⑬初めての友達(エミリー視点)
ハナ兄さんの部屋。甘い紅茶の香りが漂う中で、私はふうっと息を吐いた。
向かいのソファでは、シーラが小さく丸まっている。私が用意した焼き菓子にも手を付けず、うつむいて元気がない。
「……もしかして私、居るだけでエミリーちゃんに迷惑をかけている?」
ぽつりと、シーラが消え入りそうな声で呟いた。
「私のせいで、エミリーちゃんが変なことを言っちゃうなら……私、いない方がいいのかな」
私はティーカップを置き、静かに首を振った。
「勘違いしないで。先ほどの回廊での態度は、ハナ兄さんの手前、照れ隠しでキツく当たってしまっただけ」
言い訳めいた言葉が、するりと口からこぼれる。シーラから漂う甘い香りのせいか、それとも私自身の本心か。
「それに……私、同性の友達ができたのは、あなたが初めてなの」
私は膝の上で両手を組み、指先が白くなるほどギュッと握りしめた。
「私って意地っ張りだし、理屈っぽくて意地悪な性格でしょう? でも、あなたと一緒にいると不思議と安心するの。思っていることを口に出してしまうのは困るけれど……本音で話せるのは、少し、嬉しいのかもしれない」
自らの頬が熱く染まるのを感じながら、私は不器用に目を逸らした。
その言葉を聞いたシーラは、パァッと顔を輝かせた。
「エミリーちゃん……っ! 私も、エミリーちゃんと友達になれて嬉しい! もっと色んなお話をして、この世界のことをたくさん知りたいの。そうだ、お出かけもしたい。いろんなところを歩いて、いろんな刺激を主様がくれたこの肌で感じたい」
「いいわね。そうしましょう。わたしも落ち着いて世界を見てみたい……」
そう、お父様やお兄様たちの顔色を伺わず。もっと自由に世界を見てみたい。
「やったー。すごく嬉しい。エミリーちゃん、ずっと一緒だよ」
「そうね、そうできたらいいわね」
「……あっ、でも……わたし……」
不意に、シーラの声から急速に熱が失われた。
彼女の体が、チカチカとノイズのように明滅し始める。
「え……? シーラ、あなた、体が透けて……っ!」
「なんだか、急に喉が渇いて、力が抜けてきちゃった……。そういえば主様、今朝はお庭のお花に水やりをしてなかったような……」
「あのバカ兄っ!」
私は弾かれたように立ち上がった。ハナ兄さんの魔力で顕現しているとはいえ、彼女たちの本体は庭に植えられた花だ。水切れは死活問題なのだろう。
「待ってて、すぐに水を……」
「ごめんね、エミリーちゃん。私、少し眠るね……」
微笑みを浮かべたシーラは、光の粒子となってフッと空中に溶けてしまった。
ソファには、彼女が座っていた窪みと、かすかな花の残り香だけが残されていた。
「シーラっ!?」
初めてできた大切な友達が、干からびて消滅の危機にある。
私は王女としての矜持も作法も投げ捨て、部屋の扉を蹴り開けた。王宮の回廊を全力で駆け抜ける。
「ハナ兄さん! 遊んでいる場合じゃないです。もう一度シーラを呼び出してっ」
ハナ兄さんが魔法を使えば、またシーラに会える。その確信はあった。
けれど私は息を切らし、騎士団の演習場へと向かう。
重い扉を押し開けた私の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
「な、なんですか、これは……っ」
数十人の屈強な騎士たちが、武器を放り出し、だらしなく口を開けている。彼らの両目には、くっきりと『ハートマーク』が浮かび上がっていた。
その視線の中心には、地面に這いつくばり、服をはだけさせて恍惚の表情で身悶えするニチコさん。そして、なぜか腕組みをして満足げに頷いている愚兄の姿。
友達の命の危機だというのに、この兄は何をやっているのか。
私の胸の奥で、強い殺意が渦巻いた。




