空の荷車
娘が魔王を倒した朝、マレクは迎えの荷車を三台借りた。
それから十七日が過ぎた。干し藁を厚く敷いた三つの荷台は、一度も人を乗せないまま、西門そばの荷捌き場に並んでいる。
一台は怪我人用だった。もう一台には濡れた鎧や武具を積むつもりで、最後の一台は、何人帰ってくるか分からなかったから借りた。戦勝の鐘が鳴った日、貸主は「三日で戻るなら」と、三日分の借り賃だけを受け取った。だが三日を過ぎても、荷車は空のままだった。四日目の朝から、マレクは一日分ずつ銅貨を払い続けている。
十七日目には、藁の中央だけが白っぽくなっていた。毎朝、マレクが藁を裏返し、エルナが湿った束を抜いて干した跡だ。怪我人の血を吸わせるために用意した布も、洗ったまま畳まれている。使わずに済んだと喜ぶには、誰一人帰ってこない日が長すぎた。
藁を替える手つきだけは、日ごとに速くなった。慣れたくない仕事ほど、先に手が覚えた。
今朝、王国軍の捜索隊が引き揚げた。
壊れた東街道から入れるところまでは探した、と隊長は言った。停戦の取り決めが正午に発効すれば、武装した部隊は旧魔王領から出なければならない。地割れの向こうに生存者がいないと決まったわけではない。ただ、軍が探せる時間が終わったのだ。
マレクは隊長を責めなかった。馬の腹は泥に汚れ、兵の靴底は何度も縫い直されていた。行ける道を行き、戻れるうちに戻った顔だった。
空の荷台から藁を一掴み抜き、湿りを確かめる。夜露を吸って冷たい。今日も干し直さねばならない。
「荷車屋が来たぞ」
車輪の下へ油布を敷いていたトーマが言った。
来たのは荷車屋ではなかった。西門から、片方の肩を落として歩く男が入ってきた。灰色の外套は裾が裂け、靴は革紐で幾重にも巻かれている。角はなかったが、耳の後ろに黒い斑がある。旧魔王領の者に多い印だった。
門兵が二人、間を置いてついてくる。男は荷台の前まで来ると、手を上げる代わりに掌を見せた。武器を持たない者の挨拶だ。
「マレク・ローデンは、あんたか」
「俺だ」
男は膝をつきかけた。マレクは腕を取らず、荷車の踏み台を足で寄せた。知らない男に急に触れられれば、倒れる者もいる。
「座れ。水は飲めるか」
「少しずつなら」
トーマが水差しを持ってくる。男は二口飲むと、三口目を前に水差しを膝へ戻した。喉が渇いていても、一度に飲まない。水の乏しい道を歩いてきた者の飲み方だった。
「イェル。西の塩道を使っていた商人だ。戦のあいだは、道案内をさせられていた」
「どこから来た」
「鐘割れ棚。黒い岩の張り出しに水場がある。そこにサラがいる」
藁を握っていた指が、少しだけ深く沈んだ。
生きている。マレクは胸の内で一度だけ言った。声にすれば、そのあとの質問が出なくなりそうだった。
マレクは聞き返せなかった。裂けた靴と乾いた唇が、男の歩いてきた距離を示していた。
「何人だ」
「私が出た四日前で、サラを入れて百四十八。歩けない者が二十六。腕を借りれば歩ける者が三十ほど。残りも同じ速さでは動けない。今の数はわからない」
「水はいつまで」
「出る朝には八日分あった。同じ減り方なら、あと四日。地面が変わらなければ」
「食べ物は」
「出たときに七日半。同じ配り方なら、あと三日半。減らせば延びるが、熱のある子が一人いる」
「西へ戻る道は」
「東は切れた。西の塩道なら十八キロ。荷車が通れないところがある」
答えはどれも短く、迷いがなかった。マレクは次に男の足を見た。右の踵から血が滲み、左足は爪先を曲げないように運んでいる。
「サラは歩けるのか」
イェルはわずかに眉を動かした。
「サラ一人なら、ここまで歩いてこられる。だが、あの人が頼んだのは、自分を背負って帰る者じゃない」
荷捌き場の向こうで、樽を転がす音がした。町はいつもの朝を続けている。
「サラは、何を持ってこいと言った」
「荷車。底の厚い靴。塩と食べ物。治療のできる者。夜番を交代できる人手」
イェルが挙げたのは、どれもマレクが娘に持たせてやりたかったものだった。剣の研ぎ方よりも先に、濡れた靴を火へ近づけすぎるなと教えた。四年間、サラは王国から武器と祝福を受け取ってきた。帰るための道具を頼んできたのは、これが初めてだった。
今度は、娘が必要だと言ったものを、一つも「重いから」と置いていかせる気はなかった。
「地脈の大きな反潮が来る」
イェルは水差しを両手で包んだ。
「いつだ」
「早ければ八日後。遅くて十日。鐘割れ棚も、そのあとは人が住める地面ではなくなる」
イェルの声が掠れた。トーマが水差しを傾けかけたので、マレクは手で止めた。乾ききった体に一度に飲ませれば吐く。代わりに薄い塩湯を作るよう指で示し、残りの質問はあとに回した。
マレクは三台の車輪を順に見た。二台目の左輪は、昨日から乾いた音がする。三台目の横木にはひびがある。百四十八人を乗せる台数ではない。だが、全員を荷台へ載せる必要もない。歩ける足を歩けるまま保ち、歩けない者の場所を空ける。そのための三台なら使える。
「トーマ」
「はい」
「車軸油を二壺。今のは戻して、寒地用を持ってこい。ついでにセナを呼べ」
トーマは聞きたいことを飲み込み、油布を蹴らないように跨いだ。
マレクは貸主の厩へ顔を向けた。
「この三台は、まだ返さない。借り賃は十日分、先に払うと伝えてくれ」




