第13話 魔王は人と仲良くなりたい
「……いた」
裏手の窓から家の中を覗くと、椅子に座る老翁の後ろ姿が見えた。
どうやら一人らしい。
「ここは任せるッスよ」
小声でモニがそう呟く。
俺は少し迷いつつも、モニに頷いて見せた。
まだ若いとはいえ夢魔サキュバスきっとスマートに情報を引き出してくれることだろう。
「秘書官になる為、訓練したッスから……!」
モニはそう言うと、外側から窓をゆっくりと開けた。
鍵はかかっていない。
防音魔術を使っているらしく、無音で窓が開ききる。
まだ老人が気付いていないことを確認しつつ、モニはその身を部屋の中へと滑り込ませた。
そして入りざま、部屋の中に吊されていた大根を手に取る――大根?
彼女は一息で老人に近付くと、その首筋に大根を突きつけた。
「――動くな。動いたら首が飛ぶッスよ」
「……ヒッ!?」
老人が声をあげると同時に、大根が彼の首筋に押し付けられる。
「こちらの質問以外の言葉を出したら殺す。騒いだら殺す。動いたら殺す」
モニの言葉に老人は動きを止める。
……あれ? これ秘書官もサキュバス関係ないな?
モニの思った以上にスタイリッシュな動きに、俺は一人動揺していた。
彼女は引き続き尋問を続ける。
「外の者は何者だ? 村に何が起こっている?」
「……き、騎士だ。私たちは彼らの命令で、人質に取られている」
「……人質?」
モニが聞き返すと、老人は頷いた。
「彼らは先日やってきて、古の勇者の血を引く者を連れてこいと言った。連れてこなければ、村人の財産を差し押さえると」
――古の勇者。
なんだか、どこかで聞いた話のような。
続けて老人は話を続ける。
「だ、だが心当たりが無い。本当だ。このままでは村の財産が強奪されてしまう……」
老人の言葉に、モニが尋ねた。
「……少し前に冒険者が村に来たな? あれは?」
「き、来た。騎士に追い払えと言われたが、何とか偶然村を訪れた彼女たちに助けを求めたかった。それで……森の魔女の育てた娘を思い出した」
アリーゼのことだ。
俺は自然と身を乗り出し、老人の話に耳を傾ける。
「彼女なら村の異常に気付いているかもしれないと思った……。それでなくても、少しの間騎士たちを誤魔化す時間稼ぎになる……」
どうやらアリーゼを捕まえる為ではなく、助けを求める為に村人たちは冒険者をよこしたらしい。
……村人にとっての誤算は、あの冒険者たちが致命的に勘が悪かったということだろう。
――さて、そうなると。
俺が頭の中で状況を整理していると、家の表の方から男の声がかかった。
「――おい、村長! 話がある! 出てこい!」
その声に、老人はびくりと顔を上げた。
モニは彼の耳元で静かに言葉を告げる。
「それではあたしはこれで。どうか内密に」
「あ、あなたはいったい……」
「……あたしはあの冒険者たちの存在を知っていた。あとはわかるッスよね?」
「おお……! まさか助けが……!?」
モニはそれに答えず、すぐにこちらへと駆けてきてするりと窓を飛び出した。
――嘘は言ってないな。
彼女は俺の横に着地すると、茂みを指さす。
「魔王様、一端隠れましょう」
「――ああ、だいたい状況はわかった。……大根は置いてけ」
モニは窓辺に大根を置き、そして俺たちはその場を離れる。
そして村外れで待機していたアリーゼとローインに合流した。
「……どうやら村人はあの騎士たちに軟禁されているようだ。外に動きはあったか?」
俺の言葉に、ローインは首を縦に振った。
「他にも合流してきた奴らがおるなぁ。これで全部で三十ぐらいじゃ」
「……古の勇者を探しにきた正規兵三十、か」
俺は頭の中で状況を整理する。
騎士たちが狙っているのは、アリーゼのことだろう。
勇者の血筋とやらにどれだけの価値があるのかはわからないが。
ならば状況は――。
「――少しまずい、か」
俺は独り言のようにつぶやく。
「このままでは騎士は村人から財産を徴収する。そうなった場合、食い詰めた村人はほぼ確実にゴブリンたちの縄張りとかち合う」
食うに困った者ほど面倒な相手はいない。
飢えた狼と一緒で、死を恐れずに戦うのだから。
「……幸い、今の所アリーゼは村から敵視まではされていないようだ。このまま静観することもできる」
「それは……」
アリーゼが俯き、悲しそうな顔をする。
その場合はゴブリンと村人の間で凄惨な戦いへと発展することだろう。
そしてそれを彼女が望まないことも知っている。
ローインがため息混じりに口を挟んだ。
「――まったく領民の金を取り上げるとは、騎士の風上にもおけぬやつらじゃ。見ればその鎧の塗装も雑だし、この国はそれほどケチなのか?」
肩をすくめるローインの言葉に、俺は眉をひそめた。
「……待て、ローイン。それは確かか?」
「ん? ああ、わらわの時代ではそのような恥ずかしいこと、魔族はもちろん人間であれ――」
「――いや、そこではなく」
俺は彼女に改めて尋ねる。
「塗装が雑、と言ったか?」
「あ、ああ。遠目に見てもよくわかる。あれは素人がそこらの塗料で描いただけの柄じゃろうな。自国の紋章だというのに、奴ら――ってもしや」
どうやらローインも気付いたらしい。
さきほどローインに紋章の落描きを描いてもらったとき、地面に描かれたそれは歪んでいた。
てっきりローインの絵が下手なのだと思ったが……精巧に描き写したのだとしたら、話が変わってくる。
アリーゼが首を傾げつつ、俺に尋ねた。
「あの……どういうことです……?」
「……正規兵に相応しい、きちんとした剣や鎧といった整った装備はそこらの盗賊が用意できるもではない。だから奴らは間違いなく正規の騎士だ」
奴らは装備に金をかけている。
――そんな騎士が、領民から財産を強奪しようとするだろうか。
「紋章は所属を示す者で、騎士の権威の象徴だ。戦場においては装備が借り物のボロだとしても、旗だけはきちんとした造りの物を用意するぐらいにな」
だが彼らは不釣り合いにも、その鎧には塗装が剥げかけたような雑な紋章が描かれている。
それはつまり――。
「――奴らは所属を偽装した、別の国の騎士だ。そらなら他国の領民から略奪を行うのも、不思議ではない」
俺の言葉にモニが「なるほど!」と手を叩く。
ちゃんとした装備に、偽装の印。
――そしてそうなれば、話は変わってくる。
「この国の正規兵と戦うとなれば、ゴブリン100の軍勢で刃向かっても、すぐに増援がやってきて潰されることだろう」
だが、隠れて行動している他国の軍なら?
「――喜べ。奴らはひねり潰していい相手だ」
俺の言葉に、モニとローインは楽しそうな笑みを浮かべた。
「そして上手くやれば、ゴブリンと人間どもの間に平和的な関係を築けるかもしれん」
「え、本当ですか……!?」
今度はアリーゼが笑みを浮かべる。
村の近くで長年暮らし、ゴブリンの子供たちとも遊んでいたアリーゼならではの反応だろう。
――俺にとって人間は長い間、敵だった。
だが魔族に裏切られた今、敵も味方もないだろう。
――使える物は利用する。
俺の敵は、俺に逆らう者だ。
「アリーゼ、モニ、ローイン。……協力しろ」
俺の言葉に、三人は頷く。
――ゴブリンと村人の間に友好の橋を築き、双方の人心を掌握する!
「作戦名――ゴブリン仲良し包囲網! お前たち、着いてこい!」
俺の言葉に、モニが応えた。
「その名前はダサいッス」
……なん、だと――!?




