第12話 魔王は村の様子を探りたい
俺とアリーゼが家に帰ると、扉の前には謎のオブジェができあがっていた。
「……なんだあれは」
俺とアリーゼはおそるおそるそれに近付く。
それは縛られ、積み重ねられた人間たちだった。
その数4人。
「――おお、帰ったか! 魔王よ!」
そう俺に向かって言ったのは、先日ダンジョンで拾った竜人、ローインだった。
彼女は一まとめにされた人間たちを指して自慢げに紹介する。
「何やら家を伺う者たちがいたのでな。話を聞いてやろうとしたら襲いかかってきたので、こうして縛り上げたのじゃ」
胸を張ってそう言ったローインに、縛られた人間の少女は声をあげた。
「くっ……殺せ!」
「ちょ、リーダー! 何言ってんの!? 死ぬならリーダーだけで!」
「なんだと!? それでも勇者を目指すボクの仲間か!?」
「ただの冒険者ですぅ!」
口々に声を上げる、自称冒険者と名乗る女性たち。
……えーと。
「なんだこいつらは。アリーゼの知り合いか?」
「い、いいえ! 知らない人たちですけど……」
俺がアリーゼに尋ねると、彼女はふるふると首を横に振った。
それを見て、ローインはカッカッと笑う。
「こやつら殺気を滲ませていたからなぁ。軽くもてなしてやったのじゃ。随分と物騒じゃけど、これが現代の流儀か?」
「いいや違う。ただの不審者だ。よくやった、お手柄だ」
俺がそう言いながらローインの頭を軽く撫でると、彼女は「おほー!」と嬉しそうに声を上げた。
……うむ、思ったより優秀な番犬を拾ったらしい。
自称魔族の英雄相手に俺は雑な扱いをしつつ、冒険者の少女たちに話しかけた。
「――さてお前ら、何が目的でここへとやってきた」
俺がそう尋ねると、リーダー格と思われる剣士の少女がそっぽを向く。
「口が裂けても言うものか!」
「……ふむ。その心意気やよし。ならば口以外にもいろいろ裂いてみるか」
「ま、待ってくださーい! その子以外は喋りまーす! だからどうかわたしたちのお命だけは!」
「お前らー! 裏切るのかぁー!」
……一人だけはやたらと意識高い冒険者が混じっているようだが、他はそうでもないらしい。
魔術師と思われる少女が、説明を始めてくれる。
「わたしらはしがない冒険者の端くれでして、それで旅の途中で寄った村でちょっとした依頼を受けただけなんですよ! いえいえ、真っ当な依頼かと思ったんですマジで! まさかこんなヤバイ案件だとは!」
早口でまくし立てる少女に、他のメンバーがまた続く。
「……森の魔女を連れてこいと言われた。抵抗されない限りは手出し無用と。人さらいではなく、護衛任務と判断した。最近、この辺はゴブリンが出て物騒」
「それでー、いざ来てみたらー、魔族いるっしょー? 竜っぽい子とー、夢魔? かな? いやーびっくりしたよねー」
身軽そうな服装をした仏頂面の少女と、普通の村娘のような服装の少女がおっとりした口調で続く。
そして剣士の少女が声をあげた。
「――なので森に巣くう魔族は討伐せねば! と!」
「このバカが暴走しただけなんで! 本当こいつは煮ても焼いても食ってもいいんで! わたしらは命だけはどうか!」
「おい、マリーナ貴様ぁ! ボクだけを見捨てるのかぁ!」
……やかましい奴らだ。
ギャーギャー内輪揉めをする四人の冒険者たちを前に、俺はため息をつく。
「お前らに依頼したのは誰だ?」
「すぐそこのテルテン村の! たぶん長老的な? おじいちゃんだった! よ!」
剣士が何か言い出す前に、マリーナと呼ばれた魔術師風の少女が答えた。
……時間的に、俺たちとゴブリンが一緒にいたのを知られたわけではないはずだな。
「……妙だな。アリーゼを呼び出すだけなら村人が直接来ればいいだろうに……」
まさか村に行ったとき、俺が魔族だとバレたか?
もしくは以前の野盗が原因で――?
「――チッ、殺しておけば良かったな」
俺の言葉に、四人の冒険者は「ひっ」と声を漏らして震え上がった。
アリーゼが静かに俺の服の裾をぎゅっと握る。
「あの……」
見れば、不安そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
……言わなくとも、彼女の言いたい事はだいたいわかる。なんともお人好しな奴だ。
「大丈夫だ、こいつらは殺さないでおく。これ以上逆らうことがあれば別だがな」
俺の言葉に、冒険者の少女たちの顔には安堵の表情が浮かんだ。
……俺も大概、甘いな。
「だがもしも村人たちがアリーゼを害しようとしているのならば――」
俺は静かに呟く。
「――村ごと消えてもらうしかあるまい」
根本から、原因を断つ必要があるだろう。
* * *
翌日の朝、俺は冒険者たちを縛って置き去りにしたまま村へとやってきていた。
冒険者たちはモニに限界までエナジードレインをさせて眠らせたので、今頃は幸せな夢でも見ているはずだ。
「カカ、隠密行動は久しぶりじゃなぁ。心躍るぞ」
「スパイッスね! 一度やってみたかったッス!」
「……お前ら騒ぐな」
楽しそうに笑うローインとモニ、そして緊張した面持ちのアリーゼを連れて村の近くの茂みに潜む。
アリーゼが狙われている以上、俺の近くにおいておくのが一番安全だろう。
「……村の人間共は、少なくとも数十人以上はいるはずだ。騒ぎになれば面倒なことになる」
ここは人間の国、ラインケイル王国に所属する村だ。
派手に暴れれば王都から大勢の軍隊が派兵される可能性もある。
もしバレた場合、そんなことになる前に口封じの為に村人を皆殺しにするべきだろう。
……だがきっとそうすれば、アリーゼが悲しんでしまう。
「だからどうにか騒ぎになる前に、一人か二人捕まえて話を聞きたい」
俺の言葉に、ローインが眉を細めた。
「――まあ待て魔王。あれを見ろ」
彼女の言葉に言われ目を向ける。
遠くてよく見えない位置だが、あれは――。
「……馬?」
「ああ。数は十。何人か武装した者もおるようじゃな」
確かに彼女の言う通り、何人かの人間がいるようだった。
ローインは品定めをするような目で、村の方向を見る。
どうやら竜人は視力が良いらしい。
「うーむ、武装は悪くないな。冒険者というよりは、正規兵か。何らかの意匠が入っているようだが、わかるか? 魔王よ」
「お前ほど目は良くない。どんな形だ」
俺の言葉に、ローインは地面に落書きするように図を書いた。
下手くそな絵だが、十字に三角形の簡単な紋章だ。
それを見てモニが声を上げる。
「あ、これこの国の紋章ッスね! 魔王様の秘書官になるべく、勉強しておいたッスよ!」
「……まさか騎士団がこんな辺境の村に? 今は魔族とも緊張が高まっているし、南の帝国とも争っている最中だと思ったが」
まさか増え始めたゴブリンごときの為に、騎士団が自らやってくるとは思えない。
それこそ冒険者の仕事だ。
――となれば、騎士団には別の目的がある?
「……ローイン、他に村人はいるか?」
俺の言葉に、竜人の少女は目を細める。
「……見当たらんなぁ。人のいる気配はあるようじゃが、皆家の中に閉じこもっておる」
「――嫌な感じだ」
数日前に村を訪れたときと比べると、明らかに異常だ。
「ローイン、どこか村人がいそうで、外の奴らに気付かれることなく忍び込めそうな家はあるか?」
「少し待て」
ローインは背中の小さな翼をバサリと動かすと、音もなくふわりと浮かぶ。
彼女はしばらく村の方を見降ろした後、静かに降りて小さな藁葺きの家を指さした。
「あそこの家に誰かおるな。裏から回れば誰にも気付かれず侵入できる」
「わかった」
俺は後ろの三人に目配せをする。
「……ローイン、アリーゼを頼む。モニ、行くぞ」
「はいッス!」
俺は小うるさいサキュバスを連れていくことにする。
彼女の性格はさておき、サキュバス種の固有スキルである【エナジードレイン】は有用なスキルだ。
音もなく相手を無力化できる能力なので、隠密行動に向いている。
静かに村へと近付く中、モニは小さな声で俺に囁いた。
「――名采配ッスよ、魔王様! さすがッス!」
「黙ってろ」
モニのお調子者な性格を気にかけつつ、俺たちは村の民家の裏手へと回った。