断片: マテリアル・パパ:鱗の伝導率に関する中間報告
欲しいものは自分で作りましょう。
軍事省のアレス閣下の執務室。
アーウィングは、執務机に座るルーカスの傍らに控えていた。
その視線の先には、幅の太い華美なチョーカーを首に嵌められたルーカス公爵の姿がある。
ランスロットは、ルーカスの隣でチョーカーの角度や位置を微調整していた。
ルーカスは無表情で抵抗なく座っている。
「ランスロット様、その首輪の回路……妙に魔力圧の高い輝きですね」
アーウィングが無機質な声で問いかける。
チョーカーの下、そこには鱗が剥がれ生々しい肉が覗く場所がある。
それを愛おしそうになぞりながら、ランスロットは愉快げに笑った。
その動きに反応して、わずかにルーカスはビクリと跳ねる。
「これ? ああ、メンテナンスの時にちょっとね。兄様の鱗、魔力伝導率が1bitの妥協もなく最高なんだよ。だから首輪の回路に使わせてもらったんだ。……ね?」
「……なるほど。最高血統の鱗は、優れた魔道具の備品になる、ということですか」
アーウィングの回路が、音を立てて演算を開始した。
「感情」というノイズを持たない彼にとって、それは「効率的な強化案」として保存される。
竜血濃度。鱗。伝導率。魔道具。
……ならば、純血の侯爵たる、自分の父はどうだろうか。
翌日。
アーウィングは執務室にいた父ガウェインを訪ね、淡々と「予算申請」という名のパッチを当てた。
「父上。新しい武具の予算申請の件ですが」
「……はぁ。こないだも購入直後に破損しただろう?お前はいい加減、私の真似をするのをやめたらどうだ」
ガウェインは、息子の「機械」ぶりに頭痛を覚えながら吐き捨てた。
だが、息子は止まらない。
「新しい案を提示します。……父上は私に成長を見せろ命じた。ならば、今からお時間をいただきたい。演習場で証明いたします。要望は組み手です」
「剣じゃないのか?」
ガウェインは訝しげに息子を見た。
散々、剣の腕を認めてくれと要求していた息子にしては妙な要求だ。
「父上は、私に剣を諦めて欲しいと要求していた。私の現在の得意科目は肉弾戦です。ならば、組み手こそが実力証明に最適ではないでしょうか」
ガウェインは、わずかな違和感をアーカイブしきれず、息子の「提案」という名の罠を許可してしまった。
「……よくわからないが、私に勝てたらな」
【アーカイブ:演習場の惨劇】
演習場の静寂を、ガウェインの悲鳴が食い破った。
アーウィングの兵としての実力は素晴らしく、剣と魔法を封じた組み手において、ついに父を超えていたのだ。
「やめろ……アーウィング! 何を考えている……っ!!……っ、お前、よせ……っ! 私に、何を……っ!?」
帝国の誇りある侯爵として常に鉄の理性を保ってきた男が、地面に押し倒され、泥に塗れて喘いでいる。
その上に跨り、万力のような力で父の肩を固定しているのは、実力こそ後継者にふさわしいが情動不備と蔑んできた実の息子だった。
ガウェインの脳内では、最悪のシナリオが展開されていた。
主君であるアレス閣下が、欲望のままに周囲を蹂躙する姿を一番近くで見てきた男だ。
(アーウィング、よりによって閣下のような『教育』を学習したのか……!?)
「覚悟してください、父上」
アーウィングの瞳には、怒りも、憎しみも、ましてや殺意すらない。
その何を考えているか読み取れない瞳が、今はいっそうガウェインに演算エラーを引き起こしている。
「っ、いや……待て! 情動を自覚してほしいとは言ったが、こういう意味では……っ!」
固く目を瞑り、息子による「最悪の蹂躙」を待ったガウェイン。
だが、彼を襲ったのは熱い情動などではなく、息子による恐ろしい宣言だった。
「ランスロット様に教えていただいて、思いつきました。鱗は最高級の魔力伝導体だと。ならば予算申請を待つより、ここで直接回収したほうが早い。加工方法は開発部に相談します。閣下の黒剣の整備担当工房が最適かと」
「........は?」
想定を超えた最悪の答えに、ガウェインの時が止まる。
「....あの…っ…いかれた狂犬が余計な悪知恵を……っ!!」
ガウェインは、常時維持している冷静さかなぐり捨て、怒りに任せて叫ぶ。
その怒りは、息子の背後で喉元を食いちぎるように笑っている「狂犬」ランスロットへ向けられていた。
だが、アーウィングは止まらない。
彼は「機械」だ。
一度稼働した歯車を、親の嘆き程度で止められるはずがない。
「少々痛みます、 父上。しかし、帝国の牙のため、より良い武具のためです。ご承知おきください」
無機質な声と共に、アーウィングの手がガウェインの背中に侵入した。
その太い指が、父の最も立派な背中の鱗の隙間に、容赦なく抉り込まれた。
彼は指先に渾身の魔力強化をかけて、それを引き抜く。
帝国全土でも屈指の肉弾戦順位を誇るアーウィング。
ガウェインの硬化による防御は、筋肉バカの破壊力に僅かに及ばない。
「ぎ、ああああああああっ!!!」
生きたまま、魂の一部を剥ぎ取られるような衝撃。
侯爵の矜持も、家長としての権威も、1bitの猶予もなく毟り取られていく。
ぶちぶちと血肉と共に、末端魔力回路と神経が千切られる。
剥がされた鱗の隙間から溢れる血が、アーウィングの指を赤く汚していく。
「.....なるほど。濃厚なマナ含有量だ」
顔高く掲げたそれから垂れる血が、アーウィングの頬を汚す。
それでも彼は、高価な宝石の鑑定をするかのように、手にした血塗れの鱗を冷徹に観察していた。
「では次を」
「ひっ!?」
そう言って、二枚目の鱗が剥がされかけた時だった。
「兄上、ログイン(介入)します。その非効率な『素材回収』を直ちに停止してください」
演習場の血の匂いの中に、次男の冷徹な声が響く。
背中の魔力基盤たる重要な鱗を剥がされ、誇りも身体もボロボロになった父ガウェイン。
そんな父を見下ろし、彼は冷静な顔のまま、眉一つ動かさない。
「お前..は……っ、助け……っ」
「父上、見苦しいですよ。筆頭秘書官(閣下の所有物)がそんな無様な声を出すのは、帝国の資産価値を毀損します」
助けに来たはずの次男は、父に手を貸すどころか、泥に汚れた父を「不潔なエラーコード」でも見るような軽蔑的な眼差しを投げた。
彼は血塗れの鱗を手にした兄アーウィングを、無機質な瞳で射貫いた。
「兄上。ランスロット様に唆された(パッチを当てられた)のは理解しますが、父上が機能不全になれば、僕や伯父上の業務負荷が1bitの猶予もなく跳ね上がる。……それは、僕のスケジュールにとって『ノイズ』であり、家門運営の障害です。今すぐ父上からログアウトしてください」
「……お前にはわからない。これは、より強い魔導剣を構築するための、最も効率的で必要な時短プロセスだ」
機械(長男)とシステム(次男)の間に、最悪の火花が散る。
「では兄上。当初の課題通り、早急に嫁取りを成功させ、後継者権限を得てください。それからでなければ、父上の損壊は認められません。義務を果たさないものに、権利があると思われますか?貴方はヴァランタン侯爵として、家門を仕切れるのですか?」
「……なるほど。義務、か」
アーウィングの動きが、ぴたりと止まった。
彼は弟の提示した「論理」を、脳内で高速演算する。
「確かに私はまだ後継者になる資格も、それを維持する覚悟も、家門を仕切る能力も足りない。助言感謝する。……今この瞬間に父上の鱗を素材化することは、長期的にはヴァランタン家の資産価値を毀損させる行為だった」
「理解が早くて助かります、兄上。覚悟が決まりましたら、僕はいつでも兄上の助けになりましょう。では、直ちにその『資産』からログアウト(解放)を」
次男の冷徹な促しに、アーウィングは「機械」らしく、未練もなくガウェインの上から退いた。
解放されたガウェインは、背中の激痛と、それ以上に重い「何か」が壊れた音に、泥の中で力なく喘ぐことしかできない。
「……あ、……。お前たち、私は……そんな風に、お前たちを……」
育てた覚えはない。
そう言おうとして、2人を見上げたガウェインは絶句した。
その、冷徹な二対の眼。
教えた通りの、『完璧な帝国部品』の証明。
「父上。貴方の『閣下の所有物』として磨き上げてきたその鱗……僕にとっては、家門の予算を食いつぶすだけの贅沢な装飾品にしか見えませんでした。しかし、ようやく理解しました。閣下の情動安定は即ち帝国の繁栄。僕が後ほど、その傷をメンテナンスして差し上げましょう。家門の資産は確かに活用してこそだ」
次男は、暗く、底知れない光を湛えた目で父を値踏みする。
「父上。未熟な後継者候補の立場で失礼いたしました。武力ばかりの私は、弟のような帝国の歯車としての矜持が不足しておりました」
ガウェインは、相変わらずの感情の籠らない目で頭を下げた。
息子たちは、傷ついた父の「心」など1bitも観測していない。
彼らにとってガウェインは、正常に動作すべき「筆頭秘書官」であり、いずれ継承すべき「資産」でしかないのだ。
(私は……教育を間違えたか?)
泥を噛むガウェインの脳裏に、この事態を招いた「狂犬」ランスロットの嘲笑が、ログインしてくる。
教育が間違っていたのではない。
ただ、ランスロットという「毒」が、彼らの中にあった「ヴァランタン家の冷徹な合理性」を、1bitの妥協もなく開花させてしまっただけなのだ。
ランスロット:「あははははは!本気でガウェインパパの鱗剥いだの君!?それで、鱗どうしたの」
アーウィング:「もらった。父上はすごい顔して『好きにしろ』ってさ。開発部に持参したら研究員に卒倒された」
ランスロット:「それで?」
アーウィング:「議会未認可だと没収」
ランスロット:「あははははははは!」




