西へ出る
夜が明ける前、サラは西へ下る三本の線を見ていた。
一本は地図にある商道。一本は尾根を越える猟師道。最後が、昨日キリたちを出した古い塩道だった。どれも十八キロのあいだ同じ形では続かない。黒い岩だけを選べば遠回りになり、荷車を優先すれば人が休める場所を失う。
イェルは地図を開かなかった。谷へ小石を投げ、落ちた先の音を聞く。マレクは馬を一頭だけ連れ、空にした荷枠へ水樽と担架を結んでいた。人が一人で通れても、荷車や担架が通れるとは限らない。ヴェスとキリは分岐の印を確かめると、試行隊の準備を始めるため、一足先に棚へ戻った。
「先に商道」とマレクが言った。
「昨日、北を捨てた道です」
「その先には安定した黒岩が続いていた。戦前ならな」
言い終える前に、父は口を閉じた。先頭へ出て、淡い斜面へ脈針を差す。針は触れた瞬間に高く鳴った。表面は乾いているのに、靴の縁から白い泥がにじむ。
道の脇には古い荷車が二台、半ば埋まっていた。車輪の鉄輪だけが地面から浮き、青い火花をまとっている。馬が鼻を上げ、後ろへ下がった。
イェルが何も言わないうちに、マレクは手綱を引いた。
「ここは使わない」
サラは父の横顔を見た。昔の道に固執すると思っていた。昨日、食料箱を失ったとキリから聞いている。父はその話をしなかったが、同じ代金を払うつもりもないらしい。
反対されたときの言葉を、サラはいくつも用意していた。父が自分から引いたため、その言葉だけが胸の内に行き場をなくした。
「鉄を外せば」とサラが試す。
「荷車のそばまで入れない。鉄輪を外す前に、鉄が反潮を集める」
迷いのない返事だった。三人は踵を返した。
猟師道は短かった。細い尾根を越えれば、西の古い貯蔵小屋へ出る。戦時の徴発を免れた乾燥豆と岩塩があると、イェルは言った。水が明日の夜までもたない今、食料を補える道は捨てがたい。
サラは先に尾根へ上がった。風が右の袖へ入り、焼けた皮膚を冷やす。上から見ると、黒い岩は飛び石のように斜面へ点在していた。その間を細い白帯が走っている。歩ける者なら越えられる。担架は傾けられず、荷車は曲がれない。
マレクが空の担架を広げた。
「担架を持つのが四人、交代が二人。この尾根には、担架の左右へ四人が並ぶ幅がない」
「一人用の橇なら通せませんか」
「下りで橇を止める手が足りない。無理に止めれば、後ろの者を白い地面へ立ち止まらせる」
サラは尾根の先まで行き、待てる黒場を探した。最初の一つは大人七人ほど。次は遥か下で、間に身を伏せる岩もない。小反潮が来れば、列の半分が淡い地面に取り残される。
貯蔵小屋の屋根は見えた。少人数なら取りに行ける距離に、食料がある。だが、百四十七人全員が通れる道を選ぶなら、あの食料は諦めるほかなかった。
「戻ります」
サラは最初に下りた。背中でイェルが息を吐く。父は何も言わず、空の担架を畳んだ。
最後の塩道は三本のうち最も長い。途中で白い帯を三度横切るが、その前後に広い玄武岩がある。かつて塩商人が荷を数えた場所で、百人を一度には置けなくても、分ければ待たせられる。
一つ目の黒場には、サラが残した布がまだ結ばれていた。ヴェスの石印も崩れていない。二つ目へ向かう狭い曲がりでは、荷車の片輪が縁へ寄る。マレクは幅を靴で測り、荷台の横板を外した。
「この幅なら、荷車は一台ずつ通せる。満載は無理だ」
「三台とも?」
「ここまでは。先は見てからだ」
イェルが斜面の白筋を見上げる。
「反潮が早まれば、黒場で一度ずつ待つ。猟師道には待つ場所がない」
サラは棚に残る百四十七人を八つの列に置き直して考えた。速い者だけなら商道を抜けられる。食料を取りに行く者だけなら猟師道も使える。だがフィアの熱は道を選べず、ラカの息も、二十六人の寝床も近道にはならない。
「塩道にします」
マレクはすぐうなずかなかった。
父のうなずきを待っている自分に気づき、サラは先に地図を畳んだ。貯蔵小屋を捨てる責任まで、誰かの承認へ預けるつもりはなかった。
「貯蔵小屋は捨てることになる」
「食料を運ぶために人を残せません。今ある分を列ごとに分けます」
「最初は十九人で試す。担架と、支えが要る者も入れる」
「ヴェスを経路見張りに。キリは戻りの連絡。ドムも入れます。歩ける距離を確かめたい」
父が眉を上げ、続きを待った。
「フィアは二番目の組です。熱が下がらなければ荷台へ乗せます。最後の組は私が指揮します」
「最後の組を任せる者は、別に決めろ」
「候補はいます。でも決めるのは試行のあとです」
サラは引かなかった。父も、ここでは重ねなかった。
帰り道、貯蔵小屋の屋根が朝日に光った。誰もそちらへ曲がらない。棚へ戻ったら、手元の食料を列ごとに分ける。出発前に食べさせる組と、途中の黒場で食べさせる組を決め、空腹のまま歩く時間を短くする必要があった。
イェルだけが一度、屋根を振り返った。サラは声をかけなかった。届く食料を置いていく痛みは、道を選んだ者だけのものではない。
サラは炊事場の縄から自分の木札を外し、八番目の列の末尾へ結び直した。




