⑰嫌な予感
「今回の騎士団の件、杞憂に終わって良かったですね」
シーラが復活してから上機嫌のエミリーが、お茶菓子を口に含みながら言った。
「そうだな、俺の魔法がバレて、即戦力として戦場に駆り出されるところだったかもしれん。そうなればハーレム計画も台無しだ」
ハーレムの言葉に、エミリーの眉間に皺が寄る。
妹の前でハーレムのことなんて言い出さなきゃいいのに、これも全部シーラの自白作用のせいだ。
「シーラ。そろそろ花に戻ったほうがいいんじゃないか? ほら、ずっと人の姿でいると魔力の消耗が激しいだろう」
「さすが主様。そうなんですよね、どうやらこの姿を保つには、もとの花の養分や魔力をけっこう消費するみたいなんです。実はもう限界が……」
「そんなっ、シーラ」
エミリーがまた慌てだした。
「大丈夫だよエミリーちゃん。花に戻っても私は私。それに花の状態でもみんなの声は聞こえているの。ちょっと昼寝感覚で戻るだけだから。ねっ」
頷くことしかできないエミリーに、シーラはウィンクをして消えていった。
あとに残されたのは、艶やかな葉を広げる美しいシクラメンだけだ。
この場からシーラを引き離すためになんとなく言ったことが図星だったらしい。
だからすぐに花が萎れてエミリーが慌てたんだ。
この世界では、花を咲かすにも魔力が必要なんだな。ひとつ勉強になった。
「ハナ兄さん。シーラが可愛らしく咲いていられるようになんとかして下さい」
シーラが花に戻ったせいで、エミリーの機嫌が悪くなった。
お前もシーラのせいで情緒不安定になってしまうというのに、それを天秤にかけてもシーラに居てほしいんだな。いじらしいところもあるじゃないか。
「しょうがないな。だがこの部屋じゃダメだ。もっと花に良い環境じゃなきゃ、またすぐに萎れてしまう」
温度、湿度、風通しに日当たり……植物の管理は大変なんだ。こんな小さな部屋に小さな植木鉢じゃ一日も待たず萎れてしまうだろう。どうしようか……ガンツ師匠の小屋も良い環境とは言えないし、かといって城の庭は広すぎるし、たまに悪ガキたちが踏み荒らす。
「地下の魔法研究所を間借りするのはどうでしょうか。魔導植物の育成も行っていますし。お母さまに相談してみましょうか?」
「魔導植物?」
聞き覚えのない言葉だ。
「知らないのですか? そうか、魔力を持ちえなかったハナ兄さんには無関係な研究ですものね」
「もったいぶらずに教えてくれ。今は魔力も魔法もあるんだから」
エミリーは、俺の顔をまじまじと見つめ、そういえば聞きたいことがあったのだと続けた。
「ハナ兄さん……あなたは本当にハナ兄さんなのですか?」
「な、なんで急にそんなことを聞くんだよ」
ギクッとしたが平静を装う。転生前の記憶が蘇ったのはつい最近だ。それも伝えるべきなのだろうか……シーラがこの場に居たら、そんな考えも回らず即答だったろうな。
「だって、あの毎日鼻水を垂らして、ぼーっとアリンコと戯れていただけの人と、今のあなたが同一人物とはとても思えなくて」
確かに、記憶を取り戻す前の俺は、周囲から無能と蔑まれ、自暴自棄になることもできずに土をいじるだけの空っぽな存在だった。
なにがきっかけで記憶が蘇ったのかは分からない。あるいはこの無能な王子の体に転移してきたとか? どっちにしても俺は俺だ。これから起死回生の人生をスタートさせるんだ。
「まぁ、人生には色々あるってことだよ。お前も人生変えちゃう夏がくるかもしれないしな」
「はぁ? 途中で魔力を得ると人格も変わってしまうのですね。勉強になりました」
納得してくれたようだ。
「あと、園芸の知識も豊富になったみたいですが、それはどこで習ったのですか?」
「独学だよ、血反吐を吐くような」
前の世界では寝ている間も植物図鑑音声学習を一晩中かけられたりしていたからな。まさに地獄だった。
「なるほど、いつ勉強していたのか知りませんが。その努力が報われたのかもしれませんね。私も見習って魔法の勉強を続けたいと思います」
兄の背を追う妹か、悪くない。
「主様っ、私も勉強がしたいと思うのだが」
ニチコが兄妹の会話に割り込んできた。
「どうしたニチコ。もう気持ちは落ち着いたのか?」
「主様の言葉で、私は真理を悟ったのだ。社会の常識、民衆からの冷たい視線……それら全てが、私をより強く美しく咲かせるための極上の肥料なのだとっ! だから主様! もっとだ。もっと、あのヤーンとかいう奴の侮蔑よりも強烈な言葉を勉強して理解し、咀嚼し、味わいたいのだ」
……ニチコ、お前もしかして騎士団長の言葉攻めの内容が理解できずに落ち込んでいたのか? 理解が及べば快楽に変えられると? ド変態だな。嫌いじゃないが。
「わかった。言葉の勉強は大事だからな」
「本当か? ありがたいが、もっと焦らしてもいいのだぞ。平手打ちごとに、ひと単語とか」
呆れて黙っていると、ドアを叩く音が響いた。
「ハナ。居るのは分かっている。鍵を開けろ」
この声、どこかで聞き覚えが……。
「……ナナキ兄さま?」
エミリーの声で思い出した。俺の一個上の兄だ。
俺とは会話はおろか、目も合わせようとしなかった奴がなんで急に……。
「嫌な予感がする。ニチコっ。花に戻れ」
俺の言葉に、ニチコは大人しく従った。




