第17話 夜の通行記録
翌日の昼過ぎ。ギルの執務室では、セレストが王都の土地登記簿と、そこから確認した内容をまとめた数枚の紙を机の上に並べていた。
問題の土地は現在も個人名義で、所有者はかつて王都で運送業を営んでいた老人。十年近く前に商売から退き、それに合わせるように荷捌き場も使われなくなっていた。
「本人にも確認を取ったの?」
「ええ。今は娘夫婦と一緒に王都北部で暮らしているわ。あの土地は商売を辞めてから一度も使っていないそうよ。誰かに貸した覚えもないって」
セレストが書類の一枚を指で押さえる。
「私たちが確認した新しい錠についても知らなかった。本人が最後に使っていた頃とは違う物だって」
「じゃあ、勝手に使われてたってこと?」
「本人の話を信じるなら、そうなるわね」
ギルは椅子に背を預け、報告書に目を落とした。
長年放置されていた土地を誰かが勝手に使い、新しい錠まで取り付けていた。それ自体は十分怪しいが、肝心の「誰か」という部分には繋がらない。
「昔の使用人や運送業者にも確認してみたけど、最近あそこへ出入りしている人間に心当たりがある者はいなかった」
「そこまで調べてくれたんだ。セレストにはいつも助けられてばかりだね」
「それが私の仕事だから……。と、いいたいところだけど。なら、もう少し自分の立場を考えて行動してくれる?」
「何の話?」
「今日も外に出るのでしょう?」
セレストがギルの机の隅に置いていた上着へ目を向けた。
王城の中で着る服とは違い、街中でも目立ちにくい簡素な上着だ。
「まあね。シビルちゃんから連絡が来たんだ。昨日の荷馬車について、少し分かったことがあるって」
「リオンは?」
「まだ怪我があるし、レックスの方を見てる。今日は彼女と動くよ」
セレストは小さく息を吐いた。
「止めても無駄?」
「もちろん。女の子との約束は破れないから」
「なら私も」
「今日はいいよ。セレストには別で調べておいて欲しいこともあるから」
ギルは荷捌き場についての書類を一枚持ち上げた。
「この土地の線は一度切ろうと思う。ただ、過去に不自然な名義変更や、誰かが使用権を主張した記録がないかだけ、確認しておいて欲しいな」
「ギルがそう言うなら、やっておくわ」
「ありがとう。やっぱりセレストは頼りになるね」
「はいはい。もうわかったから」
投げやりに返事をするセレストを見ながら、ギルは席を立った。
荷捌き場を誰が使っていたかは、土地の記録からは分からなかった。
ならば、別の痕跡を見るしかない。
建物そのものが消えることはない。
荷馬車も、王都の外へ出るなら門を通る。
少なくとも、そこには人の目がある。
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「おっそーい!」
王城からしばらく歩いた先。人通りの多い商店通りへ入ったところで、壁にもたれていたシビルがギルを見るなり駆け寄って来た。
「約束の時間より前のはずだけど?」
「甘いね、ギルは。女の子との約束に時間なんて関係ない。重要なのは女の子を待たせないことなんだよ」
どこか偉そうにそう答えるシビル。
「それはそうかも知れないね。ちなみにシビルちゃんはどれぐらい前に来てたの?」
「ついさっき。ギリギリ滑り込みでギルより先に辿り着いた」
「なら、次からはあと三分ほど早く到着するようにするね」
「うん。ギルはものわかりがいいね。さすがは第三王子様」
「それは関係ないと思うけど」
苦笑いするギルに、シビルは満足そうに頷くと、すぐに歩き始めた。
今日はいつもの黒髪を帽子の中へ押し込み、肩から小さな鞄を下げている。一見すれば買い物途中の娘にしか見えないが、歩く速さは妙に速い。
「それでシビルちゃん。何か分かったって聞いたけど」
「うん。昨日の夜、荷捌き場から逃げた荷馬車のことだけど、東門から外に出てる可能性が高いみたい」
「可能性?」
「まだ確かめてないからなんとも言えないんだけど、時間と特徴がかなり近い荷馬車が東門を出たって情報を聞いてね」
「その荷馬車の行方は?」
「王都の外で見つかったみたい」
ギルが足を止めかけた。
「東門から街道をしばらく行った先に、小さな林があるでしょ? そこからちょっと入ったところに放置されてたって。今朝、近くを通った農夫が見つけたらしいよ」
「馬は?」
「いなかった。荷台も空っぽ。もちろん近くに人はいなかった。持ち主が分かるようなものもなし。壊されてもいたみたい」
「……ということは、捨てたんだね」
「たぶんね」
二人は再び歩き出した。
予想していなかったわけではない。
リオンたちに荷馬車を見られ、荷捌き場まで知られた。あの黒ずくめが証拠を消すために現れた人間なら、目撃された荷馬車をそのまま使い続けるとは思えない。
むしろ、ここまで徹底している方が黒ずくめの行動としては自然だった。
「何か手がかりが見つかればよかったんだけど、どこかの商会の印も削った跡もなかったみたい。最初から何も付けてなかったんだと思う」
「借り物か、盗品か、最初からそういう用途のために用意したか」
「なんにしても、あれ自体を調べても、なんの情報も出てこないかな」
「そうだね」
ギルは考えながら歩く。
荷捌き場の所有者からは何も出ない。
そこに出入りしていた荷馬車は、王都の外へ出された後、捨てられた。
一つ見つけるたびに、その先が消されている。
「リオンの言う通り、なかなか厄介な相手だね」
「そう簡単には尻尾を出さなそうだよね~」
その声音は、弾んでいるように街に響く。
「シビルちゃん、なんか嬉しそうじゃない?」
「それはそうだよ! ここまで丁寧に証拠を消す相手を追いかけるんだもん。追いかけ甲斐があると思わない?」
振り返る彼女の表情は、ニヤリと悪い笑みを浮かべていた。
「それに、全部消せるわけじゃないと思うんだ」
シビルはぶつかりそうになった相手に手を挙げて謝りながら続ける。
「荷馬車を捨てることはできる。倉庫の紙も燃やせる。でも、王都から出たなら門を通るでしょ? その時間に働いてた人の記憶までは消せない」
「だから東門?」
「そういうこと。ギルがいれば記憶は聞けるし、記録まで見れると思うんだけど」
「それで僕を呼んだってわけだ」
「うん!」
第三王子を使うつもりだった、という返事とは思えないほど元気な声。
「酷いな。僕はこれで王子だよ?」
「でも、ギルも調べようとしてたんじゃない? 東門のこと。だからわたしの呼び出しに応じてくれたと思ったんだけどね」
横眼だけで振り返る彼女に、ギルは静かに息を呑んだ。
外見はただの若い女性にしか見えない。活発で、リオンと一緒にいる時なんかは能天気とすら思える。
だが、やはりと言うべきか、リオンに信用されているには十分な高い能力を備えている。情報屋としては、侮れる相手ではない。そう思わせる問いかけだった。
「……なんでわかったの?」
「女の勘ってやつかな?」
「もうちょっとわかりやすく教えてくれるとありがたいんだけど」
「じゃあ情報屋の勘ってやつだね!」
これ以上、聞いたところで何の情報も出てこない。
そう察したギルは、王都の街並みを横目で見ながら歩みを進めた。
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王都東門は、西側のスラムに近い門とは雰囲気が大きく違う。
街道の先には周辺の町や農村があり、昼間ともなれば人と荷馬車が絶えず出入りしている。大きな石造りの門の脇には警備兵の詰所があり、通行する商人や荷物の確認を担当する兵士が何人も配置されていた。
夜間になっても門は完全に閉じるわけではない。
通行する者は大きく減るが、遠方への輸送や急ぎの商売、朝までに別の町へ荷を届けるために出る者もいる。そのため、夜番の兵士は昼間と同じように、荷馬車の中身を確認する決まりとなっている。
ギルは詰所の奥へ通され、夜間通行の記録を見せてもらっていた。
「こちらが昨夜分です」
夜番をまとめている騎士が、分厚い帳面を机に置く。
「ありがとう。ごめんね、手間かけさせちゃって」
「いえ。しかし、ギル殿下が自ら確認されるような案件なのですか?」
「少し気になることがあってね。まだ事件と決まったわけじゃないから、あまり大事にはしたくないんだ。今日のことは内緒だよ?」
「承知しました。では、私はこれで。何かあったら呼んでください」
兵士が下がる。
ギルの隣から、シビルが帳面を覗き込んだ。
「あんまり文字読むのは好きじゃないんだよねぇ~」
「情報屋なのに?」
「わたしは足と耳と伝手で情報を集めるタイプなの。こういうのは専門外です!」
「記録を見たいって言ってたのに……」
「だからギルを呼んだんでしょ!」
「はっきり言うね」
第三王子を相手にしているとは思えない言動だが。
「だからシビルちゃんとは接しやすくて助かるんだけど。ささ、一緒に見るよ」
「ええー!」
口では嫌そうに言いながら、椅子を引き寄せる。
昨夜、日が完全に落ちてから東門を出た荷馬車は九台。
昼間と比べればかなり少ない。
記録されているのは通過した時刻、荷馬車のおおまかな種類、御者の人数、申告された荷物、行き先など。ただし一字一句細かく調べているわけではなく、問題がなければ簡単な確認だけで通されている。
「これかな」
シビルが一箇所を指した。
大型幌馬車、御者一名、木箱数個、夜半、東部街道方面。
「荷捌き場を出てからなら、このくらいの時間だと思う」
「門番は覚えてるかな?」
「聞いてみようよ、せっかくだし」
先ほどの警備兵を呼び、その時間に詰めていた者を確認してもらう。
しばらくして、一人の若い兵士が入ってきた。
「昨夜、この荷馬車を確認したのは君?」
「はい。たしか俺だったと思います」
「何か変わったところはあったかな?」
兵士は腕を組んで考える。
「特には思い当たりませんね。記録通り、大型の幌馬車でした。荷台の中まで確認しましたが、木箱がいくつか積まれていただけだったと思います」
「その後、この荷馬車は戻ってきた?」
「少々お待ちください」
兵士が入門記録を確認するが、同じ特徴の荷馬車はないようだ。
「少なくとも、東門からは戻っていません」
「分かった。ありがとう」
兵士が部屋を出た後、シビルが机に肘をついた。
「じゃあこれが、王都の外で捨てられたやつだね」
「そういうことになりそうだ」
「これで終わり?」
「いや。せっかくだから、同じ時間帯の他の荷馬車も見よう」
「まだ見るの? わたし眠くなってきちゃったよ~」
手足をバタバタさせる彼女を横目に、ギルは帳簿をめくっていく。
夜間に通ったのは九台。そのうち六台は不自然ではないものだ。農産物を積んだ荷車、隣町へ向かう商人、王都近郊の宿へ酒を運ぶもの。
「これ、ちょっと怪しくない?」
シビルが別の記録を指したのは、二頭立ての大型幌馬車。出門時刻は、先ほど確認した荷馬車からそれほど離れていない。
「三十分くらい後だね」
「行き先は同じ東部街道で、荷物は木箱数個だけ。少なくない?」
「確かに、二頭にしては荷物が少なく感じるね」
大型の荷馬車を二頭で引かせているにもかかわらず、申告されている積み荷は少量の木箱だけ。
「これ、夜に出る必要あるのかな?」
「どうだろう……」
昼間であれば、荷が少ない荷馬車など珍しくない。王都へ荷を届け終えた車両が空に近い状態で帰ることもある。だが夜間となると少し事情が違う。
夜の街道を走るには危険もある。視界は悪く、昼間より護衛も必要になる。急ぎの事情がなければ、わざわざ大型の荷馬車をほとんど空の状態で夜中に王都から出す理由は薄い。
「んー……。戻る途中だったのかな?」
「あり得るね。王都へ荷を届けて、外の村へ帰る途中だったのかもしれない」
「じゃあ普通と言えば普通なのかな?」
「なんとも言えないね。」
ギルが記録を指でなぞっていると。
「……迎え?」
シビルが呟いた。
「なんの?」
「先に出た荷馬車、捨てたんでしょ? だったら、これが回収に行ったとか」
シビルが二台目の記録を指で叩く。
「行きはほぼ空っぽ。外で人とか荷物を拾う予定なら、空けておく理由にはなるよね」
「確かに……。でも、まだ弱いね。同じ夜に同じ門から出ただけだから」
ギルは記録を見ながら続ける。
「夜間の荷馬車が少ないとはいえ、ゼロじゃない。三十分違えば偶然でも十分あり得る。荷が少ない理由だって他にいくらでも考えられるからね」
「でも引っ掛かりがあるのって、これぐらいじゃない?」
「そうだね。だから、もう少し見てみよう」
ギルは二台目の記録へ視線を戻した。御者の名前、申告された荷、行き先、車両についての簡単な特徴。特別なものはない。
「この荷馬車を確認した兵士はいる?」
再び騎士を呼ぶと、今度来たのは五十代ほどの男だった。
「この荷馬車なんだけど覚えてるかな?」
「ええ。二頭立てだったので」
「荷物は?」
「記録通り、木箱がいくつかです。中も確認しましたが、特に問題はありませんでした」
「二頭の割には荷が少なかったみたいだけど」
「私もそう思いました」
「あまりこういうのはない感じかな?」
「いえ、珍しいというほどではありません。王都へ荷を届けた後、外へ戻る業者もおりますので」
「乗っていた人に見覚えは?」
「ありませんでした」
「よくこの門を使う荷馬車?」
「少なくとも私は覚えておりません。乗っていた人もですが」
「あなたはここの警備を務めてどれぐらいになる?」
「もう十年近くになります。それなりに、通行する人間とも顔馴染みが多いですがね」
それなのに、荷馬車の乗り手は見覚えがない人だった。
「とはいえ見ない顔なんて幾らでもいます。夜間は知った顔が多いですが、それでも全員の顔を把握しているわけではないですよ」
その言葉を整理し、ギルは少し考えた。
「この馬車、戻ってきた?」
「確認します」
昨夜から今朝。同じ特徴、同じ御者名の記録はない。別の門から戻った可能性もある。王都外へそのまま向かった可能性もある。現段階では、それ以上分からない。
「ありがとう。一つお願いしていいかな」
「なんでしょう」
ギルは帳面の二台目を指した。
「この荷馬車がまた東門へ来たら、僕に知らせてほしい」
兵士が目を細くする。
「止めますか?」
「いや。そこまではいいかな」
「よろしいのですか? なにかあるのでは?」
「事件に関係している証拠は何もないからね」
ただ気になる、というだけで商人を拘束するわけにはいかない。
「出る時でも、入ってくる時でもいい。できれば御者の顔と人数、荷台の様子を覚えておいてほしい。無理に調べる必要はないよ。普段通りでいい」
「承知しました」
「あと、この件は必要以上に広めないでもらえるかな?」
「分かりました」
「よろしくね、アルフォート。頼りにしてる」
ギルがそこで騎士の名前を呼ぶと、驚いたように目を見開いた。
そして、深々と頭を下げて部屋を出て行く。
「あの人と知り合いなの?」
「いや。初めて会ったよ」
「じゃあなんで知ってるの? まさか王子ってそういう能力が与えられるの」
「まさか」
ギルは席を立ち、帳面を閉じる。
「知っておいた方がいいと思って。来る前に東門の勤務表を見ておいただけだよ」
そう言って、窓の外で働く彼らを見て、静かに頷いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
東門を出ると、日はだいぶ傾いていた。城壁沿いに伸びる道には帰宅する商人や荷運び人の姿が増え、昼間とは違う騒がしさがある。
「ギルって結構慎重なんだね」
「そうかな?」
「うん。もうちょっと『怪しい! 捕まえよう!』ってするかと思ってた」
「僕を何だと思ってるの?」
「リオンの友達」
それを聞いたギルは、前を向いたまま、微かに口元を緩めた。
「どうしてリオンの友達だとすぐに突っ走るタイプになるの?」
「リオンはどちらかというと慎重派だからね。証拠を出さないとなかなか動かないし。だからギルはリオンの反対だと思ったんだけど」
「そっか……。まあ、昔はそうだったかもね」
「騎士団時代の話?」
問われ、ギルはどこか寂しげに遠くを見て、切り替えるように頭を振った。
「そんな話より今は、荷馬車の話をしよう」
「えぇー。リオン、昔話ぜんぜんしてくれないから、二人のこと気になってたのに」
「この事件が終わったらいっぱい話してあげるから。今は荷馬車に集中しよう」
「えー……。まあ、ギルがそういうならいいけど」
どこか納得してなさそうに、シビルがぼやく。
「とりあえず今日わかったことは、怪しい荷馬車があるってこと」
「確かにね。じゃあわたしが調べておこっか?」
「どうやって?」
「荷馬車は難しいけど、その周りならいっぱい調べられるからね」
シビルが自分の帽子を直す。
「馬を用意する人、車輪直す人、幌を張る人、御者。荷馬車を動かすなら人が要る。その辺から調べてみる。大きい荷馬車だしね。それなりに情報は出て来ると思うよ」
既に聞き込みをする場所が脳内に浮かんでいるのか、シビルの指は街のあちこちを指している。
「そうだね。じゃあ、そっちはシビルちゃんにお願いしてもいい?」
「任せて」
「僕は別の門の記録も調べてみるよ。あの荷馬車が別の門から戻ってないか。それと、過去にも似たような動きがなかったか」
「夜中に空っぽに近い荷馬車が出てるかどうか?」
「うん。もし何度も同じことをしてるなら、偶然とは言いにくくなる」
「なるほどねえ」
シビルが何度か頷いた後、ギルを見た
「もしあの二台目が本当に迎えだったとしてさ」
「うん」
「一台目を捨てること、最初から決めてたのかな」
ギルは、答えなかった。
昨夜、リオンたちが荷捌き場へ踏み込んだ。
黒ずくめはそこで仲間を撤収させ、自分だけが残った。
大型荷馬車は逃走。
その三十分ほど後、荷の少ない別の大型荷馬車が東門を出る。
「……どうだろう」
ギルはゆっくり答える。
「最初からなら、かなり用意がいいよね」
「わたし達に見られたから、逃げた後に用意したのかな?」
「そっちの可能性もある」
「逃げてからの時間と、東門を出た時間。二頭の荷馬車を用意するとなると、かなり急ぎだと思うけど」
「それは、そうだね」
ギルは昨夜の話を思い出す。
黒ずくめと一緒にいた、荷馬車で逃げた者。別の場所で待って荷馬車を用意した者。そして、王都外まで迎えに行った者。誰がどの程度まで役割を持っているのかは分からない。
「もしあの二台目が関係してるなら、黒ずくめ一人だけ追っても駄目ってことだね」
「……うん。かなり大きい相手かも知れない」
荷捌き場を片付ける者がいて、荷馬車を走らせる者がいる。王都外では車両を処分し、その先で使う別の荷馬車まで用意されている。
それぞれが同じ組織なのか、それとも別々の人間なのかすら分からない。ただ、あの夜の出来事が一人の思いつきで行われたものではない可能性は高くなる。
「シビルちゃん」
「なに?」
「もしそっちで二台目について分かっても、勝手に追いかけないでね」
その言葉に、シビルは大人しく頷いた。
「さすがにね。あの黒ずくめに襲われたら、かなりやばそうだし」
「そんなに強かったんだ」
「まあ、ね。わたし、初めて見たんだ……。リオンが誰かに押されてるところ」
どこか寂しそうに言いながら、足を進める。
「大勢に襲われることもあったし、不意打ちで狙われることもあった。けど、リオンはそういうのも含めて全部、跳ねのけて来たからさ」
その言葉から、シビルにとってリオンがどれだけ強い存在だったのかが伝わってくる。
だが、ギルはそれを聞いてわざとらしく首を傾げた。
「そうなの? 僕が見て来たリオンは、いつも誰かにやられてたけどね」
「えっ? そうなの?」
シビルが大きく瞬きを繰り返す。
「うん。当時の上官にはいつもしごかれてたし、同僚にも一対一で負けることもあった。当然、僕がリオンから一本取ることだってあったしね」
「リオンも、そんな時期あったんだ……。っていうか、ギルって強いの?」
「今じゃ歯も立たないけどね。僕は鈍って、リオンは強くなったから。久し振りにやり合ってみるのもありかもね?」
「なにそれ見たい! 絶対にやろうよ!」
「リオンが受けてくれて、セレストが許してくれたらね」
「それはどっちも無理そうかも……」
シビルは残念そうにした後、どこか楽しそうに笑う。
ギルはその横顔を見ながら王都を歩いた。
捨てられた荷馬車そのものからは、何も出なかった。荷捌き場の所有者からも、使っていた者には辿り着けなかった。だが、痕跡が完全に消えたわけではない。
人が動けば記録が残り、誰かの目にも触れる。痕跡を消せたとしても、同じことを続けるなら、どこかでまた同じ動きをしなければならない。
ギルはそれを待つことにした。
昨夜、東門を抜けた二台目の荷馬車。
次にその車輪が王都の門を通る時を。




