第11話 魔王は軍勢を手にしたい
「狭い。暗い。天井が低い」
「ご、ごめん魔王様……」
迷路のような洞穴を先導するゴブリンに俺はそう言い放った。
そこは森の中にある、入り口の小さな洞穴だった。
どうやら自然に出来た洞窟らしく、入り口は複数あって入り組んでいるようだ。
「……ここならトロールなんかの大型の魔物は入ってこれないし、ゴブリンは暗所でも少しの光があれば夜目が効くからね。下手に大きな洞窟や遺跡なんかより、ここの方がずっと安全だ」
小さな松明をかざしながら、薄暗い洞窟の中をゴブリンのダンが案内する。
ゴブリンたちにとって、小さな火種でも洞窟の奥まで見通すのには十分な光量らしい。
たまにゴブリンたちとすれ違う度、彼らは遠巻きにちらちらと俺とアリーゼの姿を見るのだった。
「ゴブリン以外の姿は珍しいか」
「……俺らは部族以外とはあまり接触を持たない。無用な争いは避けてきた。でもそれも限界だ」
ちらほらと子供のゴブリンの姿を見かけた。
これ以上増えてしまうと、この洞窟も手狭になるのだろう。
そうして少しの間だけ歩き、俺たちは洞窟の最奥と思われる広い空間へと出る。
「――族長!」
ダンが声を上げると、杖を持ったゴブリンの老人が警戒心を露わに近付いてくる。
「ダンよ、いったいどうしたのだ。そちらの者は誰だ」
チラリと後ろを見ると、武装したゴブリンたちが洞窟の影からこちらの様子をうかがっていた。
俺たち二人の来訪者に注目が集まっている。
――ふむ。
「族長、この方は――」
「――余は!」
ダンの言葉を遮り、俺は右腕を前方に掲げる。
「――歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世!」
左腕を腰に当て、声を張り上げた。
「何人も余の前にひれ伏し、恐れ戦くがいい!」
洞窟の中に声が響き渡り、驚きからかゴブリンの老人は目を丸くする。
遅れて隣のアリーゼがパチパチと手を叩く音だけが響いた。
ダンがフォローを入れるように、口を開く。
「こ、この人は本当に強いんだ! 一人でトロールを倒したんだぜ! 証拠に首も持って来て、入り口に置いてある!」
「なんと……」
ダンはトロールの首を抱えてきたが、衛生上の理由から入り口に飾ってきた。
しばらくすれば朽ち果てて頭蓋だけが残ることだろう。
「族長! 魔王様が俺たちを率いてくれれば――!」
「――ダン、お前の言いたいことはわかった」
勢いよく語るダンを、ゴブリンの老人は手で制した。
「少し我々だけで話がしたい」
「族長、でも……!」
「安心するのだ、ダン。少なくとも私はお前の考えは悪くないと考えている」
老人は俺を見てそう言った。
俺は腕を組むと、頷いてみせる。
「許す。だが変なことは考えるなよ。俺に従わないからといって危害を加えるつもりはないが、俺に対して刃向かった場合はべつだ。ゴブリンの集落の一つや二つ潰すのは、路傍の石を蹴り飛ばすよりも容易なこと」
俺はそう言って、アリーゼを従えて部屋を出る。
ゴブリンたちが俺に従わなかったとしても、最悪敵対しなければここに来た意味としては十分なものだろう。
俺は何人かのゴブリンとすれ違いながら、広間の外で彼らの返事を待つことにした。
* * *
「うおおお! 見よ、これぞ古の魔神兵装ゴブリンウォーズ!」
「わあー! 魔神だー!」
俺が両手両足に子供のゴブリンたちを絡みつけながらポーズを取ると、それを見ていたべつの子供たちが笑いながら手を叩いた。
見ればアリーゼも一緒になって拍手している。
「ふっ……。魔王たるカリスマをまた発揮してしまったか……」
俺がゴブリンの子供たちを引き剥がしていると、相談が終わったのか奥からダンが姿を見せる。
「魔王様……子供好きなのか?」
「否。……しかしアリーゼは気に入ってるようだ」
アリーゼはゴブリンの子供たちに手遊びを教えてたりしており、俺よりもゴブリンたちに馴染んでいる。
「人間なのに優しいんだな、あの人」
「そうだろう。アリーゼは余の自慢の……」
言いかけて、俺は言い淀む。
……アリーゼは、ええと。
「……自慢の、眷属だ」
「眷属。部下みたいなもんか?」
「……というよりはその、なんだ、まあいい。それより話はどうなったのだ」
俺が話を逸らしながら、ゴブリンの老人たちの前に立つ。
そこには老人の他に五人ほどの、しっかりとした体格のゴブリンたちが集まっていた。
中央に立つ、族長と呼ばれた老人が口を開く。
「――我々ガ族は、あなたを指導者として受け入れようと思います」
そう言って、五人のゴブリンたちも頭を垂れる。
俺は頷いてみせた。
「よかろう。お前たちの命、この魔王リンド・リバルザイン三世が預かる! ガ族の繁栄、余が約束しよう!」
俺の言葉にゴブリンたちは「はっ」とそれぞれ口にして、恭順の意思を示した。
「――少しはダンから聞いているが、ガ族の状況を正直に教えるがいい。決して悪いようにはしない」
俺の言葉に、長老が頷いて前に出る。
そうしてしばらく、俺はゴブリンの現状について説明を受けるのだった。
* * *
「すんなり話が通りましたね……。リンドさん、本当に凄い人だったんだ……」
「なんだその感想は。余のことを信用していなかったのか」
「いえ、そういうわけではないんですけど……えへへ」
帰り道。
ゴブリンたちに葡萄と交換する形でいくつかの食材を分けてもらいながら、俺とアリーゼは帰路についていた。
日は沈みかけているが、この調子ならギリギリ真っ暗になる前には家に着くことができるだろう。
俺はアリーゼに対してため息をつく。
「……とはいえ、正しい認識はしておいた方がいいな。あいつらは余を信用しているわけではないから、お前は隙を見せるんじゃないぞ。人質に取られるかもしれない」
「……え?」
アリーゼは俺の言葉に、首を傾げつつ聞き返した。
「リンドさん、ゴブリンさんたちに魔王様として認められたわけではなかったんですか……?」
「残念ながら、違う。あいつらは余の顔を知っていたわけじゃあないし、そもそも魔王だと思ってすらいないかもしれないな。せいぜい『もし本当だったらラッキー』程度だろう」
「えええ……?」
俺はフン、と鼻を鳴らす。
少々腹立たしいのは事実だ。
「あいつらが必要だったのは『部族を分裂させない為に必要な何か』だったんだ。それが魔族を統べる魔王の勅命となれば、元々この地へ逃げてきたゴブリンたちの末裔として大義名分が成り立つ」
ゴブリンにとって、俺が本物の魔王かどうかなどということは、どうでもよかった。
目下部族が分裂せず、一致団結できる為の存在として部族たちをまとめあげられればそれで良かったのだろう。
その証拠に、長老――元々族長と名乗っていた老人のゴブリン――は俺に対して魔王かどうかなど全く確認せずに話を進めていた。
突然出会った魔族が「魔王だ!」と名乗ったからといって、それを「はいそうですか」と全員が信じるわけではないだろう。
……残念ながら、それで信じてもらわなければいけない状況なわけだが。
そういう意味では、お互いの利益が合致したと言える。
「だからあいつらは忠誠心を持って余に従っているわけではない。現状、余が役立たずだと思われればゴブリンたちは躊躇無く余を切り捨てる」
「ひえ……。大丈夫、なんですか?」
アリーゼが俺に尋ねる。
しかし俺はそれに笑って見せた。
「――アリーゼよ、魔王とは称号ではない。存在なのだ」
俺の言葉に、アリーゼは瞬きをする。
俺は言葉を続けた。
「余が本物の魔王かどうかなどは、ゴブリンには関係ない。それは逆に言えば、余がきちんとした指導者として奴らを導けば自ずと彼らはついてくるということでもある」
彼らに利益と繁栄をもたらし、そして俺に従うことが一番安全だということを実利として教え込む。
――もしそれができなければ。
「せいぜいゴブリンたちに背中から斬られないよう気を付けるとしよう。……なに、お前は何も心配することはない」
俺はアリーゼに語りかける。
空の夕陽は山の向こうに沈もうとしていた。
「――余は、魔王だからな」




