断片:情動サンプル抽出(親子喧嘩)
ないモノは作りましょう
【アレス公爵執務室:深夜 02:45】
環境音: 空調の微かな稼働音、およびアレス公爵の荒い呼気(バイタル:不規則)
「……っ、すぐに暴力に訴えるのは旧世代的ですよ、父上。……ログの整合性が乱れます」
200cmのランスロットの体躯が、乱暴にソファへと「遺棄」された。
重厚な革の軋む音が、沈黙をさらに「不祥事」の色に染めていく。
アレスの金色の瞳は、かつてないほどに苛立ち、そして「空腹」に濁っている。
それは、獲物を食い殺した後の充足ではなく、『味のしない砂』を噛まされた後の、耐え難い虚脱感によるものだ。
「……黙れ。U-001の『供述』が、あんな1bitの熱も持たない無機質な読み上げで終わるはずがない。……お前が書いたアレは、ただの欠陥プログラムだ。あいつの『核』をどこへ隠した?」
アレスはランスロットの首に太い腕を回し、力任せに引き寄せた。
200cm同士の強固な体躯が密着し、逃げ場のない圧迫がランスロットの肺を締め上げる。
「……あはっ、隠して、なんて、いませんよ。あれこそが、父上が望んだ、『完璧な服従』の、終着点です。……あぁ、苦しい。……絞め殺すなら、もっと、『事務的』に、やってください」
ソファに背中を押しつけられ、酸素を奪われながらも、ランスロットの瞳は死んだ魚のように無機質だった。
その口元だけが、父の「敗北」を祝福するように、淫靡に、そして嘲るように歪んでいる。
「父上が、欲しがって、いたのは、『愛しています』と、機械的に連呼する、高機能なスケジュール帳、だったんじゃないですか? ……提出された『仕様書』から、僕はそう、読み取りましたが」
ランスロットの声は、首を絞められているとは思えないほど平坦で、事務的だった。
その響きが、アレスの「暴力」という名の非論理的な暴発を、より一層滑稽なものへと現像していく。
「……あぁ、父上。やっぱり、あの『震える喉』や『拒絶の眼差し』が、恋しくなりましたか? 入力(命令)に、対して、期待通りの、出力(悲鳴)が、返ってこないのが、そんなに、不満ですか? ……あはっ。それって、ただの、ユーザーエラーじゃ、ないですか」
アレスの腕に一層力がこもり、ランスロットの首の皮膚が白く変色していく。
だが、ランスロットは嘲笑を止めない。
むしろ、その物理的な苦痛を「閣下の敗北の証」として、愉悦を守ってサンプリングしている。
「……ねぇ、父上。仕様書の、書き直し(リライト)なら、いつでも、受け付けますよ? ……もっとも、一度初期化したメモリが、元の熱を持って、再起動するかは……僕の権限でも、保証しかねますが」
アレスの大きな手が、ランスロットの喉元をさらにギリギリと締め上げる。
指先から伝わるのは、もはや軍事省大臣の冷徹な統率力ではなく、剥き出しの「飢え」と、思い通りにならないシステムへの憤怒だ。
「お前はあれが仕様通りだと?……そうだ、ランスロット、お前がやれ」
狂気を孕んだ目で、アレスは告げる。
その瞳の奥には、電子の海に消えゆくルーカスを繋ぎ止めるための、あまりにも不当で、あまりにも傲慢な「算段」が渦巻いている。
「何を、ですか、父上」
「お前は仕様を理解していない。ならば、お前が『ルーカス』になりきって、私に、腹の底から絞り出した『コマンド(悲鳴)』をわからせてみせろ。……それをそのままあいつ(本物)にインストールし直せ」
「あは、ははは!正気、ですか!? 実の息子を、兄様の、『情動サンプル』に、すると?……父上、あなたは、そこまでして、あのお人形、に『偽物の熱』を、灯したいんですか?」
ランスロットは喉を潰されながらも、艶やかに笑った。
自分の肉体が、兄様を再起動させるための「予備パーツ」として扱われる屈辱。
それを彼は、最高の行政的背徳感として飲み下していく。
「……これはあいつを電子の海に沈めないための処置だ。それには、汚れた肉と、沸騰する執着が要る。『愛』はその最たる熱だろう?」
「.....モノは、言いよう、ですか。……僕の『執着』を、兄様の、空っぽなメモリに、転送すれば、あのお人形も、少しはマシな『不祥事』を、演じてくれると?」
「明日、試行する。用意しろ」
アレスの手が離れる。
解放されたランスロットは、赤く指跡のついた自分の喉を愛おしそうに撫で、深く、恭しく頭を下げた。
「....承知しました。閣下。……僕が兄様よりも、ずっと淫らで熱い『愛』を、あなたのシステムに叩き込んであげますよ」
【アルビオン公爵家別邸:朝7:18】
「アルビオンの軍服一式、……貸していただけますか、伯父様。ちょっと兄様と同じ格好がしたくて」
ランスロットがまず向かったのは、母の兄、伯父のアルフレッドのところだった。
「情動省の制服を?君が?」
ランスロットの200cmの巨躯には、伯父アルフレッドの「白」はわずかにサイズが合わないかもしれない。
だが、その「物理的な違和感」こそが、これから始まる偽物の試行に相応しいノイズだ。
「あぁ、いいよ。一枚あげよう。君もアルビオンの血を引くんだ、『白』も似合うよ」
190cmの好好爺は、かつてその拳で数多のログを破壊したことなど忘れたかのような穏やかな手つきで、純白の布地を差し出す。
体制に屈し、牙を折られた男が、現役の「毒」である甥に、かつての誇りの残骸を分け与える。
その『善意』を、ランスロットは行政的な微笑で受け止めた。
「……ありがとうございます、伯父様。大切に使わせていただきますよ。……『白銀の聖者(兄様)』になりきるためにね」
【アレス公爵執務室:夜 20:01】
環境音: 遮断された外界、およびアレス公爵の深く、重い吐息。
「.....見た目は、まぁまぁ整えたか?」
アレスの声は、事務的な検収の響きを装いながらも、その実、隠しきれない『飢餓感』に湿っている。
ランスロットは情動省の白い制服――「アルビオンの純白」を纏い、黒髪のウィッグを被ってそこに立っていた。
だが、その光景はあまりにも不協和音に満ちている。
制服は逞しい軍人の肩をミチミチと締め上げ、200cmの巨躯は今にもその「白」を内側から引き裂かんばかりだ。
それは、本来そこにあるべきルーカスの、折れそうなほどに細く、しなやかな体躯とは……対極の存在だった。
「.....あいつも、殿下の実験なく成長したら、こうなっていたかもな」
アレスは、目の前の「歪な偽物」を否定しなかった。
むしろ、遠い目をして、ランスロットという強固な器の中に、『健全に成長し、自分と同じ軍人となったルーカス』という、存在しないはずのIFのログを重ね合わせる。
「……あはっ。僕のこの無骨な骨格の中に、兄様の面影を見つけようとするなんて。……父上、あなたはそこまでして、自分の犯した『破壊』を後悔しているんですか?」
ランスロットは、ウィッグの下から射抜くような視線を向ける。
父が、自分を通して「いないはずの義息子」を見ているという事実。
その圧倒的な個体識別拒否が、ランスロットの喉を愉悦で震わせた。
アレスは、白い制服の襟元に手をかけ、至近距離までその顔を寄せた。
革手袋の硬い感触が、ランスロットの顎をぐいと、無理やり上向かせる。
黒いウィッグに縁取られたその顔を、アレスは検品するように見つめ、そして低く、掠れた声を漏らした。
「……似てない。体躯も、その不敵な口元も。だが……」
アレスの親指が、ランスロットの目元の「泣きぼくろ」を、抉るような強さでなぞる。
「……お前らはどちらも、ライラには似ているな。特にお前のこの泣きぼくろは……あいつと、全く同じ位置にある」
アレスの金色の瞳が、ランスロットの網膜を貫き、その奥にある「永遠の初恋」の幻影を暴き出そうとする。
(....父上。あなたは、兄様を求めて僕を呼びつけ、僕の中に母様を見出した。結局、「目の前の実子」を見ていないんですね)
その圧倒的な個体識別拒否に、ランスロットのバイタルは歓喜で跳ね上がった。
「……光栄ですよ、父上。兄様になりきっている僕の中に、母様まで見つけてくださるなんて。……そんなに、その『面影』が欲しいんですか?」
ランスロットは顎を上げられたまま、淫らな挑発を込めて、父の瞳を真っ直ぐにスキャンし返した。
アレスは、ランスロットの黒髪を情け容赦なく鷲掴みにした。
逃げ場を塞ぐように顔を近づけ、金色の瞳でランスロットのバイタルを凝視する。
「.....真面目にやれ。……遊戯ではない。これは『公務』だ」
その宣告と共に、アレスはランスロットの唇を「奪う」のではなく、「抉る」ように激しく貪った。
「んんっ、……ふ、……っ!!」
歯がぶつかるほど強引に舌をねじ込み、ランスロットの肺から酸素を、喉から悲鳴を強制的にデリートしていく。
ランスロットは一瞬、その野蛮な電圧に怯んだように体を硬くしたが、次の瞬間には、瞳に淫らな「反転」の光を灯した。
挑発的にアレスの下唇を噛み、喉元を鳴らし、侵入してくる父の舌を絡め返す。
奪われた呼吸の隙間に、鉄の味が混ざるほどの激しい粘膜接触。
「ん……っ、……あはっ。『試行』開始、……です、か。……父上」
荒い息の合間に、ランスロットは小さく笑った。
その微笑みは、兄様の「聖なる拒絶」とは似ても似つかない、どす黒い執着。
200cmの巨躯同士が執務室の空気を震わせて衝突し、白銀の制服が、激しい愛執で皺寄っていく。
アレスのキスは、ランスロットの肺にある酸素も、彼自身のアイデンティティも、すべてを「ルーカス」へと書き換えようとする、暴力的な上書き(パッチ)だった。
ランスロットは、アレスの背中に爪を立て、軍服越しにその熱すぎるログイン(重圧)を全身で受理する。
「……はっ、……あ、……アレス、……閣下……ッ」
ランスロットは、得意の偽装魔術を網膜の裏側で起動させた。
ルーカスを模倣し、けれど「洗脳」などという安易なフィルタを通さない、剥き出しの情動。
拒絶と、それ以上の深い依存を混ぜ合わせた『偽りの魂』で、その名を呼ぶ。
自ら舌を差し入れ、アレスの口腔を貪るように吸いつき、歯で甘く食い破る。
鉄の味が混ざり合い、深夜の執務室に、不純物だらけのバイタルが鳴り響く。
「……いやだ、溶ける……あっ……愛して、……います。……僕を、これ以上……でも、壊して、……っ、……あ、……ぁっ」
その声が、その熱が、アレスの神経系を蹂躙する。
アレスの瞳に宿ったのは、かつてないほど狂おしく、そして絶望的な光。
――これだ。
事務的な読み上げではない、魂を削り取られるような、不浄な愛のパルス。
目の前の「身代わり」が放つ、本物よりも鮮烈な『偽物の熱』に、帝国の魔王が屈服した瞬間だった。
「……そうだ。その声だ。……これを参考に、あいつを調整しろ」
アレスは急に冷めた声で、ランスロットを突き放す。
肩で息をしながら、勝利を確信したような傲慢で、それでいて虚無を混ぜた狂気的な笑みを浮かべて吐き捨てた。
「……下がれ。報告は、現物でよこせ」
ランスロットは、乱れた軍服と黒髪のウィッグを整え、唇から流れる血を舐めとる。
「……承知いたしました、閣下。『父上の我儘』のためなら、いくらでも兄様の代わりをして差し上げますよ」
ランスロットは『お行儀の良い息子』の顔で笑った。
アーウィング:「珍しいな。口怪我したのか?」
ランスロット:「犬に噛まれた」
アーウィング:「......どんな魔犬とキスしたんだ」
ランスロット:「可愛いよ」
アーウィング:「......お前の趣味はわからん」




