22話 うちなるちから
流魂術、内身拳。
全身を流れる魂を、瞬間的にからだの特定部位に集めることで、おおきな力を生み出す技術である。
謎の少女ホミンと出会って1週間、リベンジJrはひたすら座禅をさせられていた。
足を組んで、背筋をピンと伸ばすあの座禅である。
凹凸の少ない、平たい巨石を見つけたホミンは、彼に1週間ひたすらそこに座り続けることを命じた。
「座るって……座るだけ?」
厳しい修行を覚悟していたJrは、正直拍子抜けした。体力のない彼にとっても、ただ座るだけならば朝飯前だと。
……それが浅はかな考えだと気づいたのは、ほんの1時間後だった。
「そろそろつらくなってきましたか?」
「……つ、つらくなんか…い、いやかなり厳しい」
苦悶の表情を浮かべるJrをよそに、ホミンは地面に描いたいくつかの円で、けんけんぱの一人遊びをしていた。
「ほい、ほい、ほいっと。そうですよね、でもそれはまだこの修行の通過点なので我慢してください」
「くっ……」
なんの救いにもならない言葉に、Jrは歯を食いしばった。
長時間の同じ姿勢は、筋肉のない彼の体では維持することがかなり難しかったのだ。
背中の筋肉は悲鳴をあげているし、組んだ足は痺れて苦痛だった。
「せ、せめて目的を聞かせてくれよホミン。これによって俺はなにを得ることができるんだ……?」
ホミンは片足立ちでゆらゆらしながら答えた。
「全身を流れる魂を感じてもらいたいんです。あなたたちのからだには、魂が満ちています。その存在を認識できなければ話になりませんから」
「つまり、座禅を続けてれば魂とやらが俺にもわかるようになるってことだな?」
「はい、そのはずです」
「……絶対ではないのか?」
「……」
それには答えず、ホミンはいつのまにか森の奥まで描いた円の先まで、けんけんぱで跳んでいった。
不安がよぎるJr。本当にこの少女についていきてよかったのだろうか。
ひとり残されたJrは考える。
国を逃げ出した自分に行く当てはない。
そこでいままでスルーしていた疑問をふと思い出す。
そもそもホミンはなぜ、自分を選んだのだろう。
ホミンが勝ちたいと語った彼女の姉、クリスは強かった。それならクリスに手も足も出ない自分なんかより、どこかから強い人間を連れて来れば話が早いではないか。
「……てか、背中いてぇ」
Jrは悶々とした気持ちで、石の上で過ごした。
長時間の座禅で疲れ果て、いつのまにか意識を失っていたリベンジJrは、眠気まなこであたりを見渡した。
「ぐるるるる……」
「…………」
そこに広がっていたのは血の気が引く光景だった。
彼の座る石を中心に、周りをケモノが囲っていたのだ。
狼型の魔物「デビウルフ」。群れで行動し、夜に狩りを行う習性がある。
黒い毛並みを逆立たせたデビウルフたちは、唸り声をあげながら、Jrに鋭い眼光を突き刺している。
牙ののぞく口元からはヨダレが溢れており、獲物を前に欲求が抑えきれないようにであった。
彼から目視できるかぎり、数は全部で6頭。群れのリーダーは、Jrの正面に構えた、一際からだの大きな個体に違いなかった。
Jrはただの人間である。
デビウルフに一斉に飛び掛かられたら、いやたとえ1匹にでも襲われでもしたら、彼はなすすべもなく食い殺されてしまうだろう。
盤面は圧倒的に詰みの状態だった。あとはデビウルフが何かのきっかけに動き出した途端、リベンジJrの物語はあっけなく幕を閉じる。
「勘弁してくれよ……修行初日だぜ……?」
危機的状況を前に、自嘲気味に笑うJr。こうもどうしようもないと、足掻く気すら起きなかったし、恐怖を通り越して覚悟がすんなりと決まってしまった。
「ぐるるる……」
唸り声をあげるデビウルフたちのうち、正面のリーダーに彼は語りかける。人間の言葉が通じるはずもないので実質独り言であった。
「なぁ、俺の肉はうまいのか?お前らは飢えを満たされるのか?なぁ!俺は役に立って死ぬのかぁ!?」
声を荒らげるJr。その途端、デビウルフたちが一斉に地を蹴った。
四つ足が空に浮き、四方八方から牙が襲いかかる。
リベンジJrの目には、その映像がまるでスローモーションのように映った。死の間際の極限状態により、精神が研ぎ澄まされたのだ。
そのとき、視界の端にホミンが立っているのが見えた。彼とデビウルフたちからおよそ15メートル離れた木の影に、彼女はいた。
棒立ちである。
直立不動である。
焦るわけでもなく、ただただ彼女はJrがケモノに食い殺されようとするのを見ていた。
「(なんでだよ!!!)」
怒りと困惑が心の中で渦巻く。ホミンは自分の事情でひとを巻き込むだけ巻き込んでおいて、あとは放っておくというのか。
ふざけるな……!
Jrは身体が滾るのを感じた。そして眼前に迫るデビウルフの牙に手をかざし。
闇夜に血飛沫が舞い上がった。
太陽が昇るころ、ホミンは石の上でボロ雑巾のようになったリベンジJrのもとに近寄った。
「お疲れ様、わかりましたか?ソレが魂の感覚ですよ」
「……よぅくわかったよ」
Jrのからだ中にはデビウルフの噛み跡がついていた。生々しい傷口からは赤い血肉が覗く。
Jrは立ち上がる気力がなかったので、その場に倒れたまま、ホミンに尋ねる。
「なぁ、俺はやったぜ?これが内身拳ってことだろ?」
「うん、賭けだったけどうまくいってよかったです」
ホミンは口角を釣り上げた。ぎこちないがどうやら笑顔を見せてくれているようだった。
辺りに散らばるのは、デビウルフの死骸……ではなかった。彼らの毛が数本散らばっているだけ。
Jrは窮地を脱したが、超人じみた覚醒を遂げたわけではない。追い払うのがやっとで、1匹でも仕留めることは叶わなかった。
それでも群れのデビウルフをひとりで追い払うなんて、一般的な兵士ではなし得ないようなこと。つまりこれまでのJrでは到底不可能なことであった。
昇る朝日が、Jrの顔を照らす。まぶしい光にJrはまぶたをキュッと閉じる。
「なぁどうだホミン。俺は物語の主人公みたいじゃないか?俺を姉を倒す相手として選んだのもこの素質を見込んでのことか?」
「……調子に乗りすぎですよ、まだ第一ステップをクリアしただけです」
高揚感に浸るJrを、ホミンは冷静に嗜める。
しかし、ホミンはゆっくりとそこにしゃがむと、足を折りたたみ、膝の上にJrの頭を乗せた。
「しかし、報酬は必要です。よしよし」
ホミンはJrの頭を優しく撫でた。
「……っや、やめろよガキじゃあるまいし」
Jrは顔を赤らめるが、振り解こうとはしなかった。愛情じみたものを向けられるのは久しぶりだった。
ホミンは語った。
「あなたを選んだ理由ですが、最初から強いひとを私が従えられるわけないですからね。一から鍛えた方となら絆を育めるかと」
「絆って……」
苦笑するJr。逆光でホミンの表情は読み取れなかったが、感情表現の薄い彼女が絆という言葉を使うのはギャップがあった。
「それにあなたは珍しく『影響がない』、人間なので都合が良かったのです」
「ん?影響……?」
引っかかる言葉であったが、強烈な睡魔がJrを襲う。まぶたは重たくなり、全身に力が入らない。
ずいぶんとデビウルフに噛まれたものだが、次に目を覚ましたとき、天国に立っていやしないだろうか。
Jrはそんなことを考えてから、意識を失った。




