⑳天才ロリ美少女
「ところで、『プータス』とはこの個体を指す識別呼称ですか。プラタナスの文字列から『プ』『タ』『ス』を抽出した規則性は理解できますが、長音符が混入した論理的根拠が不明です。命名者の脳髄における言語処理能力の欠陥と推測しますが……さあ、一・五秒以内にこの無意味な長音符の意図を論理的に説明してください」
ダボダボのコートの袖から指先だけを出し、プータスは据わった漆黒の瞳を真っ直ぐに俺に向けてきた。たった今召喚されたばかりだというのに、圧倒的な早口と理詰めの詰め寄り方がすでに大物感を漂わせている。
「いや、響きがかわいいかなと思ってさ」
俺がへへっと笑いながら答えると、プータスはピタリと動きを止めた。
「――ほう?」
彼女の黒い瞳が、わずかに揺らぐ。
「カワイイ……? その概念は私のデータベースにおけるどの魔力法則とも一致しない。評価値の算出不能。……待て、マスター。貴方は今、機能的な優位性でも構造的な美しさでもなく、『カワイイ』という情緒的な記号を命名の基準にしたと申すか?」
「そうだな。直感ってやつだ」
「エラー、エラーです! 感情的直感による命名など、非効率の極みであり、言語の社会的効用を著しく損なう暴挙です! そもそも、あたしのどこがその『カワイイ』に該当するのか、数値的根拠を提示しなさい!」
プータスはツカツカと机の上を歩き(いや、歩くというより小さな足でリズミカルに踏み鳴らし)、俺の鼻先まで詰め寄ってきた。身長五十センチほどの小さな体で必死に威圧しようとしている姿は、客観的に見てもどう見ても『かわいい』の塊なのだが、本人は真面目に怒っているらしい。
「だって、袖がブカブカで手が出てないところとか、丸い実みたいな髪飾りとか、こう、守りたくなる感じがさ」
「守る? 我に防衛本能の欠如は見当たりません! むしろ貴方たちの非効率な魔力回路を全否定する知性の暴力機関ですが……! うっ……」
プータスは何か言い返そうとして、プッと小さく息を詰まらせた。
彼女の青白い頬に、ほんのりと微かな赤みが差す。極度の理屈屋ゆえに、「自分を外見的可愛さで評価された経験」がゼロだったのだろうか。まぁプラタナスの花が可愛いとか思ったことないもんな、ゴツゴツしてて、どっちかというと厳ついっていうか。
だからだろうか、論理で武装した思考回路が「かわいい」という直球の褒め言葉をどう処理していいか分からず、見事にショートを起こしているらしかった。
「……むぅ」
プータスは顔を真っ赤に染めながら、ダボダボの袖で慌てて口元を隠した。
「……言語による認知の不意打ちとは、卑怯な。論理の隙を突かれたことについては、一時的なシステムエラーとして処理を保留します。ですが、その……不快ではありません。一応、特例として『プータス』という呼称の継続を許可しましょう」
「お、寛大な処置だな」
「当然です。我は極めて合理的ですからね」
強がりを言いながらそっぽを向くその仕草こそが最高に可愛いのだが、ここでこれ以上からかうと本格的にフリーズしそうなので、俺は話を本題へと切り替えた。
「さて、プータス。お前を呼んだのは、他でもない。我が家の最大にして最悪の危機を解決してもらうためだ」
「危機?」
プータスは気を取り直すように咳払いをし、冷徹な目を戻した。
「我が命名の主に危機をもたらす要因とは何ですか? 排除すべき敵対個体がいるのならば、その構造的弱点を分析して差し上げます」
「実はな、俺の兄で『ナナキ』という男がいるんだ」
横からエミリーが割って入り、冷や汗を拭いながら説明を始めた。
「ナナキ兄様は王宮の査問委員会を牛耳る第一王子です。あらゆる物質の構造を暴く『鑑定魔法』の天才で……極度の潔癖症であり、未知のバグや論理的破綻を発見すると、寝食を忘れて執着し尽くすという、非常に厄介な解明オタクなのです」
「鑑定魔法、ですか」
プータスの黒い瞳が、興味深いものを見つけた子供のようにわずかに輝いた。
「世界の構成要素を数値化・可視化する体系的魔術……。極めて古典的ですが、情報の不確定性を嫌う偏執的な人間にとっては格好のツールですね。で、そのナナキとやらは、我がマスターにどのような実害を?」
「明日、君と同様に家族の一員でもあるセンニチコウのニチコを引っ立て、在りもしない罪で断罪しようとしているんだ。下手したら俺も処刑されるかもしれない」
俺がそう告げると、プータスは小さく鼻を鳴らした。
「ふん。たかが一国の王子の鑑定魔法ごときで、我々の高度な魔導構造が解読できるとでも? 井の中の蛙が大海の深淵を覗こうとするようなものです。滑稽ですね」
「おお、頼もしいな。で、お前はそのナナキをどうにかしてくれないか? 別に物理的にぶっ飛ばさなくていい。あいつの知的好奇心を限界まで満たし、あるいはバグらせて、明日の査問委員会をすっぽかさせてほしいんだ」
プータスは腕を組み(袖が長すぎてただの塊になっているが)、しばらく天井を見上げて高速の演算を始めた。小さな頭の中で、膨大な変数と確率が瞬時に計算されていくのが分かる。
「……なるほど。構造の矛盾点、未解明の魔導数式、そして我が存在そのものが孕む『鑑定不能の論理的バグ』。それらを段階的に提示すれば、その『ナナキ』とやらの脳内処理系は完全にハングアップしますね。非常に興味深い。知性の限界に挑む実験台としては、またとない好個体です」
彼女の漆黒の瞳に、研究者特有の狂気的な光が宿った。
「よろしい。その傲慢な鑑定士の精神を論理の彼方へ叩き落として差し上げましょう」
「助かるよ、プータス」
「ふっ、感謝には及びません。マスターの言うことなら、この世界の真理を書き換える論理的帰結として──断る理由など、どこにもありませんからね」
ちょっと早口が過ぎるが、心強いロリ美少女が仲間になったな。
「ハナ兄さん。この子をナナキ兄様のところに連れて行っても、ただ話がややこしくなるだけな気がするのですが……」
「何を言っているんだエミリー。こんなに頭の切れる子は見たことない。絶対にナナキを論破できるさ」
不安がるエミリーを宥め。プータスと三人でナナキのいる場所へ向かった。




