21話 こうぎ
帝国立アルケミスト大学。
帝国内にある唯一にして、世界最高峰の学問施設である。
この学び舎では、意欲のある学者たちが日々研究に没頭している。
広い構内のなかでも、一番離れの教室で、本日はある講座が開かれていた。
ニッチな分野を研究しており、学内でも変わり者の呼び声が高い研究者、リビート女史の講義である。
教室内の生徒は10人にも満たない。変わり者の講義を受ける者もまた変わり者しかいないのだった。
本日のテーマは「魂学基礎」。第二回目であった。
リビート女史は、生徒のひとりに問う。
「さて、前列の君。前回は1時間ほどかけて、魂の存在を論理的に説明したわけだが、納得していただけただろうか?」
生徒は、はい、とうなずく。
「いままで、魔力や魔法と呼ばれていた、目に見えない力の正体を、エネルギー体、通称『魂』の移動によるものだとする先生の説は、革新的でした」
リビート女史は、生徒の反応に微笑む。
「ふふ、説か。私にとってはこれは揺るがぬ事実であるだがね。まあいいさ。君たちは頭がいい。情報の取捨選択は、各々行ってくれたらよいさ。では『魂』はある、とした前提で、いまから講義を再開させてもらうよ」
女史は、自身の書いた分厚い本をめくった。
「54ページ。魂の最小単位の定義についてから話していこうか」
黒板に、無数の四角形を描く女史。
適当に並べて描いていたかのようだったその四角形は、やがて遠目から見ると、人型を構成していることがわかるようになった。
「生物は、このように細胞が集合してできているということは、生物学に明るくないものでも知っていると思う。
魂は、この細胞ひとつひとつに宿っている」
いくつかの四角形の中心に、丸を描き足すリビート女史。
「生物はこのように体の各部に少量ずつ魂を宿しており、それが集合して、一生命体分の魂が構成されている」
板書をする音が教室内に響く。
「例えば、足の細胞には足の魂が宿っている。もし事故で足が切断されでもしたら、その人物から足の魂は失われるのだ」
生徒のひとりが手をあげる。
「先生。では、生まれながらの身体障害者は?」
「うむ。差別的なことは言いたくないので、あくまで学問的回答になるが、そのような方は、魂の総量が出生時から少ないことになるね」
なるほど、とメモを取る学生。
「魂が肉体依存だということは、成長して身長体重が大きくなれば、細胞も増えるから、魂の総量も増えることになる」
「それはつまり魂は細胞分裂ごとに増えていくということですか?染色体のように?」
「いや、そうではないね。ここで、あくまで肉体は魂を入れる器という考え方を君たちには持って欲しい」
再び四角形を黒板に書く女史。
「細胞分裂で新たな細胞が生まれるね。すると、この細胞のなかに、体外から魂が入り込んでくるんだ。
そうだな、イメージとしてはウイルスのように」
「……?魂というのは、人間が生まれながらにして持つものではなく、ウイルスのように後天的に得るものだというのですか?」
「理解が早くて助かるよ。その通りだ」
しかし、学生はまだ感覚的には理解していないようであった。彼は、「魂」という言葉を人間を人間とあらしめる核として認識していた。
そのため、魂は元から持っていたものではなく、外部から入り込んできたものだとする説明は、すぐには実感できなかったのだ。
リビート女史は、ふむ、と顎をかくと、例え話を始める。
「君は、鶏肉を食べるかい?」
「はい。大好きです」
「では、君は鶏肉を食べた。鶏肉は消化器で吸収され、タンパク質、アミノ酸へと分解されていく。
そして、そのアミノ酸は最後はどうなる?」
「僕の肉体の一部になります」
「その通り。我々を構成しているものなんて、実のところ外部から後天的に摂取したものばかりなのさ」
帝国領の森の中に、少女ホミンと浪人リベンジJr.はいた。
ホミンは小さな腕を伸ばして、Jr.に示す。
「見ていてください。……はっ!」
掛け声とともに、ホミンの腕が光り出した。白く輝くそれは、暖かみを感じた。
「この状態で、そうですね、例えばそこの枯れ木を殴ると……」
ホミンはよろけながら、大きく腕を引き、
思いっきり、近くの老木を殴った。
老木はミシミシと音を立てる。ホミンが拳を話すと、殴った部位は大きく凹んでいた。
か細い腕から生み出されたとは思えないほどの、威力。Jr.は驚きで口が塞がらなかった。
「魔法とか魔力とかいろんな言い方がありますけど、この技術のことを北の国では、流魂術と呼んでいます。
そして、これはさらに内身拳と外身拳に分けられます。
いまお見せしたのは、内身拳のほうですが、リベンジさんの住む西の国では、外身拳と呼ばれるこちらのほうがメジャーでしょうね」
ホミンは今度は手のひらを空に向けると脱力した。
すると、手のひらに小さな光が集まると、やがてそれは球状になり、ボールほどの大きさとなった。
「ああ、それは見たことがあるぞ。魔法だろ?俺は使えないが、騎士のなかでも何人か使えるやつがいる」
リベンジJr.は、同僚のマリスや、騎士団長のルーズベルトが、光球を用いて魔物を倒していたことを思い出す。
「ええ。このように、大気中から魂を集める技術が外身拳。
そして、最初見せたように、自らの肉体内に宿る魂を体内でコントロールして、一箇所に集中させることで威力のこもった拳を作れるのが、内身拳です」
「む……んん、わかったたぶん」
聴き慣れない言葉の羅列を、なんとか理解しようとするJr.。彼は勉学の道も邁進していなかった。
ホミンは光球を池に放ると、大きな水しぶきが立った。
「最終的にはどちらも習得してもらいますが、ひとまずあなたには体内の魂のコントロール、内身拳を学んでいただきます」
「なるほどな。……うん?ちょっと待ってくれ、そもそもなんで俺は修行する流れになってるんだ?」
Jr.は、最初の疑問に立ち返る。いきなり理論をぶつけられて脳が混乱していたが、前提として、なぜいまから自分は流魂術を学ぶことになっているのかを理解していなかった。
ホミンは、さっき言ったじゃないですか、と不満げに言う。
「だから、私の姉、クリスを倒して欲しいんですって」
「いや、だからなんでだよって……」
「私じゃ勝てないからですよ」
要領のえないホミン。
知識だけはあるようだが、幼いゆえに、自分の感情表現に感じては、言葉足らずらしい。
Jr.は頭をかいて、質問を限定的に絞った。
「じゃあ、なんで姉に勝ちたいんだ?」
すると、ホミンは、きっぱりと答えた。
「姉に勝ちたいことに、理由がいりますか?」
「…………」
Jr.は、偉大なる父親を持っていた。
厳格で、頑固で、融通がきかず、されど尊敬すべき父であった。
早いうちに亡くなってしまった父は、Jr.が成長して、その背中を超えることすら許さなかった。
Jr.が自堕落に育ったのも、父という目標を失ったことによるところが大きい。
年長の者を超えたいという、シンプルな理由は、多くの言葉を持って説明されるより、Jr.にはすんなり受け入れられた。
ホミンという少女は、姉のクリスを超えたい。
彼女の願いは、たったそれだけ。されど、それこそがいちばんの願いなのだ。
リベンジJr.は、組んでいた腕を解いた。
腹を見せられれば、こちらも気を張ってはられない。
「まあ、なんとなくわかった。でもその理由なら、お前自身が戦ったほうがいいんじゃないか?」
「私が一から育てたひとが姉に勝ったら、それは私が勝ったことと同じですからね」
真顔で答えるホミン。Jr.はしばらくその言葉を噛み砕いたが、ゆっくり首を傾げた。
「そういうもんかぁ?」
そこだけは同意しかねるところだった。
しかし、ジュニアも、あの北の国の強者クリスを超えることができれば、父を超えたいことと同義かもしれないと思い直す。
「ま、俺も目標がある方が生きやすい。飽きるまで付き合ってやるよ」
「やったありがとうございます」
真顔でお礼を言うホミン。表情筋が死んでいるらしい。
「…………」
まだいくらか言いたいことはあったが、こうしてジュニアは、ホミンに協力することとしたのだった。




