㉗ダンジョン突入
俺たちは早速ダンジョン攻略の準備を進めた。
食料や装備はエミリーが全て手配し、俺はシーラたちの鉢植えを完璧な状態に保つことを約束した。
なんせ、自室に置いていく彼女たちの本体(鉢植え)の健康状態こそが、ダンジョン攻略の命綱なのだから手は抜けない。
例えば、シーラの本体であるシクラメンの鉢は、過湿による球根の腐敗を防ぐため水はけを極限まで高めた特製ブレンド土壌に植え替え、デリケートな葉焼けを起こさないよう直射日光の当たらない窓辺の特等席に配置する。
ニチコの本体であるセンニチコウの鉢には、旺盛な代謝と鮮やかな花色の発色を維持するための高純度な魔力肥料を施し、茎がひょろりと徒長してしまわないよう適度な風通しを計算して並べる。
魔導植物で草花に変えられているプータスの管理方法は難しかったが、元の大木であるプラタナス、そのポテンシャルを想定して根の張るスペースを厳選し、密閉による酸欠を防ぐため専用の通気チューブを地中に差し込んで樹皮と根の呼吸効率を最大化させておくことにした。
魔法を使用した花が萎れてしまったり、魔力を使いすぎたりすると、花は人の姿を保てなくなる。
ダンジョン内で一人でも欠けると危機的状況に陥る可能性があるから死活問題。攻略中に本体の健康が損なわれないよう、細心の注意を払って環境を維持する必要があるのだ。
幸いにも、この世界には魔力で動作する『自動水やり機』が存在しているので、留守中の乾燥は確実に防げる。
ここ一週間は天気も良いそうだから光合成による糖代謝も問題ないはずだ。
戦力補強にと、出発前に別の花へ新たに魔法を使うことを提案したが、「百パーセントの確率で新たなトラブルが発生するのでダンジョン攻略どころじゃなくなりますが、それでもいいならどうぞ」と、エミリーに冷たく止められた。
まあ、新たな美少女を増やすのは、自分の呪いを解いてからでも遅くはないだろう。
~アビスダンジョン入り口~
「結構近かったな」
「ええ、外出許可も容易でしたし。噂ほどのダンジョンじゃなさそうですね」
エミリーが借りてきた魔法で動く荷馬車のおかげで、目的のダンジョンには王国を出て半日もせずに着いた。タクシーみたいで便利だし、車並みの速度が出ていた。国の外に出るのは初めてだったけど、魔法があればインフラに不自由はしないようだ。
「もっと遠くに行こうよエミリーちゃん」
「この荷馬車の車輪を素手で止めてみてもいいか?」
「人の体で未知を体験する方法を思いついたぞ。魔物の解剖だ。早くダンジョンに入ろう」
こいつら……。
「遊びに来たんじゃないんだからな。しっかり俺とエミリーを守ってくれなきゃ困るぞ」
「はーい」「分かった」「御意」
素直で助かるが、不安は残るな。早いとこ紅花山玉蘭の元へ向かおう。
「行きますよ」
エミリーの顔が、いつになく真剣だ。やはり怖がっているのか。
「エミリーは俺の後から付いてこい。戦闘はニチコだ」
ここはいっちょ兄としての威厳を見せてやらねば。
「まかせろ。ゴブリンども、いつでもかかってこい」
「止めろニチコ。ゴブリンを呼ぶな」
「大丈夫? そろそろ下痢魔法を発動しておこうか?」
「ダメだシーラ。俺たちに効果が出たらどうすんだ」
「そこらへんでシちゃえばいいじゃん」
くっ、俺はいいがエミリーは困るだろうが。
「マスター、これは尿意というものか? 植物でいうところの根のあたりがムズムズしてきたぞ。水をやり過ぎたんじゃないのか?」
「まじかよプータス。ちょっと待て、そこの岩陰で済ませてこい」
なんなんだよ、初ダンジョンが遠足感覚じゃないか……怖さと緊張が和らいだけど、マジで魔物とか出てきたらどうすんだよ。
「来たぞ。第一魔物だ」
ニチコの声に、背筋が凍った。ダンジョンに突入してから間もないのに、早速出やがったか。
石畳が続く洞窟の通路の奥から、ドスッ、ドスッという地響きが轟く。闇の中から現れたのは、成人男性の二倍はあろうかという巨体を誇る怪物だった。
荒々しい鼻息を荒げ、手には樹木をそのまま引き抜いたような巨大な丸太棒。牛の頭部に人間の筋肉質な肉体を持ち合わせた魔物だ。こりゃ十中八九ミノタウロスだな。
「ひっ……! み、ミノタウロス……っ!?」
エミリーが青ざめ、その場で足がすくんだようにへたり込みそうになる。
俺も冷や汗が滝のように流れ、心臓がバクバクと五月蠅く鳴り響いた。流石は精鋭部隊でも手こずるアビスダンジョン、初手からこんな化け物が出るのかよ!
「お、おい、お前ら! 逃げる準備を──」
「何を怯えているのです、マスター。あんな低級な生体構造の塊、一瞬で解体してやりますよ」
プータスはあきれたように鼻を鳴らし、ダボダボの袖をまくりあげる。
「ねえ、私の下痢魔法の実験台にちょうどいいんじゃない? お腹のなかからグチャグチャにしてあげるわ」
シーラは不敵な笑みを浮かべ、甘い香りを漂わせ始めた。
「あの牛……なかなか良い筋肉をしているな。一回殴られてみるか……」
ニチコはニコニコと無邪気に笑いながら、丸太棒を担いだ巨大なミノタウロスへと一歩踏み出した。




