹な父王・ゼロの前で、ハナの造り出した少女たちを「使い物にならない変態」として報告するのは冷や汗ものだったが、これで当面の軍事利用は免れたはずだ。おまけに、自分の実母である第三王妃ローサの魔導植物研究所を使う許可まで取り付けた。これで久しぶりに母の元を訪ねる口実もできたのだ。
ハナたちの元へと戻るエミリーの足取りは、自然と軽くなっていた。
「あら、ずいぶんとご機嫌な様子ね、エミリー」
突然、頭上から降り注ぐような高慢な声が回廊に響いた。
エミリーが足を止めると、前方の曲がり角から、豪奢な深紅のドレスに身を包んだ少女が数人の侍女を引き連れて姿を現した。
縦ロールに巻かれた黄金の髪を揺らし、扇子で口元を隠しながら冷ややかな視線を向けてくるのは、第一王妃エリザベスの娘であり、エミリーの異母姉にあたる第二王女・アンネッタだった。
「アンネッタ姉様。ご機嫌よう」
「ふん、口先だけの挨拶など結構よ。それより聞いたわよ、あなた、お父様から直々に極秘の監視任務を任されているんですってね?」
アンネッタはコツコツと靴音を鳴らして歩み寄ると、エミリーの前に立ちはだかり、顎を上げて見下ろした。
「まったく、お父様も何を考えていらっしゃるのかしら。あなたなんかに、重要な任務を任せるなんて。第一王妃の娘であり、序列も上のこの私を差し置いて、生意気だと思わない?」
「……お言葉ですが、これは父上の決定ですので」
「口答えしないでいただけるかしら? 相手は第四王妃アリアの息子……あの落ちこぼれのハナなんでしょう? 無能な兄に、下位の血筋の妹……お似合いの泥舟だこと。どうせあなたには荷が重いのだから、その任務、今すぐ序列が上の私に譲りなさい。私が直々にハナの尻を叩いて、お父様に成果を献上してあげるわ」
アンネッタは勝ち誇ったように扇子をパチンと閉じた。
いつものことだった。第一王妃の娘という立場を鼻にかけ、側室の子であるエミリーたちを事あるごとに見下してマウントを取ってくる。
だが、今のエミリーにとって、アンネッタの幼稚な嫌味は雑音にすらならなかった。こちらはエメラルドドラゴンの死闘をくぐり抜け、国家機密レベルの隠蔽工作を終えてきたばかりなのだ。
「貴重なご意見、ありがとうございます。検討させていただきますね。では、私は急ぎの用がありますので、これにて失礼いたします」
「……は? ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わって――」
エミリーは完璧な礼をすると、アンネッタの言葉を遮るようにして、その横を風のようにすり抜けた。
「おーい、エミリー。やっと戻ってきたか」
ちょうど回廊の先に設けられた待機場所から、ハナがのんびりと手を振りながら歩いてくるところだった。その背後には、スキップしながら手を振るシーラと、虚空を見つめて頬を染めるニチコ、そして退屈そうにブツブツと文句を垂れているプータスの姿があった。
「お待たせしました、ハナ兄さん。研究所の使用許可、無事に下りましたよ」
「おお、さすがは優秀な我が妹だ! これで気兼ねなく土いじりができるぞ」
「ちょっと!! 無視するんじゃないわよ、エミリー!!」
顔を真っ赤にしたアンネッタが、ドレスの裾を翻して二人の間に割って入った。そして、目の前に立つラフな格好のハナを、値踏みするように上から下まで睨みつける。
「あんたがハナね。ふん、噂通りの冴えない顔だこと。このアンネッタが、あんたの監視役を引き継いであげると言っているのよ。ありがたく思いなさい!」
王女としての威厳を最大限に振りかざし、胸を張るアンネッタ。
しかし、ハナはぽかんと口を開けたあと、心底どうでもよさそうに首を傾げた。
「誰?」
「第一王妃の娘であるアンネッタ『おねえさま』よ。つまりハナ兄さんの『おねえさま』でもあるわね」
エミリーは棘のある口調でハナに言った。
「第一王妃? 王妃は何人かいるのか?」
「まだおこちゃまだから知らないのね。国王であるお父様には六人の王妃が居るのよ。私のお母様は第一王妃エリザベス。つまり一番偉い王妃なの。分かる? だから貴方たちは私よりも下なの」
アンネッタは、扇子で口を隠し、蔑むような目でハナを見下ろした。
「へー、そうなんだ、それは知らなかったな」
「ちなみに、エミリーは第三王妃ローサの子。あなたは第四王妃アリアの子。つまり、あなたが一番下なの、だからかしらね無能なのは」
アンネッタの高笑いが響いた。
「気にしないでハナ兄さん。序列なんてないから。お父様は実力主義なの」
エミリーはハナを心配する素振りを見せた。
「え? 俺とエミリーって異母兄妹ってこと?」
「そうなりますね」
「なんか禁断の関係みたいでいいなそれ」
「なんですかそれ、バカなんですか?」
ハナは顎に手をやり、考え事をする素振りを見せる。
「というかハーレムじゃん」
「はぁ?」
大声を上げるハナにエミリーとアンネッタは声を合わせて怪訝な顔をした。
「六人も嫁さんが居るとかハーレムじゃん」
「国王様にだけ認められた特権です。ハーレムと一緒にしないでくださる?」
汚いものを見る目でハナを見下し、後ずさるアンネッタとヒソヒソと陰口をこぼす侍女たち。
「へー、そうなんだ、王様の特権なんだーそうか、そうか、なるほどね」
何かに気付いたように頷き、笑顔になったハナにエミリーまでもが不安な表情になった。
「でも、今は魔導植物の研究が先かな。急ごうぜエミリー」
「はい。急ぎましょう」
「ちょっと待ちなさいよエミリー、私の話を聞いていなかったの?」
早く母親に会いたいエミリーと、紅花山玉蘭の花を咲かせたいハナは、アンネッタを無視して行ってしまった。
「な……っ、なによ、あれ……っ!」
回廊にポツンと取り残されたアンネッタの肩が、ワナワナと震え始める。
「私を誰だと思っているのよ……! 第一王妃の娘である、この私をコケにするなんて……! 絶対に許さないわ、ハナ、エミリー! あんたたちの評価なんて地に落として、絶対に後悔させてやるんだからーーっ!!」
プライドを木端微塵にへし折られたアンネッタのヒステリックな絶叫が、人気のない王宮の回廊に虚しく木魂した。




