⑩私は主様の奴隷です(高揚)
それから三十分が経過した。
王宮の庭は、度重なる熱風と爆炎によって見る影もなく焦げ茶色に変色している。
「はぁっ、はぁっ……なんと、恐ろしい耐久力だ……っ」
膝をつき、剣を杖代わりにして息を荒らげているのは、王国屈指の魔法剣士であるはずのユルキだった。魔法の威力もだいぶ落ちてきている。たぶん魔力が尽きかけているのだろう。
一方、その猛攻を三十分間、文字通り「身一つ」で受け止め続けたニチコは、服こそボロボロになっているものの──
「ああっ……終わってしまうのか? もっと、もっと私を熱と渇きで虐めてくれてもいいのだぞ?」
無傷であるばかりか、肌ツヤを増して妖艶な笑みを浮かべていた。
「……完敗だ」
ユルキはよろよろと立ち上がると、ニチコの両手をがっしりと握りしめ、熱っぽい視線を送った。
「ニチコ殿、頼む。どうか王国騎士団に来てはくれないか! いや、私のパートナーとして迎え入れたい! 君となら、世界の果てまで共に戦える気がするのだ!」
見つめ合うニチコとユルキ。まるで愛の告白……って。
「ちょ、ちょっと待て。ニチコは俺の大事なハーレム要員……いや、友達だぞ。勝手に勧誘しないでくれ」
俺が慌てて二人の間に割って入ると、ニチコは両頬を真っ赤に染め、モジモジと内股で身をよじらせ始めた。
「残念だが、その誘いは受け入れられない。お前の責めも悪くはないが主様の責め(お手入れ)には及ばない。私は生まれ出でたそのときから、主様の愛(お手入れ)に絶対服従すると誓った。いわゆる……ど、奴隷、というやつなのだ……っ!」
自分で言いながら、ニチコはブルッと身震いした。
「ああっ、自分の口から『奴隷』だなんて……最高に屈辱的で興奮するなっ……!」
ニチコは俺に熱い視線を飛ばした。
「俺に同意を求めるなっ。それに、俺のは責めじゃなくて園芸技術だし」
「奴隷だとっ!?」
今度はユルキが俺に視線を向ける。その目に激しい怒りが込められているのは、ダンボルたちが震え上がっている様子からも分かった。
「この国において、奴隷制度は絶対悪! 貴様、こんな子供のくせに女性を力で支配し、あまつさえ盾として酷使するなど……万死に値する外道! 私がお前を打ち倒し、ニチコ殿を解放してやる!」
誤解だ。こいつが勝手に興奮しているだけだと言い訳する暇もなく、ユルキの剣に最後の、そして最大火力の炎が宿った。
「灰になれぇっ!」
怒りに任せた凶刃と爆炎が、無防備な俺に向かって放たれる。
あ……終わった。またエロ本を買えずに死ぬのか、俺……。
眼前に迫る圧倒的な熱量に、俺は前世と同じ未練を抱きながらギュッと目を瞑った。
ドゴォォォンッ!!!
凄まじい衝撃と爆音。
だが──
「……あれ? 痛くない」
恐る恐る目を開けると、俺の着ていた服は熱風でボロボロに焦げていたが、肉体には火傷一つ、かすり傷一つ付いていなかった。
「馬鹿な……っ!? 私の全力の一撃を、無防備で受けて無傷だと!?」
ユルキが絶望的な声を上げる。
俺自身も何が起きたか分からず、自分の腕をペタペタと触ってみて、ハッと気づいた。
肌の表面が、極限まで乾燥したドライフラワーのように、カサカサの鋼のような硬度に変化している。
「なるほど……!」
植物の根が養分を共有するように、俺と花たちは魔力のパスで繋がっている。つまり、ニチコが熱と乾燥を吸収して高めたセンニチコウの『絶対防御』の恩恵は、召喚主である俺の肉体にも共有されてるってこと?
ってことは、今の俺は不死身の硬度を手に入れたってことか! でも、これ以上乾燥したら肌が割れそうだな。あとでたっぷり保湿クリームを塗ってやらんと……。
命の危機を脱したというのに、なぜか俺の頭の中は園芸のことでいっぱいだった。
「ああ! 主様も私と同じく、極上の乾燥に染まっていくのですねっ。素晴らしいっ!」
隣でニチコが恍惚とした声を上げる。
「メルキ達の腹を壊したことは謝るよ。不可抗力だったしな。だが、先に手を出してきたのはメルキの方だからな、しかも俺の妹や女友達にだ」
「なんだとっ、メルキっ! まさかお前また私に……」
ユルキが今度は弟の方を睨み付けた。
「い、いや、姉さん。僕は何も嘘は付いていない。そんな奴のことを信じるなよ」
メルキは必死に取り繕っているが動揺が隠せていない。でも、こんな子供と不死身だけどドMな女戦士の言うことより、弟を信じるのもしょうがないかな。
「ハナ兄さんの言っていることは本当です。私たちが被害者ですから」
この声は……。
「エミリー殿」
俺よりも先にユルキが声を上げる。エミリーのことを知っているのか? そういえば見込みのある王族は騎士団から剣や魔法の指南を受けるって聞いたな。魔力を持っていない俺は蚊帳の外だったが。
「エミリー殿が兄と呼ぶと言うことは、噂に聞き及ぶ第八子……つまりは王族っ」
ユルキが唾を呑んだ。知らなかったのか。俺は無能って呼ばれていたから知っててやっているのかと思ってたわ。
「メルキっ、お前というやつは……」
「お、王族だからって無能は無能だろ。こいつら揃って嘘付いているんだ。信じてくれよ」
往生際の悪い奴だ。エミリーの隣にはシーラも居るし、もう一回腹下しの魔法を食らわしてやろうか。
「馬鹿者。我らが王は確かに力を重んじる。だが努力する者を見捨てることなどない。ご子息の力を見ただろう。ニチコ殿同様に並々ならぬ研鑽の結果、あのような絶対防御を手にしたのだ。それにエミリー殿が嘘を付くとは思えん。前科のあるお前を疑わなかった私の責任もある。一緒に頭を下げよ」
ユルキはメルキの頭を無理矢理に押し込み、一緒に膝をつき頭を深々と下げた。
「ユルキさん。誤解が解けたのなら、もう大丈夫です。また剣の指南をお願いしますね」
エミリーは、俺に見せたことの無い顔と声色で、ユルキの肩に手を乗せた。
ユルキは恐縮したように深く首を垂れ、へたり込んでいる弟の首根っこを掴むと、足早に庭から退出していった。取り巻きの二人も逃げるようにそれに続く。
嵐のような騒ぎが去り、庭には静寂が戻った。
これが王族の威厳ってやつなのか……。俺も魔法を使えるようになったし、これからはエミリーみたいにビシッとキメて──
「……で?」
ドゴォォォンッ!!
「痛っ!? え、なんで!?」
先ほどのユルキの爆炎など比較にならないほどの衝撃が、俺の脳天を直撃した。いや、物理的な痛みだ。見れば、エミリーが分厚い魔導書を振り下ろした姿勢で立っていた。絶対防御の硬度を上回る、妹の怒りの一撃である。
エミリーの王族としての微笑みは跡形もなく消え去り、絶対零度の冷たい瞳が俺と、そして隣で肌を火照らせているニチコを睨んだ。
「早朝から爆発音がしたから駆けつけてみれば……。身ぐるみ剥がされ、肌を真っ赤にして自分は『奴隷』だとすがりつく新たな女。そして、それを満足げに見下ろすハナ兄さん。……この人、花の魔法ですよね?」
「え、あっ、ハイ」
「花の魔法は秘密にするって言いませんでした?」
「あ、いや、これは不可抗力で」
「どうせ変態的なことを考えていたのでしょう」
「いや、そうじゃなくて。エッチなことは考えていたのだけど、やっぱり園芸のことが気になってエッチなことはしてなくて」
ダメだ。嘘をつくことができない。シーラが居るせいだろう。
「貴女も貴女です。服をこんなにボロボロにして胸がはだけて卑猥です。早く隠して下さい」
流石エミリー初対面のニチコにも厳しい。
「卑猥……そうか私は存在自体が卑猥なのだな。悪くない、もっと侮辱してくれて構わんぞ」
「っ……ハナ兄さん。この存在自体が変態さんは、一体何の花ですか? いえ、聞く必要はなかったですね。早く元の花に戻って貰いましょう。シーラ以外は不要です」
エミリーも遠慮無いな。それもシーラの自白作用のせいか。いや、元々かな。
「分かったよ。すまないニチコ。話がややこしくなりそうだから一度戻ってくれ」
「うむ、主様が言うのならどんな命令でも従うとしよう。どんな命令にもなっ」
ニチコは意味ありげな笑みを浮かべて親指を立てた。
「ちょっと待って下さい」
エミリーがみなを制止すると、どこからともなくドタドタと走り寄る音が聞こえてきた。
目をやると、ユルキが豊満な胸を弾ませて走ってくる。
「おーい、ニチコー」
どうやらニチコに用があるらしい。
「騎士団長に推薦状を渡したら、直ぐに会いたいって言ってきたぞ。準備してくれ。これで団長も認める仲になったということだな。相部屋の許可も貰ったんだ。一緒に住もう」
こいつらどいつもこいつも、直球どころか剛速球かよ。




