第09話 魔王は美味しい葡萄が食べたい
「アリーゼよ……食料は大丈夫か」
「大丈夫……と言いたいところですけど、そんなに備蓄はないですね……」
アリーゼに世話になってしばらくなる。
元々はすぐに出て行くつもりだったが、アリーゼがいろいろと世話焼きな気質であることと、アリーゼ自身を我が配下としたいという目論見もあって、彼女の家への滞在が伸びていた。
しかし城から俺を追ってきたモニに加え、先日長い間封印されていた自称魔族の英雄ローインが居候として住みだしたことで、世話をするアリーゼに負担が集まっていた。
俺も含めて居候相手に食事まで用意する必要はないのだが、アリーゼは持ち前の優しさからか常に俺と他居候二人分の食事を用意している。
彼女曰く、「大人数で食べた方が美味しい」とのことではあるが……。
「ふむ……。さすがに食べ物は我々で調達せねば」
「……あ、それだったら」
俺の言葉にアリーゼがポン、と手を叩く。
「何か妙案があるのか」
「はい。森の西側に、森葡萄が自生してるんですよ。たくさん」
「ほう、森葡萄か」
果物となれば滋養もあるし、ジャムやワインなどに加工すれば保存も利く。
酸味の効いた甘さを思い出す俺をよそに、アリーゼは言葉を続けた。
「……でも最近、西の方には魔物が出るらしくて」
「魔物か。……この付近であれば、魔王軍の者ではないと思うが」
魔王軍の息のかかったものであれば、俺の居場所を嗅ぎつけて増援が送られる可能性はあるだろう。
だがここは人間どもの領域で、さらにその端も端の僻地である。
「おそらくは軍属ではないはぐれ者、もしくは野盗か何かだろう。余に任せるがよい」
「は、はい。ありがとうございます……」
アリーゼはそう言って笑い、葡萄狩りの支度を始める。
俺も小さな頃を思い出し、少しだけワクワクするのだった。
* * *
「あ、甘い……。ちょうど良く熟れてますね」
カゴに聖剣を背負い、ガチガチの採取スタイルとなったアリーゼが森葡萄をつまんでいた。
俺の方も背中のカゴにどんどんと葡萄を放り込んでいく。
「この辺は背の高い草が多いな。そこらに魔物が潜み、お互いに認識しないまま遭遇するかもしれん。余から離れるなよ、アリーゼ」
弱い魔物であればたとえ知性が低い魔物であっても、魔物から近付いてくることはないだろう。
しかしこのような場所だと出会い頭に驚いた魔物が襲いかかってくる可能性もあった。
そうして俺が周囲に注意を配っていると――。
「……今のは――悲鳴、か?」
俺の言葉にアリーゼは首を傾げつつ、その動きを止めた。
どうやら聞こえなかったらしいが、俺は口元に人差し指を立てて「声を出すな」とジェスチャーをしつつ、耳を澄ませる。
同様にアリーゼも耳を澄ませていると、また声がした。
今度はアリーゼも聞こえたようで、こちらを見て頷く。
「……様子を見に行こう」
俺は小さくアリーゼに声をかけて、声の聞こえた方に足を進んだ。
茂みを掻き分けつつ、なるべく音を立てないように音の方向へと進む。
「――ぎゃー! 逃げろ、にげろー!」
すると今度ははっきりと声が聞こえてくる。
茂みに隠れつつ遠巻きに様子をうかがっていると、その声の主が見えた。
「……ゴブリンか」
俺が呟く。
そこにいたのは身長の低い緑肌の亜人種の魔物、ゴブリンだった。
醜い体に牙を持ち、その手には申し訳程度の棍棒を持っている。
体格から見て、まだ若いゴブリンだろう。
さらに小さい子供のゴブリンの手を引きながら、何かに追われているようだった。
「――グオオオー!」
追う側もまた、姿を見せる。
熊をも越える身長に、でっぷりと脂肪を蓄えた体。
ゴブリンよりも何倍もデカイそれは、捕食者の目でゴブリンたちを追っていた。
「あれはトロール……こんなところにいるとはな」
トロール。
巨大な体格と強い再生能力を持つ、大型の魔物だ。
本来は寒冷地に住む種なので、この辺にいるということは迷子か何かだろう。
魔物同士が追いかける状況を前に、俺は声を潜めた。
「さて、この場はやり過ごすとして……」
ちらりとアリーゼを見ると、その視線はゴブリンを追いかけていた。
手を握り、不安そうにゴブリンたちを見つめている。
「……アリーゼ。どうした?」
「あ、いや、ちょっと……可哀想だなって」
心配そうに見つめるアリーゼに、俺は腕を組んだ。
トロールだって食料を得る為にゴブリンを捕食しようとしているのだろうが……。
「――助けたいか?」
「え? あ……はい、できれば……」
アリーゼは自身なさげにそう答えた。
……まあ、本来トロールはこんな場所に生息する魔物ではない。
それにゴブリン程度なら片手であしらえるが、トロールともなると不意を突かれればアリーゼに危害が及ぶことも考えられる。
葡萄狩りを安全に続けるには、トロールを退治する必要があるだろう。
――つまり。
「――アリーゼ」
「は、はい……きゃっ」
俺は彼女を抱き寄せる。
そして首筋が露出するように、胸元をはだけさせた。
「あっ……」
「……少しだけ、血をもらうぞ」
「んっ……!」
彼女の首筋に、口付けした。
* * *
「はぁっ……はっ……! ――ロゼ!」
小さなゴブリンが転び、それに前を走るゴブリンが手を差し伸べた。
「泣くな、ロゼ! お前は誇り高き戦士の子だろう!」
涙目になっている子供のゴブリンを、彼は慌てて抱き起こす。
しかしその間、後ろから追いかけるトロールは見ているだけではない。
「グゲ……ゲ……!」
トロールはいやらしくその顔を歪めて笑うと、小さなゴブリンの頭を掴む。
「――ロゼ! やめろ! このっ……!」
慌ててゴブリンはトロールに殴りかかるが、効果があるようには見えない。
トロールは手の中の小さなゴブリンにかじりつこうと、口を大きく開けた。
「ロゼー!」
「――頭を低くしていろ。死ぬぞ」
声をかけながら、俺は地を蹴った。
聖剣を振るう。
アリーゼの血を吸った今、その剣はまるで羊皮紙のように軽かった。
「グ……ゲ……!?」
トロールの腕が落ち、その手の中から小さなゴブリンが解放され地面に投げ出された。
トロールは慌てて地面に落ちた腕を拾い、自身の腕の切り口へとくっつけた。
トロールの再生能力は強い。本来であれば切り落とされたばかりの腕はくっつければ再生するのだろうが……。
「……ゴゲ、ゲェー!?」
「ふん……。この聖剣、本当に聖剣か? 凶悪な力を持ちおって」
ローインに聞いた通り、この剣は再生力が高い魔物に対して絶大な力を発揮するらしい。
俺の後ろで、投げ出された小さなゴブリンを、もう一方のゴブリンが抱き寄せる。
「あ、アンタ、何者……!? どうして、俺たちを……!」
ゴブリンの言葉に、俺は振り返りもせず答える。
「――余は歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世!」
剣を振るい、トロールのもう一方の腕を切り落とす。
「グゲゲェー!」
「何人も余の前にひれ伏し、恐れ戦くがいい!」
そして最後に首を落として、トロールを絶命させた。
ずしん、とその体が倒れる。
トロールが死んだのを確認して振り向くと、ゴブリンがこちらを見上げていた。
「魔王……様!? 魔王様が助けてくれた! 魔王様、ありがとうございますっ!!」
ゴブリンが小さなゴブリンを抱きしめつつ、頭を下げた。
――礼儀がなっているゴブリンだな。
俺は魔王城の奴らよりも随分と敬意を持って接してくれるゴブリンを相手にして、今後何かあったらゴブリンには優しくしてやろうと心に決めるのだった。




