⑱花の問題は花で
扉の鍵を開けると、数名の大人たちが立っていた。
「……奇妙だな」
純白の手袋をはめた指先で扉のノブを拭いながら、第七王子ナナキが部屋へと足を踏み入れる。
銀縁の片眼鏡の奥にある冷徹な緑の瞳で、俺の部屋をねっとりと見回した。その視線は俺とエミリー、そして窓辺に並んだ二つの植木鉢の上を滑るように通り過ぎる。
「つい先ほどまで、ここで不衛生で下品な女の叫び声がしていたはずだが。……どこへ隠した、ハナ」
「なんのことだかさっぱり分からないな。俺とエミリーで、お茶会をしていただけだ」
俺がとぼけると、ナナキはチッと短く舌打ちをして、真っ白なハンカチを取り出して鼻をつまんだ。生粋の潔癖症だと聞いている。きっと俺の部屋の空気すら吸うのが不快なのだろう。
「誤魔化しても無駄だ。ハナ、お前『ニチコ』という名の女を知っているな?」
ナナキは鼻声のまま俺をに睨んだ。
「……さあ、誰のことやら」
やっぱり嫌な予感は当たったか、ニチコの奴、目立ち過ぎだ。
「明日の査問委員会で、あの女を審議にかける。必ず連れてこい。もし逃亡や隠蔽を図れば、お前も同罪とみなす」
有無を言わさぬ脅迫。やはり、とぼけ通すのは無理か。
だが、その言葉に俺の背後に立っていたエミリーが一歩前に出た。
「お待ちください、ナナキ兄様」
エミリーは王族としての完璧な淑女の礼をとり、静かに食い入る。
「審議にかけるということは、そのニチコという方が、なにか重大な罪を犯したのでしょうか?」
「ああ。不法入国及び、未申請の高濃度魔法の使用。それから……」
ナナキは心底汚らわしいものを見るように目を細めた。
「神聖な騎士団の演習場における、公然わいせつ罪だ」
公然わいせつ罪。
確かに、半裸のドM女が百人の騎士の前で「もっと私を蔑んでくれ」と身をよじっていたのだ。完全にアウトである。俺は冷や汗が流れるのを感じたが、エミリーは表情一つ崩さずにナナキを見据えていた。
「不法入国とおっしゃいますが、あの身なりです。遠方の異国から、ただ観光のために単身で入国し、迷い込んだという可能性はありませんか?」
流石エミリーだ。正論には正論であたるしかない。
だが、頭脳明晰、査問委員会のトップでもあるナナキに通用するのか?
「その可能性も含めての、厳正な審査だ。……なにか不服があるというのか、エミリー」
ナナキのモノクルが、ギラリと威圧的な光を放つ。
「いいえ、お兄様。王宮の秩序を守るため……私も、査問委員会に全面的に協力いたします」
「結構だ」
ナナキは蔑むような視線を最後に一度だけ俺に向け、バタンと大きな音を立てて扉を閉めた。
遠ざかる規則正しい足音。
その音が完全に消えたのを確認すると、エミリーは糸が切れたように椅子へ座り込み、深く、深い大きなため息を吐き出した。
「……最悪の状況です、ハナ兄さん」
「分かっている。けど、もしかしたらチャンスかもしれないぞ。俺が公然わいせつ女のパトロンだっていうのがバレれば、査問委員会で有罪になって、念願の辺境追放されるのが早まるんじゃないか?」
「お花畑なのは頭の中だけにしてください! 査問委員会のトップは、あの執念深いナナキ兄様ですよ!?」
エミリーがバンッと机を叩いて声を荒げた。
「いいですか。不法入国で未知の魔法を使う怪しい女……。もし明日の審議で『国家への反逆』とみなされれば、追放どころか処刑されます。いえ、あの解明オタクのナナキ兄様のことです、ニチコさんを解剖して魔力のルーツを骨の髄まで調べ尽くそうとするはずです!」
「か、解剖!? まさかニチコを切り刻む気か!?」
俺は血の気が引いた。
冗談じゃない。あんなに艶やかな葉と、美しい赤紫の花弁を持つセンニチコウを切り刻むだと!? そんなこと、絶対に許せるはずがない。
「俺の大切な花を剪定していいのは、俺だけだ!」
「なんですかその謎の所有欲は……とにかく、このまま明日を迎えればニチコさんは終わりです」
エミリーは眉間を揉みほぐしながら、鋭い視線を俺に向けた。
「明日の査問委員会までに、ナナキ兄様を論破できるだけの『完璧な口実』と『偽造の身分証明』を用意しなければなりません。兄さん、なにかニチコさんの経歴として使えそうな設定はありますか?」
「確かあの人は鑑定魔法を持っている。小手先の偽物じゃ逆効果じゃないのか?」
「そうですね……こんどこそ万事休す。ですか」
相当焦っているのか、エミリーは爪を噛むしぐさをみせた。きっと俺のことよりもシーラと会えなくなることを危惧しているのかもしれないが、こんな妹の姿は見たくない。
なんとかしなければ……俺は腕を組み、脳内の植物図鑑を高速でめくり始めた。
花の問題は花で解決すべきじゃないのか?
ナナキの弱点はなんだ? あいつは完璧主義で、未知のバグ(謎)を見つけると、それを完全に解明するまで他のすべてが目に入らなくなる異常な執着心の持ち主だ。
ニチコという『謎』を取り上げようとするから抵抗される。
だったら──。
「エミリー。ナナキの奴に、ニチコなんかよりもずっと巨大で複雑な『未知の餌』を与えてやればいいんじゃないか?」
「未知の餌、ですか?」
「ああ。あいつの狂気的な知的好奇心は俺の耳にも入るくらいだ。その好奇心を永遠に満たし続けるような魔法や物を与えれば、そっちに興味がわいて、査問委員会どころじゃなくなるかもしれない」
「……理屈は分かりますが、そんな安直な考え、それにそんな魔法……あっ」
「気づいたか? 俺の魔法は今のところどんな理屈も通用しない」
「そうでしたね。もはや変態魔法と呼ぶに相応しい」
「誉め言葉として受け取っておこう」
俺は再び脳内の園芸の知識の泉に足を突っ込む。
シーラは豚の饅頭を模した毒を放出し、花の芳香には自白効果もあり、効果は抜群だった。
ニチコは「不朽」や「不死」などの花言葉が魔力として放出され、どんな攻撃も通じない絶対防御を持っていた。
ならば、好奇心、探求心といった花言葉を持つ花を呼び出せば、ナナキを打開するヒントを得られるかもしれない。
「プラタナス……だ」
俺は脳内の二十万種を超える花から選び出した名前を叫んだ。
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プラタナス
世界四大並木樹種のひとつ
種類:スズカケノキ科スズカケノキ属
花言葉:『天才』『好奇心』




