幻の花
「呪いとは、薬でも魔法でも治癒できない症状を指します」
「そうなの?」
この異世界には呪いの定義があるんだ。まぁ魔法があるんだから似たようなものか。
エミリーは軽く息をつき、部屋の中を歩きながら説明を続ける。
「突然、人格が変わったように一変して振る舞ったり、理由もなく暴れ出したり、あるいは急激な自暴自棄に陥る。物理的な治療も、高位の治癒魔法も一切効果がない。精神が摩耗して自ら命を絶つこともある危険な状態よ」
「まるで、うつ病だな」
俺が呟くと、エミリーはわずかに眉をひそめた。
「うつびょう? よく分からないですが、本人が自力で立ち直るか、自然に治癒することを祈るしかないのが現状です」
「え? うつ病知らないの?」
「どんな病気ですか?」
「うーん、まぁ呪いと一緒かな」
呪いの定義はあるのにうつ病は認識されていない世界なんだ。
「というか、ハナ兄さんも呪いの症状に似ているのは確かですね。急に魔法が使えるようになったり、花の知識がついたり……ってホントに呪われたんですか?」
「……かもしれん」
“突然、人格が変わったように一変して振る舞ったり、理由もなく暴れ出したり、あるいは急激な自暴自棄に陥る”とか思い当たる節があり過ぎるんだけど、もしかして、転生者の症状を“呪い”と呼んでいるのだろうか。
そこに、俺の足元でゴロゴロと気怠げに転がっていたプータスが、スッと身を起こした。
「ふん。精神のバグをまとめて『呪い』と片付けるとは、この王国の医学的アプローチの稚拙さが露呈していますね」
プータスは冷徹な瞳を細め、冷ややかに言い放つ。
流石天才ロリ。すでに呪いがなにかを知っているようだな。
「呪いなんぞ、気の持ちよう。己の努力不足や意志の弱さが原因だ」
プータス、それ一番言っちゃダメなやつー炎上するやつー。
「え? なになに、主様呪われているの? わたしも呪ってあげようか?」
シーラの自白作用はもはや呪いだがな。
「みなさん、ふざけている場合じゃないです。ハナ兄さんが呪われているとしたらいつか自暴自棄になって死んでしまうかもしれませんよ」
エミリーが不謹慎なことを言ってみんなを黙らせた……。
「「ないない、主様に限ってそれはない」」
シーラとプータスが息ぴったりに突っ込んだ。
「ですね」
エミリーも納得した。
「お前ら、俺を馬鹿にしてぇ。俺は本気で悩んでいるんだぞ。美少女に触れてもなんも欲情しないのは呪い以外ない。絶対に呪いを解く方法を探す。みんな協力しろ」
「そうですね、花を女の子に変えてベタベタと節操なく卑猥に触りまくるのは呪い以外考えられませんね。治療が必要です」
エミリーの魔導書がキラリと光った。
「い、いや、他人では治療できないって言ったじゃないか」
とっさに防御の構えを取ると、エミリーはおもむろに魔導書のページを捲った。
「そういえば、この魔導書にも呪いの記述があったことを思い出しました」
殴るわけじゃないと知って安心した。
「なんて書いてあるんだ」
「えーと、呪いを解いた唯一の事例として『幻の花を食し者、呪いを解きたり』って書いてますね」
「なんか胡散臭いな。大丈夫かよその魔導書」
「お父様から頂いた由緒ある本を愚弄する気ですか? 容赦しませんよ」
エミリーは魔導書を大きく振りかざした。
「おいっ、大事な魔導書で人を殴るなよ」
「物理攻撃にも特化しているのです」
自慢げに言いやがって……って確かにニチコが居た時も殴られて痛かった気がするな。ニチコの絶対防御も貫通するのかよ、怖っ。
「いいからぶつのを止めてくれ。それでその幻の花ってなんなんだ?」
花の知識には自信があるからな、安直な花の名前を出したら速攻論破してやる。
「えーと、幻の花の名前は『紅花山玉蘭』ですね」




