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第10話 魔王はゴブリンに協力したい

「ふっ、それではさらばだ。ゴブリンよ」


 俺はそう言ってその場を後にしようとする。

 すると頭を下げていたゴブリンが俺の足元に追いすがった。


「――お待ちください、魔王様!」

「む、なんだ。余は様々な仕事を抱えており忙しいのだが」


 もう少し葡萄を採りたいし、日が暮れる前に帰りたい。

 そんなことを考える俺に、ゴブリンはより一層強く俺の足を握りしめた。


「せ、せめてお話を聞いていただくだけでも……!」

「しかし――」


 俺が言いかけてアリーゼを見ると、彼女と目が合った。

 彼女は見れば自身の服に結びつけていたリボンをほどき、それで小さなゴブリンのもとに近寄っている。

 どうやら小さなゴブリンが転んで怪我をしている様子を見て、手当てしようとしていたらしい。

 ――お人好しな奴だ。


「――少しだけなら聞いてやる。言ってみろ」


 俺がそう言うと、ゴブリンと一緒にアリーゼまでもが一緒になって笑顔になった。

 俺は咳払いをしてゴブリンに話の続きを促した。


「それでこの魔王の足を止めてまで話したい用事とは、何事だ」


 俺の言葉にゴブリンは真面目な表情を浮かべ、話をしだす。


「――俺の名前はダン=ガ。ガの族のダン。こっちは弟のバン」


 彼が後方に視線を向ける。

 そこではアリーゼが転んだ小さいゴブリンの怪我の手当てを始めていた。

 ダンは頭を少し下げ、アリーゼに礼を示す。

 そして改めて俺の方に向いた。


「俺たちは親の代も、その前の代も、ずっとここいらで暮らしてきた。……魔族の支配地からも遠いから魔王様にお願いする義理はないのかもしれないけど、でも人間と仲良く暮らしてきたわけじゃない」


 ダンはアリーゼの方をちらちらと伺いつつも、言いにくそうに言葉を濁す。

 俺はてのひらを彼に向けつつ、「良い」と答えた。


「お互いの今の状況については置いておけ。要件を手短に頼む」


 ……よく考えれば人間であるアリーゼと協力している今の状況、魔族軍に追われていてもいなくても、見られて良いものではない。

 それは魔族の王として良識を問われかねない状態ではあった。

 ただゴブリンたちも魔族として軍の指揮に入っているわけでもないので、俺は話を逸らすことにする。

 そんな俺の言葉に頷いて、ダンは言葉を続けた。


「ガ族は戦いから逃げた臆病者の部族だ……。でも族長は弱いゴブリンを守る為に、その選択をした。そしてそれはしたたかに、若く強いゴブリンを育てるのに成功した」

「ふむ、若く強い……」


 俺はダンの姿を見下ろす。

 彼はその視線に気付いて、頭を掻いて恥ずかしそうにした。


「お、俺も弟もまだ子供だ。トロールには、ちょっと勝てない。でもきっと、俺たちの部族が力を合わせれば、トロールにも勝てた、はずだ。その証拠に、トロールは子供しか襲ってこなかった」


 ダンは気まずそうにそんなことを言う。

 トロールは再生能力は強いが、それにも限りがある。

 体力が尽きるまで追い込めば、たしかにゴブリンの群れでも勝機があると言えよう。


「俺たちの部族は、今や百を超える。部族の半分以上、女も子供も戦える」

「……ほう」


 たしかにそれだけの数があれば、さすがのトロールといえど一体では歯が立たないことだろう。

 魔族の中では弱い種族であるゴブリンではあっても、数の力は強力だ。


「……だけどそうなったら、今度は部族の中で争いが出て来た」


 彼は悲しそうに目を伏せた。


「部族の中で、今こそ戦うべきだという声が上がっている。だが老人はまだ早いと言う。でもこのまま採取だけしていては、食料も足りなくなる。良い土地もないし、人間を襲うしかない。最近では水場を争って戦いになりかけたことも、ある」


 近場の村とゴブリンたちの間で、小競り合いが起こっているらしい。

 おそらくは権力抗争に負けて魔族の支配領域を追い出されたゴブリンたちが、今度は人間の領域内で争っているらしかった。


「毎日言い争ってて、まとまらない。戦うなら、みんなの力を合わせる必要がある。戦わずしてみんなで生きるには、食料が足りない」


 どうやらこのゴブリンは、若いながらにも現在の部族の行く末を案じているらしい。


「このままではガ族は分裂してしまう。でも分裂しても上手くいかないだろうし、分裂しなくとも子を減らして生きていくことになる……それでは未来がない」

「……それで俺にどうしろと言うのだ」


 俺の質問に、彼はまっすぐにこちらを見つめた。


「……魔王様! ガ族をまとめ上げて欲しい!」


 彼はそう言って、頭を下げる。


「魔王様は腕っ節も強い! それにきっと、たくさんのことを知ってる! きっと魔王様の言うことなら、どんな命令でもガ族のみんなは言うこと聞く!」

「……うむ。余は魔王だからな。少し考えよう」


 ダンの言葉に俺はとりあえず頷き、考え込む。

 ――どうする。

 俺は自問自答する。


 ――余は誰だ?

 当然、余は歴代最強の魔王リンド・リバルザイン三世だ。


 ――だがその現状は?

 ……魔王城を追い出され、正式な配下はゼロ人で、配下の候補は現在三人。

 眷属打診中の人間の薬師・アリーゼ。

 居候先に押しかけてきた未熟なサキュバス・モニ。

 自称英雄の勝手に着いてきた竜人のペット・ローイン。

 そして目の前には、主を求めるゴブリンの部族。


 ――ゴブリンの軍勢は心強いか?

 答えはいいえ(ノー)

 こんな僻地の、しかも戦いとは縁遠く士気も練度も低い軍勢だ。


 ――彼らの王となり人間と戦うのは、ベストな選択か?

 これも答えはいいえ(ノー)

 俺は魔族の軍勢とは敵対中のお尋ね者だ。

 人間の領土内でゴブリンの王を名乗れば、間違いなく人間からも敵視されることだろう。

 近場の村を襲おうものなら、討伐隊が派遣される可能性も高い。

 最悪、魔族軍と人間の軍からの二正面で追っ手と戦うことになる。


 ――ならば。


 俺は悩みながらも、アリーゼに視線を送った。

 彼女は弟のゴブリンの傷の手当てをし終わったようで、笑みを浮かべている。

 対する小さなゴブリンも笑顔で彼女に笑い、懐いているようだった。


「――アリーゼ」

「ひゃ、ひゃい!?」


 突然俺に声をかけられ、彼女は返事をする。


「お前は……どう思う?」

「え、ええ!? わたし、ですか……!?」

「……べつに気を張らんでもいい。参考に聞くだけだ」


 たとえばアリーゼが「人間の味方をしろ」と言ったところで、俺がそれに従うわけではない。

 ただ俺とは違う視点での意見を聞いておこうと思った。

 アリーゼは少し考えてゴブリン二人と俺の顔を見比べたあと、口を開いた。


「――わたしは……受け入れてもらえるなら、リンドさんがリーダーになった方がいいと、思います……」

「ほう? それはなぜだ」


 ――やはり俺の指導者としてのカリスマ性という奴が、アリーゼにはわかっているのかもしれない。

 そうほくそ笑む俺ではあったが、彼女が続けた言葉は予想していないものであった。


「――麦が不作になりそうなんです」

「……ん? むぎ?」


 アリーゼは聞き返す俺に頷く。


「庭のアカネギ草の実りが良くない年は、麦の成長が遅いんです。たぶんお天気の日が少なかったり、その割に暖かい日が多いのが影響してるとは思うんですが……」

「……それで不作になる、と」

「はい。そうなると食料不足で、山の食料を求めて村の人たちが森に入ることが多くなります。そうなるとゴブリンさんたちと衝突するのは避けられない……のでは……? なんて……?」


 アリーゼは自信なさげにそう答えた。


「……なるほど。薬師ならではの意見だ」


 アリーゼの見立てとゴブリンの部族の話を合わせて聞くに、おそらくゴブリンたちと人間との衝突は免れないことだろう。

 そうなったとき、山に住み村とも交流もあるアリーゼは巻き込まれる可能性が高い。

 ――最悪、魔女とかいう噂に尾ひれがついてゴブリンのスパイだなんて話にもなるかもしれない。

 ゴブリンが人間と戦うのか、それともまだ機を伺うのかは別にしろ、この山に住み続けるのであればその手綱は握っておいた方がいいだろう。


「――わかった」


 俺はアリーゼに向けて、深く頷いて見せる。

 そして最後に、俺は自分自身に質問を投げかけた。


 ――これは、チャンスか?

 ……答えは、はい(イエス)だ。

 ゴブリンとはいえ百の軍勢を持つ機会。

 ささやかな戦力ではあるが、魔王城を乗っ取った魔族軍に対抗する足掛かりになるやもしれない。


 俺は改めてダンを見下ろし、胸を張った。


「――受けよう、その提案。お前の部族の下へと案内するが良い! 魔王たる余の配下、ダン=ガよ!」


 俺の言葉を受け、ダンが自身の胸の前で拳を合わせる。

 おそらくゴブリン流の敬礼だろう。


「――はい、魔王様! ありがとうございます!」


 そうして俺とアリーゼの二人は、ダンとその弟に森の奥へと案内されるのであった。

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