㉞国王ゼロと影の男(三人称視点)
王都へと帰還したエミリーは、その足で誰にも告げず、ひとり王城の最奥にある玉座の間へと向かっていた。
重厚な大扉が押し開かれ、高い壇上の上で腕を組む巨躯の男──国王ゼロが、鋭い眼光で末娘を見下ろす。血の繋がった父親であり、冷徹な為政者でもあるその眼差しに怯むことなく、エミリーはまっすぐに進み出て深く一礼した。
「報告いたします、父上。アビスダンジョンにて確認した、ハナ兄さんの『魔導生物』たちについての査定結果です」
エミリーの声音は冷静で、事務的だった。
「まずは、武闘派として期待されていたニチコについてですが、防御能力自体は特筆すべきものがあります。しかし、攻撃力が皆無という致命的な欠点が判明しました。しかも、敵からの攻撃を受けることに陶酔し、過激な暴力を受けることで快楽を感じているようで……ええ、つまりは生粋の変態ドМという性質を持っているため、軍事作戦の継続など到底不可能です。実戦にはまったく向かないと判断しました」
玉座の上で、ゼロがわずかに眉をひそめた。
「続いて、プータスという少女について。その頭脳はナナキ兄様も認めるほどに優秀ではあります。しかし、いかんせん外見通りの幼さが際立っており、年齢的な問題が大きいです。『自分は白亜紀からの知識を蓄えている』などという荒唐無稽な虚言も吐いており、精神的な未熟さが大きなマイナス要因となっています。爆破属性の魔導具を使用でき、スライム程度の低級な魔物は容易に撃破できますが、それ以外に特筆すべき国家戦力としての能力はみられませんでした」
「……白亜紀だと? 少女の姿をした知性体にしては、少々頭のネジが外れているな」
「はい。そして最後に、シーラは……シーラという女の子は、周囲にお腹を下す香りを発するという、下賤な下痢魔法しか使用できません。悪臭と腹痛を撒き散らすだけで、暗殺にも撹乱にも使えず、まったく戦力になり得ません。これ以上監視を続ける必要性も薄いため、監視対象から外してもよいかと思われます」
エミリーは心の中で冷や汗を拭いながら、一息でまくし立てた。
ゼロは腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら低い声で呟く。
「なるほどよく分かった。して、その者たちがどのように生み出されたのかは、まだ分からぬと?」
「はい、申し訳ありません。あれだけの実体を瞬時にして構築、または潜伏させる魔法の存在を記した書物もありません。あるいは魔法でもない可能性も……」
エミリーは目を伏せたまま、声のトーンを下げた。
「魔法でもない……か、どちらにしても、軍事利用出来るか出来ないかが論点だ。未知の要素があるなら、監視を続けなさい。転移魔法のスクロールはそのまま所持し早急な事案、報告があれば使用するように」
「ありがとうございます。別件ですが国王様。ハナ兄様が植物の研究に興味があるとのことで、お母さま……いえ、第三王妃ローサ様の魔導植物研究所を利用させてみてはどうかと考えます」
「植物? ハナにそんな嗜好があったとは聞いておらんが」
「はい。気変わりがあったと思われますが、魔導生物との関連性を疑ってもよろしかと思いまして」
「なるほどな、まぁ好きにするがいい」
「ありがとうございます」
エミリーはゼロと目を合わせぬまま踵を返し、王の間を後にした。
「ふう……」
そして、回廊の柱に身を任せ、ホッと胸を撫でおろす。
「なんで私がこんな虚偽報告をしないといけないのよ……バカにい。でも、これでシーラの安全は確保できたかもしれない。それに、お母さまのところに尋ねる理由もできた……」
エミリーは、ふわりと笑った。
「こんなに素直な気持ちになるのはいつぶりだろう。お母さまに会ったら色々話したいな。シーラを連れて行ったら素直になれるかな……」
ハナの元へと戻る足取りは自然と軽くなっていた。
──王の間。
「国王、良かったのですか? あのスクロールを作るには膨大な資金と魔力、そして時間が必要です。肉親とはいえ、あんな子供に持たせておくのは分不相応かと」
長身で全身黒づくめのマントに顔を隠した男が、国王の玉座の背後から現れて言った。
「構わん。今はハナの能力を見極めることが優先される」
ゼロは振り返りもせずに返す。
「エミリーの報告を聞く限りでは、国益になる魔法ではないかと思われますが」
「そうさな。だが歴史上、突発性のある魔力増強、または新たな魔法の発現にはとてつもない能力が秘められている。その可能性があるのなら監視は必要だ」
自慢の長い顎髭を右手で撫でながら、ゼロは不敵な笑みを浮かべた。
「近いうちに隣国フラウゲートが侵攻してくるという情報もあります。子供に構っている時ではないかと」
「安心しろ。それはイワンとニコラに任せてある。あの二人ならば事が起こる前に処理してくれよう。それにハナの猶予は一か月だ。それまでに使い物にならないと分かった時点で遠方へと追いやるよう手筈は整えてある」
「第四王妃であるアリア様は納得されたのですか?」
「納得? 我が子をどうしようと私の自由だ。女の意見などいらんわ」
「ごもっともです。では、私はまた陰に潜みます」
「うむ、軍務に励めよ」
黒づくめの男は闇に消え、ゼロは思考を巡らせる。
「隣国の侵攻か……これを機に領土を広げるとしよう。フハハハハハ」
王都へと帰還したエミリーは、その足で誰にも告げず、ひとり王城の最奥にある玉座の間へと向かっていた。
重厚な大扉が押し開かれ、高い壇上の上で腕を組む巨躯の男──国王ゼロが、鋭い眼光で末娘を見下ろす。血の繋がった父親であり、冷徹な為政者でもあるその眼差しに怯むことなく、エミリーはまっすぐに進み出て深く一礼した。
「報告いたします、父上。アビスダンジョンにて確認した、ハナ兄さんの『魔導生物』たちについての査定結果です」
エミリーの声音は冷静で、事務的だった。
「まずは、武闘派として期待されていたニチコについてですが、防御能力自体は特筆すべきものがあります。しかし、攻撃力が皆無という致命的な欠点が判明しました。しかも、敵からの攻撃を受けることに陶酔し、過激な暴力を受けることで快楽を感じているようで……ええ、つまりは生粋の変態ドМという性質を持っているため、軍事作戦の継続など到底不可能です。実戦にはまったく向かないと判断しました」
玉座の上で、ゼロがわずかに眉をひそめた。
「続いて、プータスという少女について。その頭脳はナナキ兄様も認めるほどに優秀ではあります。しかし、いかんせん外見通りの幼さが際立っており、年齢的な問題が大きいです。『自分は白亜紀からの知識を蓄えている』などという荒唐無稽な虚言も吐いており、精神的な未熟さが大きなマイナス要因となっています。爆破属性の魔導具を使用でき、スライム程度の低級な魔物は容易に撃破できますが、それ以外に特筆すべき国家戦力としての能力はみられませんでした」
「……白亜紀だと? 少女の姿をした知性体にしては、少々頭のネジが外れているな」
「はい。そして最後に、シーラは……シーラという女の子は、周囲にお腹を下す香りを発するという、下賤な下痢魔法しか使用できません。悪臭と腹痛を撒き散らすだけで、暗殺にも撹乱にも使えず、まったく戦力になり得ません。これ以上監視を続ける必要性も薄いため、監視対象から外してもよいかと思われます」
エミリーは心の中で冷や汗を拭いながら、一息でまくし立てた。
ゼロは腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら低い声で呟く。
「なるほどよく分かった。して、その者たちがどのように生み出されたのかは、まだ分からぬと?」
「はい、申し訳ありません。あれだけの実体を瞬時にして構築、または潜伏させる魔法の存在を記した書物もありません。あるいは魔法でもない可能性も……」
エミリーは目を伏せたまま、声のトーンを下げた。
「魔法でもない……か、どちらにしても、軍事利用出来るか出来ないかが論点だ。未知の要素があるなら、監視を続けなさい。転移魔法のスクロールはそのまま所持し早急な事案、報告があれば使用するように」
「ありがとうございます。別件ですが国王様。ハナ兄様が植物の研究に興味があるとのことで、お母さま……いえ、第三王妃ローサ様の魔導植物研究所を利用させてみてはどうかと考えます」
「植物? ハナにそんな嗜好があったとは聞いておらんが」
「はい。気変わりがあったと思われますが、魔導生物との関連性を疑ってもよろしかと思いまして」
「なるほどな、まぁ好きにするがいい」
「ありがとうございます」
エミリーはゼロと目を合わせぬまま踵を返し、王の間を後にした。
「ふう……」
そして、回廊の柱に身を任せ、ホッと胸を撫でおろす。
「なんで私がこんな虚偽報告をしないといけないのよ……バカにい。でも、これでシーラの安全は確保できたかもしれない。それに、お母さまのところに尋ねる理由もできた……」
エミリーは、ふわりと笑った。
「こんなに素直な気持ちになるのはいつぶりだろう。お母さまに会ったら色々話したいな。シーラを連れて行ったら素直になれるかな……」
ハナの元へと戻る足取りは自然と軽くなっていた。
──王の間。
「国王、良かったのですか? あのスクロールを作るには膨大な資金と魔力、そして時間が必要です。肉親とはいえ、あんな子供に持たせておくのは分不相応かと」
長身で全身黒づくめのマントに顔を隠した男が、国王の玉座の背後から現れて言った。
「構わん。今はハナの能力を見極めることが優先される」
ゼロは振り返りもせずに返す。
「エミリーの報告を聞く限りでは、国益になる魔法ではないかと思われますが」
「そうさな。だが歴史上、突発性のある魔力増強、または新たな魔法の発現にはとてつもない能力が秘められている。その可能性があるのなら監視は必要だ」
自慢の長い顎髭を右手で撫でながら、ゼロは不敵な笑みを浮かべた。
「近いうちに隣国フラウゲートが侵攻してくるという情報もあります。子供に構っている時ではないかと」
「安心しろ。それはイワンとニコラに任せてある。あの二人ならば事が起こる前に処理してくれよう。それにハナの猶予は一か月だ。それまでに使い物にならないと分かった時点で遠方へと追いやるよう手筈は整えてある」
「第四王妃であるアリア様は納得されたのですか?」
「納得? 我が子をどうしようと私の自由だ。女の意見などいらんわ」
「ごもっともです。では、私はまた陰に潜みます」
「うむ、軍務に励めよ」
黒づくめの男は闇に消え、ゼロは思考を巡らせる。
「隣国の侵攻か……これを機に領土を広げるとしよう。フハハハハハ」




