㉓呪い
エミリーの魔導書が不気味な光を放っている。
「信じて下さいエミリーさん。俺は本当に一ミリたりともエロい気持ちでプータスに触れていたわけじゃないんです」
「弁解は無用です。その濁りきった瞳、どう見ても植物の育成ではなく別の何かを愛でる目をしています。本当に邪念がなかったというのなら、今すぐここで潔白を証明しなさい」
「証明って、どうやって……」
「……シーラを呼び出しなさい」
エミリーはふんと顔を背け、腕を組んだ。
「お前、単にシーラに会いたいだけだろ」
「なっ……何をバカなことを! 私は兄の不品行を正そうとしているだけです!」
図星を突かれたのか、エミリーの白い頬がわずかに朱に染まる。だが、ここは取引に応じるべきだろう。もう魔導所の角は嫌だ。
「わかったよ。潔白の証明だな」
俺は息をつき、窓辺のシクラメンの状態を確認する。花は元気を取り戻したようで奇麗に咲いている。これなら呼び出しても大丈夫だろう。
淡い紫色の香気をまといながら、妖艶な笑みを浮かべたシーラが部屋に姿を現した。
「ふぁ~おはよう主様。そしてエミリーちゃん、元気だった」
「シーラっ、元気そうで良かった」
エミリーはシーラの手を握って喜んだ。ほんとに好きなんだな、年に似合わない口調と冷淡な態度で友達らしい友達が居なかったもんな、兄は嬉しいよ。
「主様どったの? 正座なんかしちゃって……もしかしてまたエミリーちゃんに怒られてるの? 仲良いね」
「卑猥な兄を糾弾しているところでした。シーラの特性で兄のスケベな本性を露わにして一緒に断罪してしまいましょう」
「やめろっ、俺に邪な考えは一切ない。ただ本当にプータスの手入れをしていただけだ」
シーラは面白がるように細い目を細め、俺の胸元にスッと顔を近づけた。吐息に混じる甘い芳香が鼻を突く。
「主様……私以外の女の子にエッチなことしたの?」
「していないっ」
「ホントに? 肌に触れながら興奮していたんじゃないの?」
「興奮はしていた。だがそれはプータスの状態が良くなることに対してだ。いやらしい気持ちは一切ない」
「ふ~ん。じゃあ、プータスちゃんの小さなお胸や、お尻を触っても、それはあくまで植物を愛でる気持ちだったってこと?」
「そうだ」
シーラの尋問で、だんだんと自分が情けなくなってきた。
女の子に触れているのに、考えていることが植物の状態……つまり園芸知識のことだけって……無能にもほどがある。
いや、ある意味変態だ。変態園芸師だ。
ちくしょう、親父のやつ、俺にいったいどんな恨みがあるっていうんだよ。
「エミリーちゃん。どうやら嘘はついていないみたいよ」
「ホントに?」
「私の魔法? 腹痛や自白作用とか? だんだん自分でコントロールできるようになってきたの。今は全力で自白の方に集中しているから間違いないわね」
「ほら見たことか! 俺には微塵もエロい気などなかった!」
俺が胸を張ると、エミリーは少し気まずそうに目を泳がせた。
「……それもどうかと思いますけど」
「え?」
エミリーは慌てて両手で口を押さえた。
「マスタァ~、もっと気持ちいいことしてくれないか? 特にこの腋の下あたりが心地良いのだ。頭を使い過ぎたせいかのう。確か右脳に繋がっている神経があったはず。さぁもっと触れてくれるがよい」
プータスが目をとろりとさせながら呟いた。
「ズルいですよ。新人だからって主様の独占は許されません。私にも触れてください。さぁ」
シーラがうなじを強調しながら近づいてくる。
「シーラっ、ダメですよ、そんな変態兄に近づいたら。私がマッサージでもなんでもしてあげます」
シーラの腕を引っ張りながらエミリーが叫んだ。
「エミリーちゃんの手じゃ満足できないの、ごめんね」
「そんなっ」
エミリーが肩を落とした。
やった、勝ったぞ、妹に初めて優位を取った気がする。
──待て。でもあんまり嬉しくない。
美少女たちが俺を取り合っているのに、俺の頭の中は園芸のことだけだ。こんなのってあるかよ。
頭を抱えた瞬間、ふと違和感を感じた。
プータスの魔力を受けてから、俺の頭の回転はかつてないほどに加速している。世界が数式のように透明に見えるほどの超思考だ。
それを働かせると、ある疑問が湧き出てきた。
これほど可愛いロリ美少女を膝の上で身悶えさせ、さらに妖艶な美女に密着されているというのに、どうして俺の性欲は完全に死に絶えているのか。
男としての機能が故障しているわけではない。園芸の知識や、植物の生態、魔導回路の構造ばかりが脳内を占拠し、生存本能に直結するはずの「煩悩」が、綺麗さっぱり削ぎ落とされている。
「……まてよ」
俺は自分の両手を見つめ、冷や汗を流した。
この異常なまでの理性の過剰供給。思考の強制的なロジック化。
それは自発的なものではない。
「もしかして……俺は、知らず知らずのうちに強力な『呪い』にでもかかっているのでは……?」
「呪い?」
思わず口に出してしまった言葉にエミリーが反応した。
「園芸の呪い……とでも言うのか」
「そんな呪い。聞いたことありません……けど、無いとも言い切れませんね」
エミリーは、この世界の呪いについて話し始めた。




