4.王国最大の危機
穏やかな昼下がり。自室にて紅茶をたしなむリチャードとマリーナ。
そこへ危急の知らせが届く。
兵士:大変でございます! 隣国ドーマが、ドーマ王国の軍が国境を突破し、この王都に迫っています!
長年アリエスを狙い、リチャードの成長を危険視したドーマ王国が、行動を早めた。
病床の王の死を待ってからでは遅い。アリエスを屈服させるのは今しかないと勝負に出たのである。
この知らせに城内は浮き足立つ。
ロイズ:殿下、ドーマ王国がついに攻めて参りました!
リチャード:分かっている。
重臣ですら慌てふためく中、リチャードは冷静だった。
リチャード:ロイズ、お前は兵を集めてくれ。
ロイズ:かしこまりました、殿下!
リチャード:俺は……マリーナに会ってくる。
***
リチャードはマリーナの元へ向かった。
マリーナもまた、リチャードが来るのは分かっていたかのように、凛々しく佇んでいた。
リチャード:マリーナ……。
マリーナ:リチャード様……。
リチャード:俺はこれから王子として、兵を集めて彼らを鼓舞しようと思う。“命懸けでこの国を守ってくれ”と命じようと思う。
マリーナ:はい。
リチャード:だが、俺は長い間王子としての使命を放棄してきた。そんな俺に、彼らに「命を懸けろ」と言うなんて、そんな資格があるのだろうか?
マリーナは微笑んだ。
マリーナ:私から言えることはただひとつ。あなたは……この国に光をもたらす者です。
リチャード:そうだった。俺は光をもたらす者だった。
マリーナ:うふふふふ……。
リチャード:アッハッハッハッハ……!
二人は笑い合った。
リチャード:笑ったら肩の力が抜けたよ。いっちょ光ってやつをもたらしてくる。
マリーナ:行ってらっしゃいませ、リチャード様。
マリーナと話し、吹っ切れたリチャードはいざ兵士達の元へ向かう。
***
アリエス王国の大広場には王都を守る兵士たちが集められていた。
父に代わり、王子であるリチャードが彼らの前に立つ。
リチャード:勇敢なる兵士達よ。集まってくれてありがとう。
リチャード:皆も知っての通り、俺は王子としての職務をずっと放棄してた。ワガママの言い放題、すぐ家臣に八つ当たりして、大臣のロイズにいたっては何度迷惑をかけたか分からない。
リチャード:こんな俺だが、最近になってようやく王子としての自覚が芽生えてきた。
リチャード:俺は……王子としてこの国を守りたい。光ってやつをもたらしたい。
リチャード:俺はこの国が好きだ! この国の民が、土地が、自然が、建物が、文化が、なにもかもがみんなみんな大好きだ!
リチャード:だから、力を貸してくれ! 命懸けでこの国を守ってくれ!
かつては「暴君」「ダメ王子」と称されたリチャードの演説に沸き上がる兵士たち。
ロイズ:殿下、お見事でした。今や彼らの士気は天まで昇りましょう。
リチャード:ありがとう。
リチャードは高まった士気を維持するため、国防を担う将軍とともに出陣する。
王国の存亡をかけた戦いが今、始まろうとしていた。
***
王都付近の平原でドーマ軍を迎え撃つ、リチャードと将軍率いるアリエス軍。
怒涛の勢いで攻め寄せる隣国軍に対し、リチャードが取った作戦は――
リチャード:真っ向勝負だ。
将軍:真っ向勝負でございますか?
リチャード:ああ、敵は虚を突いたと思い込んでいることだろう。しかし、我々の士気はそんな思い込みを粉砕する力がある。
将軍:確かに……出鼻をくじくことができれば、我らが一気に有利となります。
リチャード:決まりだな。行くぞぉっ!!!
リチャードは勇ましく先陣を切り、兵士達も後に続いた。
将軍:よいか、絶対殿下を死なせるな!
両軍が激突する。
迫りくるドーマ王国軍の勢いは流石に凄まじかったが、アリエス軍はそれ以上の団結力で必死に戦った。
激しい戦闘は日が落ちるまで続き――
敵将:く、くそ……! 奇襲で一気に王都まで攻め込むはずが……! こんなはずでは……!
狼狽するドーマ軍の将軍の元に、アリエス軍が迫る。
敵将:く、くそおおおお! 我らが敗れるとは……!
将軍を討ち取られ、ついにドーマ王国は敗走した。
この後、無茶な侵略行為をしたドーマ王国は多額の賠償責任を負い、各国からも孤立し、衰退への道を辿ることとなる。
***
リチャードがドーマ軍を追い払った大戦果は、ロイズの口からリチャードの父である国王にも伝えられる。
ロイズ:陛下……。殿下が、リチャード殿下がこの国を救って下さりましたよ。
国王:うむ……。
ロイズ:殿下はすっかり立派になられました……。
国王:そうだな。これでようやく……余もあやつに王位を譲ることができそうだ。
ロイズ:陛下……ということは、まさか!?
国王:うむ、余が生きているうちに、あやつにこの王位を託す……。
ロイズ:ははっ……!
病床の父もまた息子の成長を認め、王位を譲ることを決心するのだった。
***
ドーマ王国を退け、名実ともに英雄となったリチャード。
父にも認められ、リチャードは近く即位することとなった。
すっかり顔つきも変わり、自室でマリーナとお茶を飲む。
リチャード:マリーナ、この王国は救われた。
マリーナ:ええ、やはりあなたはこの王国に光をもたらす者でしたね。
リチャード:ああ、その通りだ。と言いたいところだが……いくらダメ王子と言われた俺でもさすがに気づく。俺をここまで導いてくれたのは……マリーナ、お前だ。みんなだって知っている。
マリーナ:そんな、私は大したことは……。
目を背けるマリーナを、リチャードは真剣な眼差しで見つめる。
リチャード:マリーナ……お前は何者だ? なぜ俺に近づき、俺を導いてくれた?
マリーナ:そ、それは……。
リチャード:頼む、教えてくれ。
今さら「あなたが光をもたらす者だから」などという答えは通用しないだろう。
やがて、覚悟したようにうなずく。
マリーナ:分かりました……全てをお話ししましょう。
リチャードは表情を変えずに耳を傾ける。
マリーナ:実は私は、幼い頃リチャード様にお会いしているのです。
リチャード:なんだと?
マリーナ:私は子供の頃、路地でお腹をすかせうなだれているところを、たまたま通りがかったあなたにパンを与えてもらったのです。
リチャード:あ……!
リチャードもうっすらとであるが覚えていた。
自分が少年の頃、貧しい少女に行った施しを――
リチャード:あの時の恩返しだというのか? しかし、あんな気まぐれのような施しに、そこまで恩義を感じる必要は……。
マリーナ:いいえ、当時の私は親もなく、貧しく、自分の人生に絶望していました。おそらくあのままだったら私は犯罪者になるか、あるいは自ら命を絶っていたでしょう。ですが、私はあのパンで光をもたらしてもらえたのです。
リチャード:マリーナ……。
マリーナ:あのパンで一念発起した私はあなたに恩返ししたい一心で貧しさから脱し、諸国を巡りました。色んな国を回って、知恵をつけました。いつかあなたの元で働きたいと。
リチャード:そうか、元々はこの城で文官になるつもりだったのか。
マリーナ:はい。ですが、私がこの国に戻ってきた時、あなたはすっかり変わられていた。
リチャード:その通りだ。周囲の期待に応えることが億劫になり、みんなに迷惑をかけていた。
マリーナ:ただ文官として雇われただけでは、あなたに言葉は届かないと判断しました。なので、王国の伝説である“聖女”を名乗ることにしたのです。そうすればきっとあなたも私に興味を持つと……。
リチャード:聖女という特別な立場から俺に近づき、俺を褒め称え、そして俺に教育を施したというわけか。
マリーナ:おっしゃる通りです。私はあなたをずっと欺いてきました。本当に申し訳ございませんでした。
リチャード:何を謝ることがある。
マリーナ:しかし、私は聖女を騙り、リチャード様を騙し続け……。
リチャード:マリーナ、お前は俺を騙してなどいない。
マリーナ:え……。
リチャード:お前は暴君でダメ王子だった俺を救ってくれた。そして、国を救ってくれた。誰がなんと言おうと、お前は伝説の聖女だ!
マリーナ:リチャード様……ありがたいお言葉です。
感動のあまり、目に涙を浮かべるマリーナ。
リチャード:さて、俺を導いてくれた聖女に一つ相談したいことがある。
マリーナ:なんでしょう?
リチャード:俺も王となるからには妃を娶らねば恰好がつかない。
マリーナ:おっしゃる通りですね。この国には美しく気品に満ちた女性が数多くいらっしゃいます。リチャード様としても迷われることでしょう。
リチャード:いや……実は相手はもう決めてあるんだ。
マリーナ:まあ、どなたでしょう?
リチャード:マリーナ、お前だ。俺はお前を妻にしたい。
マリーナ:え……!? ま、まさか御冗談を。
リチャード:冗談を言っている目に見えるか? 俺は本気だ。
マリーナ:そ、そんないけません! 私のような者など!
リチャード:なぜだ?
マリーナ:だって私は……両親すら知らず、貧民として育ち……。私のような者を娶ってはリチャード様の評判も落ちてしまいます!
リチャード:評判……評判か! アッハッハ……面白いことを言う。俺は「暴君」だの「ダメ王子」だのと散々言われてきた男だぞ。今更そんなことを気にするものか!
マリーナ:しかし! あなたは今や立派になられて……!
リチャード:俺のことはいい。マリーナよ、あとはお前の心一つ。俺のことが……好きか?
マリーナ:私は……私は……!
リチャードの瞳に射抜かれ、ついにマリーナの心も決まる。
マリーナ:……私もリチャード様が大好きです!
抱き合う二人。
ダメ王子と呼ばれたリチャードと、聖女と自らを偽ったマリーナ。
しかし、二人は紛れもなくアリエス王国に光をもたらした。
もはや二人を引き裂けるものは誰もいない。
***
後日、国を挙げて盛大な結婚式が営まれた。
リチャードとマリーナの結婚に異を唱える者はなかった。
皆、マリーナがリチャードを導いてくれたことを知っているからだ。
ジェス:おめでとうございます、お二人とも!
ミア:どうかお幸せに!
ロイズ:ううっ……殿下、立派になられて……。
国王:息子よ……この国を頼んだぞ。
皆の祝福に、リチャードとマリーナは満面の笑みを浮かべる。
リチャード:みんな……ありがとう!
マリーナ:アリエス王国がこれからも光に満ちますように……。
結婚後しばらくして、リチャードは正式に父から王位を譲り受け、国王となった。
リチャードの名はアリエス史上一、二を争う名君として、語り継がれることとなる。
その傍らには常に、“聖女”として王を導いたとされる王妃マリーナがいたという。
~おわり~
完結となります。
お読み下さりありがとうございました!