⑲プラタナスの幼女
「そのプラタナスという花がナナキ兄様を論破できるというのですか? 根拠は?」
エミリーが疑心暗鬼になるのも無理はない、自分の魔法なのに俺自身も良く分かっていないんだからな。
だが、一つだけ確実なものがある。
「プラタナスの花言葉には『好奇心』『天才』というものがある。つまりはプラタナスの美少女は天才で、ナナキの好奇心を満たしてくれる存在だ」
「……ハナ兄さん……やっぱりその作戦止めましょう」
「なんでだよ」
「不確定要素が多すぎますし、“美少女”って発言した時のハナ兄さんの顔が卑猥過ぎました」
「うっ」
しまった。顔に出てしまったか。
「美少女は冗談だとしてだな。花言葉は本当なんだよ、ニチコも花言葉が基になっているような能力だったし、試す価値はあるだろ?」
「変なのが出てきたらどうするんですか? それこそ制御の効かない魔物とか」
「そ、そんときはそんときだよ。ニチコを呼べば俺も無敵っぽいしな」
確証がない分、エミリーの不安が伝わってくる。
だが、俺のハーレムのためには数多くの挑戦が必要なのだ。数多くの美少女がな。
「しかしですね……」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないんだぞ。俺が無実の罪で処刑なんかされたら、お前はもう二度とシーラに会えなくなる」
「それはダメです。絶対にダメ」
「じゃあ、手伝ってくれるな」
「分かりました」
なるほど、エミリーの使い方が分かったぞ。
「そのプラタナスの花はどこにあるのですか?」
「問題はそこなんだよな。プラタナスは並木樹種、街路樹とも呼ばれる木なんだ」
元の世界の知識だがな。
「樹木ですか、ガンツさんは持っているのでしょうか」
「持ち歩けるものじゃないし、育てるにも時間がかかり過ぎるし、それに花の開花時期も4月から5月と短い」
「魔法は花が咲いていないと発動しないのですよね?」
「そうだ。蕾状態のシクラメンに試したから確定だろう」
頼りはやはりガンツ師匠だ。もしかしたら城のどこかに植えられているかもしれない。
❀
「あるぞ。これじゃよ」
ガンツ師匠の言葉に耳を疑ったが、持ってきた花は間違いなくプラタナスだった。でも、樹木と呼ぶにはあまりにも小さく可愛らしい植木鉢に入っている。
「俺の知っているプラタナスじゃない」
「おお、流石じゃな、お主が言いたいのは樹木ではないということじゃろ」
「はい。大きめの鉢植えでコンパクトに育てることができるのは知っているんですけど、こんなに小さいプラタナスは初めて見ます」
最大で20メートル以上、最小でも5メートルくらいは育てないとプラタナスは花をつけないはずなのに、師匠が持っているのは50センチくらいの小さい植物だ。だけど、花は確実にプラタナス。俺が見間違えるはずがない。
「魔導植物じゃよ」
魔導植物? そういえばエミリーがそんなようなことを言っていたな、確か地下の魔法研究所で育てていると。
「それって一体どんな植物なんですか?」
「植物に魔力を与え様々な効果を付与するものじゃ」
「効果? 交配のこと?」
植物の交配は、異なる品種の花を人工的に受粉させて、両方の特徴を合わせた新しい品種や個体を作り出す技術だ。花の色を変えることもできる。
「まぁ端的に言うとそうなるかのぉ。じゃが、普通の交配とは違って自由度が高い。魔力の具合で樹木の花を草花の大きさにもできるし逆も然りじゃ。観葉植物の極みじゃな」
なるほど、魔力を注ぐことでより美しい花や好きな大きさの花を咲かせることができるのか……。
「でも……ガンツ師匠、それって園芸師からしたら邪道なんじゃ」
「そうかのぉ、一昔前まで造花やドライフラワーが邪道と呼ばれていたこともあったくらいじゃからな。多様性の問題じゃろ」
多様性か。親父も常々言っていたな。
『どんなに美しいものも受け取る相手次第だ。だから俺たち園芸師は時代の波に乗らなきゃならねぇ。花も人も満足させるために全力を尽くす。そのためには邪道にも手を染めなきゃなんねぇ』
そんときに、なんかカッコいいかもと思って弟子入りしたのが間違いだったんだ。園芸の道が地獄のデスロードだとは思わなかった……いや、全部親父のスパルタ教育が悪いんだが。
「じゃあ、この世界では、お客の要望に応えるのは簡単なんだな」
「そうでもないぞ。魔導植物は下手こいたらマンイーターやらトレントやらの魔物を生み出してしまう可能性もある」
植物系の魔物か、ゲームや漫画で出てきたな。
「だからこそ、ちゃんとした管理下でのみ栽培しておるのじゃがな」
それで、地下の魔法研究所が活用されているのか。ちょっと興味わいてきたな。でも、今は先に解決すべき問題がある。
「師匠。このプラタナス。借りていきます」
「別に構わんがお主、これで三度目じゃぞ。借りパクせんじゃろうな」
「大丈夫。ちゃんと愛を込めて育ててるから」
本当に可愛い美少女たちだからな。
「ならばよしっ。持っていけ」
「ありがとうございます」
俺は急いでエミリーの待つ自室へと向かった。
そして──
「出てこいプータス」
俺は愛と魔力を込めた名前でプラタナスを呼んだ。
直後、プラタナスの花が芽吹くように光を放つと、徐々に人の形へと変わっていく。
出てきたのは十歳にも満たないような幼い少女だった。
プラタナスの樹皮を思わせるような、白と灰色のまだら模様をしたダボダボのコートを羽織っている。袖が長すぎて、手は完全に隠れていた。くすんだ緑色の髪は、プラタナスの特徴的な丸い実そっくりの、トゲトゲとした球状の髪飾りで無造作に二つ結びにされている。
外見だけなら、保護欲をそそる可愛らしい幼女だ。
だが、俺もエミリーも、息を呑んで硬直していた。
特徴的なのは、その目だ。
光を一切反射しない、深い深海のような漆黒の瞳。
焦点が合っているのかすら分からない、ひどく冷めた眼差しだ。
まるでこの世界の真理を底の底まで見透かしてるような……って俺の先入観だろうか。花言葉通りの天才の眼差しにも思えるし、全てが退屈だと言っているようにも見える。
プータスはダボダボの袖を口元に当て、微かに首を傾げた。
そして、その据わった目のまま、瞬き一つせずに口を開く。
「魔力変換効率、三・二パーセント。極めて非効率的かつ原始的な魔力譲渡だ。さらにこの部屋の空間占有率、家具の配置における動線の無駄、および室温と湿度の不均衡。どれをとっても知性の欠片も感じられない。そこの雌に至っては、魔力回路の構築に無駄なバイパスが多すぎる。お前たち、息をして二酸化炭素を排出するだけの無意味な有機物としての自覚はあるか?」
機関銃のような早口だった。
一切の感情の起伏を持たず、ただ純粋な事実と疑問だけを冷徹に羅列していく。
「……なんだか、ものすごく腹の立つ方が出てきましたよ、ハナ兄さん」
エミリーがこめかみに青筋を浮かべ、杖の柄をきつく握りしめている。
だが、プータスの口撃は止まらない。
「感情による魔力の揺らぎを観測。不合理だ。なぜ怒る? 私は事実を提示し、論理的な解を求めたに過ぎない。お前のその非効率な魔力回路は後天的なトラウマに起因するものか? それとも単なる遺伝的な突然変異か? さあ、解を提示しろ。私を満たすだけの、論理的かつ完璧な説明を今すぐこの場で行え。できないのなら、やはりお前たちはただの有機物のゴミだ」
「……燃やしていいですか、兄さん。跡形もなく」
「待てエミリー、落ち着け!」
俺は必死でエミリーを羽交い締めにしながら、机の上の天才ロリ美少女を見つめた。
据わった目。減らない口。やっぱりこの子ならナナキと対等に戦えるかもしれない。




