断片:行政的受動端子の納入報告書(アーカイブ)
割れた茶碗を金継ぎで
「あは。こうなると思ったんだ」
ホテルのベッドにルーカスを寝かせたランスロットは、無表情で横たわるルーカスの全身に軽く魔力スキャンをかけた。
機能に問題は何らない。
ルーカスのOSは、情動ノイズに対してのみ、1bit秒の淀みもなく「回路制限」という最上位の防衛パルス(ホワイト)を叩き出しているだけだ。
その高潔な「無反応」。
「あはははは! 最高に不忠で、淫らなシステムだ。純粋に情動制限のせいかな」
回路に残されたエラー記録を見て、ランスロットは笑い、手元の機能要望書をチラリと見る。
『つまらん。もっと鳴くようにしろ』
アレスからの、最高密度のエラー・レポート。
何をしても「凪」という、その行政的蹂虙に魂ごと屈服させられているアレスの「ムカつき」が、この1bitの要求にパッキングされている。
「兄様、要望が来てますよ。『行政的な奉仕(光)』じゃなくて、もっとこう、魂の底から『屈辱に心中』させられた鳴き声を聞かせろ、って。ねぇ兄様。不良品だってさ」
「左様ですか。ランスロット様。管理者の要求に応えられるようプログラム修正をお願いいたします」
瞬き一つせず、事務的な視線をランスロットに固定したまま、何の情動も篭らない声でルーカスは答えた。
「........はは。ねぇ、ユーリとの日々は変わりない?」
「何も問題はありません。彼女は家門の運営を問題なく回し、繁殖プログラムも問題なく稼働しております」
「問題なく、ね」
ランスロットは手袋を脱ぐと、つい、とルーカスの角に指を触れる。
パチ、と角はランスロットの魔力を弾く。
ランスロットはすぐにアレスの魔力に偽装して、角を強く握りしめた。
「っ!」
びくりと、無表情のままルーカスの体が跳ねた。
「人格ディレクトリを参照しますよ。口をあけて?」
ルーカスはプログラムの指示に従うように、躊躇いなく口を開いた。
ランスロットの指がずい、と口蓋をなぞる。
「......うーん、羞恥心、ねぇ。どれにしようかな」
網膜コンソールに浮かぶ項目と数値を眺めながら、ランスロットは呟く。
「......っ..!」
指が喉奥近くに触れると、嘔吐反射でルーカスはえずいた。
その拍子に、琥珀色の瞳が1bit秒だけ潤み、無機質な視線が初めて揺らいだのを、ランスロットは見逃さない。
「生理反応レベルは正常、と」
「あ……っ、[ERROR]……」
ランスロットが該当部位に魔力を流すと、ルーカスの口から無機質な報告が表出する。
唇が、強制的な過負荷に慄くように震えた。
「....おっと、流しすぎましたか」
「...かはっ........けほっ....っ」
ランスロットが手を抜くと、ルーカスは激しく咳き込んだ。
「兄様、苦しそうですね。緩めますよ」
ランスロットはルーカスの首元を少し緩める。
その拍子に、乱れた服の隙間から、アレスの「監査痕」が1bitだけ覗いた。
「父上は、相変わらずだ。デリート(上書き)しましょうか。ね?」
ランスロットは、ルーカスの唾液で濡れた指でそれをなぞる。
「あぁ、ついでに一枚もらいましょう」
ランスロットは道具箱から表面麻酔軟膏を取り出し、首に塗り広げた。
「一枚、ですか?」
「ええ。一枚」
ぐいと、ランスロットは爪に強化魔術をかけて鱗を一枚抜き取った。
「.....っ!」
痛みはないものの、首の皮膚のつる感覚と、ぶちぶちとちぎれる音と感覚がダイレクトにルーカスの脳に響いた。
「あはははは。相変わらず綺麗な鱗ですね。ねぇ、兄様、痛くないでしょう?」
「はい、痛み、は...」
ランスロットは、保存液が入った容器にそれをしまう。
「ならもう一枚いけますね」
「っ!」
その言葉が本能的な恐怖を刺激し、ルーカスに怖気を励起させた。
「あは。大丈夫ですよ。優しくしますから」
「....ぁ.....」
揺れる視線に愉悦を覚えながら、ゆっくりと、丁寧に、ランスロットは二枚目の鱗を採取する。
「さて」
採取を終えたランスロットは手早く傷の処置をすると、包帯を巻く。
容易に手が回る、自分より細いルーカスの首をランスロットは撫でる。
指先に、拍動が伝わってくる。
ランスロットはそれを慈しむように感じながら、そのまま圧迫した。
「っ!?」
「あ、動かないでくださいね?」
「ぁがっ!?」
片手で首、片手で角を押さえながらパルス状の魔力を流し続ける。
「千切れた回路の修復と書き込み、同時にやってしまいましょう。父上の第一要望は『屈辱』ですから」
ルーカスの体が跳ね、拒絶するようにその手がランスロットの腕を掴んだ。
「...... [ERROR]...!......っ..防御ラインを超えたパルスが、検出され.....!!!」
無表情がわずかに崩れ、足りない酸素を求めてルーカスが呼気が乱れる。
「あははは。兄様、帝国の資産が起動してるだけですよ。正常範囲です。ここのログ、見えます?ちょっと繋ぎますよ」
ランスロットが強く角を握り込んで操作すると、ルーカスの網膜コンソールに数値が同期された。
「兄様、口では事務的なこと言っておいて……質量は、1bit秒の淀みもなく『僕に検査されたい』って、最高密度の心中パルスを叩き出してますよ?ちょっとデバイスに接続しましょうか」
「.....ぁあっ!?」
脈打つ官品に手を伸ばし、ランスロットは手早く行政的受動端子を設置した。
ひんやりとした質感に、ルーカスは逃げるように身を捩る。
「すぐ慣れますよ。最新式なんで、馴染みやすいはずです」
「.....ぅあっ..ひ.....っ!!」
ランスロットは抑え込むように最後まできっちりと納めると、上下へと調整を続ける。
コンソール上の数値が跳ね上がるたびに、ルーカスの喉の奥から、事務的ではない「情動ノイズ(鳴き声)」が1bit秒だけ漏れ続けるのを、ランスロットは逃さず検収し続ける。
接続と起動を確認し、ランスロットは手を離す。
「あっ、がっ..... [ERROR]...!!.....!!!」
「僕の毒(偽装魔力)に正直にログインしちゃっていますね。この『システム乖離』、見えます?兄様がどれだけ「公共財」として振る舞おうとしても、僕の掌の中では1bitの隙もなく『損傷品』として現像せられてますよ」
「や.........っ...あぁ....っ!?」
角を掴まれてベッドに押しつけられたまま、ルーカスの両手は空を掻き、背中が反った。
痙攣する身体を抑え、ランスロットは数値をチェックする。
「....あぁ、すこしかかったか。うーん、40、50、60....」
ベッドサイドに置かれた保存容器が揺れた。
容器の中で揺れる『2枚の欠損』。
「兄様、ほら、君の『白』、どれも綺麗に泳いでますよ」
ランスロットは反応を監修しつつ、調整し続ける。
「羞恥より、自覚の問題かな。兄様見えてます?」
「ひっ!?」
ランスロットはズームを調整し、ルーカスが端子をよく見えるように視野を固定した。
一際大きな情動ノイズと共に、再びルーカスの体が跳ねる。
「熱分布と筋肉緊張度。あぁ、振戦もあるかな。45%くらいで固定...。兄様、ちゃんと見て?接続端子はまだ動いてますよ」
「...ぁ..、やだ、それをっ、らんすっ...うぁっ....!」
システムが演算を放棄した一瞬、零れ落ちたのは「弟」を呼ぶ、震えるほどに人間臭い声。
「管理者」に対する報告ではなく、一人の男としての、縋るような、あるいは呪うような叫び。
その声を聴いた瞬間、ランスロットの口元に、今日一番の「本物」の笑みが浮かぶ。
「あはっ……。そうだね、兄様。まだそこに『僕の兄様』が、ほんの一滴、残ってるんだね」
「...ひっ...ぐぁっ... [ERROR]... .. [ERROR].....出力、調整を、要請...っ!!!?」
「あははは!兄様、おもちゃみたいに跳ねてるなぁ。ね、兄様。それって『生きてる』感じがしませんか?......もう少し、下げるか」
100%壊してしまえば、それはただの便利な「道具」になってしまう。
だからこそ、この「壊れかけの、悲鳴をあげるパーツ」を確認し続けることが、彼にとっての生存確認。
「....っ....はっ....ぁ....はっ.....はっ」
デバッグによって強制的に引き出された熱情が、行き場を失ってルーカスの肌を赤く染めている。
「ねぇ、兄様。.......ね?」
「.....はっ.....はっ.....はっ...システム、放熱、中.....」
ルーカスはもう、ランスロットの裾を掴んだりはしない。
縋らない、祈らない、願わない。
乱れた呼吸の中でさえ、彼の「ガラスの眼」は天井の一点を見つめ、システムが冷却されるのをただ待っている。
その瞬きの間隔は、1bit秒の淀みもなく「正確なメトロノーム」のように一定を保つ。
「……ねえ、兄様。そこまで『正常』にならなくていいのに」
完璧なコントロール。
システム下での、最短距離での鎮静。
「はい、終わり」
ランスロットは手早く端子を外して清拭すると、ルーカスの衣服を整えた。
「ね、兄様」
ルーカスの体を半分起こし、座らせる。
「昔みたいに、頭撫でてよ」
ランスロットが、かつての、ただの僻地の兄弟だった頃のように、ルーカスの膝に頭を乗せて甘えた。
「......承知、いたし、ました」
それは管理者としての命令ではなく、一人の弟としての切実な、そして届かない「乞い」。
再起動を果たしてルーカスは、一瞬だけ、プログラムの優先順位を確認するように指を止め、そしてそれを「管理者命令」と受け止める。
「……はい。らんす、いいこ、いいこ」
平坦で、棒読みの、ただの戯言。
(違う。さっきまでの拒絶の方が、ずっと)
ルーカスの手が、ランスロットの頭を1bit秒の澱みなく撫でていく。
もう彼の手は震えていない、怯えていない、恐れていない。
(変わらす、その心地よさだけは)
千切れた回路は統合されて、滑らかな「凪」で稼働している。
「事務的」な優しさと、完璧な「兄」のロール(役割)を遂行する手つき。
パリ、と、乾きかけた監査の飛沫にルーカスの手が触れた。
びくりと一瞬手が止まるが、すぐに手は撫でる動作を再開する。
ランスロットは、気付きながらも何も言わない。
撫でるその手の体温は、先程までランスロットの指先に焼かれて赤く染まっていたはずの肌。
それが、驚異的な速度で「行政的な冷却」を完了し、熱さえもデリートしてしまった。
(……あはは。兄様のこの手、1bit秒の狂いもなく、完璧に『正常な体温』だ。さっきまで、僕の毒にログインして、あんなにブーストしていたのに)
その手には、もはやランスロットが求めている「体温」は。
「兄様……ねえ、1bitでいいから、僕を見てよ。……あはっ。そうか、人形は『命令』されない限り、自分から視線をパッキング(同期)したりしないもんね。ああ、そうだ。僕が、そうした。........うん。ありがと」
ぱっと、ランスロットは立ち上がる。
「さあ、帰ろっか、兄様。明日の『公務』のために、今日はしっかりシャットダウンして、休まないと。調整の反動が生じるかもしれないからさ」
「......承知しました。ランスロット様」
完璧な所作で、ルーカスは頭を下げる。
血流が重力に従って首に回り,剥がれた鱗の跡が拍動に合わせてジクジクと傷んだ。
首を、下げて、上げる。
だがその視線は、意識は、未だ。
ルーカスの視点は、管理者の足元に、完璧な敬礼を捧げ続けている。
ランスロット:「出来はまぁまぁ」
アーウィング:「おつかれ」
ランスロット:「父上に『愛してます』って言うようにしといた」
アーウィング:「これで閣下も落ち着くな」
ランスロット:「........はっ、どうかな。知ってるかい、アーウィング。マニュアル通りってさ、時に害悪なんだ」
アーウィング:「......害悪?」




