⑭センニチコウの軌跡
まずいぞ。別の意味で目立ちすぎている。
完全に発情して身悶えするニチコと、それに目を血走らせて群がる騎士たち。
これでは『無能な雑魚』の証明どころか、ただの『やばい変態集団』の主犯格扱いではないか。こんな有様では俺のひっそり辺境ハーレム生活に多大な支障をきたすし、何よりエミリーにめちゃくちゃ怒られる。
これ以上の暴走は危険だと判断し、俺が止めに入ろうとした矢先だった。
「ハナ兄さんっ!!」
演習場の入り口から、地獄の底から響くようなエミリーの怒声が轟いた。
いくらなんでもツッコミに来るのが早すぎるだろ。
「こらーっ! 貴様ら、神聖な演習場で発情した猿のように何をしている! さっさと訓練に戻らんかーっ!!」
エミリーの声をかき消すように、さらに鼓膜を劈く野太い檄が飛んだ。
怒号と共に現れたのは、見上げるような巨躯を持つ一人の大男だった。空気がビリビリと震え、群がっていた騎士たちが一瞬にして青ざめ、慌てて整列する。
「誰だ、あの厳ついおっさんは?」
「我らが騎士団団長の、ヤーン様だ」
隣に避難してきたユルキが、小声で教えてくれた。
「練習中にこんなふざけた真似をしていれば、そりゃ怒られるわな」
「団長は特に、女にうつつを抜かす奴に厳しいからな」
「そうなのか? 凛々しい角刈りで髭も整っていて、いかにも女にモテそうな渋い顔をしているのにな」
俺が率直な感想をこぼすと、ユルキは周囲を窺いながら、ひどく気まずそうに口ごもった。
「団長は、その、なんというか……男色、だからな」
「は? 男色って、男が好きってことか!?」
「バカ、大きな声を出すな! ……その通りだが、騎士団、いやこの国で一番の剣技の持ち主だぞ。我らが心から尊敬すべきお方だ」
ユルキが慌てて俺の口を塞ぐ。
なるほど、そういうことか。だからニチコのあの過激なフェロモンを浴びても、微塵も顔色を変えずに立っていられるわけだ。
「そこの半裸の女っ! 騎士団の風紀を乱すやつは、ユルキの推薦であっても許されんぞ」
ヤーン団長が、地面で恍惚の表情を浮かべているニチコを指差し、ズカズカと歩み寄っていく。
「主君の御前で衣服を乱し、卑猥な声を上げるなど言語道断! それは戦士としての矜持の欠如であり、貴様の存在は主君の品位を底辺まで引き下げる『ただの迷惑』でしかない!」
「……っ!」
ヤーンの言葉には、サディスティックな熱など一切なかった。ただ淡々と、事実と正論を並べ立てるだけの大人の冷たい説教が続き、求めていた『情熱的な暴力』を完全に透かされ、理詰めで突かれたニチコは、みるみるうちに肩を落とし始めた。
見かねた俺は助け舟を出そうとしたが、エミリーに袖を強くつかまれて考え直す。
「ハナ兄さんっ、シーラが消えてしまいました! すぐに部屋へ戻って再召喚して下さい!」
エミリーは顔を青ざめさせ、泣きそうな様子で俺の袖を引っ張った。
「シーラが? ああ、水やりを忘れてたから、魔力切れで球根に引っ込んで休眠したのか」
「きゅ、球根……?」
「シクラメンは丈夫な球根植物だからな。地上の花や葉が消えても、土の中の根っこさえ無事なら全く問題ない。帰ったらたっぷり水を吸わせてやるから、すぐにまた出てくるさ。安心しろ」
俺が園芸知識で太鼓判を押すと、エミリーはポカンとした後、心底ホッと胸を撫で下ろした。
「……そう、なんですね。よかった……」
安堵の大きなため息。しかしその直後、エミリーの瞳にいつもの冷静沈着な、いや、冷酷な光が戻った。
「ではハナ兄さん。ニチコさんのことは、このまま放置しましょう」
「えっ、助けないのか?」
「ええ。今ここでハナ兄さんが出ていくと、無策なハナ兄さんのことですから色々と余計なことまで言って、状況が悪化する可能性があります。このままヤーン団長の説教に耐えさせれば、ニチコさんの騎士団入団は間違いなく破談になります」
「なるほど、その手があったか」
さすがは我が妹、恐ろしく合理的な判断だ。
俺は助けを求めるニチコへ向かって、こっそり『ステイ』のジェスチャーを出し、安全圏から見守ることにした。
──それから三十分ほどして、ヤーン団長は気が済んだのか、ようやくニチコを解放してくれた。
どうやらエミリーの予想通り、騎士団入団の件は完全に破談になったらしい。とりあえずは作戦成功ということか。
疲れ切った顔のニチコがしぶしぶと帰ってきた。
「よくやったぞニチコ。帰ったら極上のお手入れしてやるからな」俺はニチコの手を取り励ました。
「すまない主様……」初めて会った時の破天荒な元気は、もう微塵も見られなかった。
人の姿になって、いきなり本気の説教をくらったら誰だってそうなるだろうな。かわいそうに。
「私は、ダメな花なんだな……」
ポツリとこぼれ落ちた声は、か弱く震えていた。
「ニチコ?」
「私はセンニチコウ。灼熱の太陽にも、ひび割れた渇水の大地にも耐えうる強い花だ。育てててくれた人々は、私がもっと強く美しく咲くために過酷な環境を与え続けた。私は耐え、適応し、さらに強く咲き誇った。だが……いつしか私は、その過酷さに、肌を刺すような痛みに、悦びを覚えるようになってしまったのだ」
ニチコの双眸から、大粒の涙が土埃の舞う地面へとこぼれ落ちた。
「刺激がなければ生きられない。痛みを欲してしまう。花としての純真さを失った、欠陥品だ」
彼女は自分の身をすくめ、すすり泣き始めた。
「おかしくなんてない」
俺はニチコの肩を力強く掴み、その涙に濡れた目を見つめ返した。
「過酷な環境に耐え、己を変異させてまで咲き誇ろうとする。それは生命としての圧倒的な強さだ。欠陥なんかじゃない。立派な個性だ」
「主、様……」
「それに、人間のほうが、もっとずっとヤバい。布切れ一枚に興奮する奴もいれば、冷たい目で蔑まれることに命を懸ける奴だっている。男が男を好いたり、女同士で結婚するんだ。お前の欲求なんて、人間の業の深さに比べれば可愛いものだ」
俺の言葉にエミリーの体が一瞬ビクリとした気がしたが、俺は続けた。
「人の姿になるってのは、そういう厳しい声も受けていかないといけない。でも、それはもっと強く美しくなるチャンスなんじゃないか? ニチコの人としての人生は始まったばかりだ。これからもっと厳しい試練が待ち受けているかもしれないけれど、俺が付いてる。花に水をやるように、土をこねるように、君に寄り添い続けるよ」
大事なハーレム要員だと思うと、都合のいい言葉が溢れてくるぜ。
「厳しい試練……か……」
ニチコの顔に生気が戻った気がした。




