異常対策本部とイチゴミルク
メタルナアイーツ降下が連日した3日目が終わる。
状況を危ぶむ人が格段に増えた。
主因は遠方にも見える巨人と官邸の報道か。確かにヤバい。君たちはそう思うかも知れないが、私もそう思う。やっぱ、ヤバいよな。
ニュースにならなかった細部を見る。
自粛の延期、それでも働くエッセンシャルワーカー。世間は4メタルを先頭にしたメタラー群が抗争を繰り返すが、武器を抑止力とした裏社会や警官に軍配あり。黒木の部下の1人が6メタルで空を飛んだ。
そして首都圏山間部の巨人は動かない。
即座に動いた政府が意思の疎通を計るも、至極簡単な会話が限界。厳重な配慮のもと様々な誘導を試みるが、彼の言葉はいつも同じだ。
「あ? オラの友達はおっさんだけだぞ?」
......
緊急的かつ迅速に設けられた『国家異常事態対策本部』は首都圏の混乱を考慮し、隣接したとある県を拠点としていた。
無機質な鉄の部屋に、最新鋭の機器が所狭しと並んでいる。
各部門の専門家が集い、またはモニターに顔を並べ、ようやく移動時間1時間12分の睡眠を許された研究員が白目を剥く。
巨大モニターに分割して映される幾つもの映像は首都圏全区と巨人、警戒対象に指定された黒木の姿を映していた。
「本日の投下数確認。例の金属製特殊物質、首都圏10個相当の投下を確認しました」
努めて職務的に発生した声が、僅かに上擦っていた。
「じゅう? じゅうか......んんぅ」
威厳のあるスーツの男が唸る。
「もうこれ絶対裏にクソ野郎がいるだろ!!」
立ち上がりざまに叫ぶ。
周囲が一瞬固まり、それから白い目を向ける。
「......局長、憶測からの発言は控えて下さい」
どうやら、風通しの良い社風の様だ。
「んぅ......手段不明かつ現代科学的に分析不能な物質だが、その降下頻度が戦術的要素を含んでおり警戒に値する。可能性の1つとして、悪意ある超異常な現象を扱える知性ある個体の存在を警戒するべきである」
メタルナアイーツを降らせたマダオ。
彼は鼻歌混じりに考えた。
「とりま初日は大特価! 大盤振る舞い持ってけ泥棒。世界も同数振り撒いて? 数日少し抑えて、4日目一気にドーン!! .....いや、抑えるか? その方が、面白いかぁ?」
確かに悪意だった。
対策本部が分かることは、降下数が徐々に減っている事。しかし、今日の降下数はあまりにも具合が悪い。
悪意しか感じない。
局長は肌でもそれを感じる。怒られたけど、あんた......合ってるよ。
「不確定要素多数につき、可能性の高い推論の参照価値を一段引き上げる」
そう言うと、局長は立ち上がる。
落ち着きなく室内を歩きながら、時折りプロジェクターの光を頭に反射させて部下に睨まれながら、隣の女のコーヒーを飲む。
そうして、思案をまとめてから口を開いた。
「降下数の現象は収束に向かっている様にも見えるが、減り方が極端だ。むしろこれは、需要をガッツリ宣伝した上で数を絞って価値を引き上げている。そういうマネーゲームの様な意図を感じる」
数人の肩が震えていた。ここは、私語の場ではない。我々はエリート。
そういう意識を突き破り、小さな談義が始まる。それが、騒然へと雪崩れ込んでいく。
「ゴホンっ」
その咳き払いが、全ての熱を奪った。
「......なるほど。局長の言い分は分かります。根の部分に感性での憶測が含まれるとはいえ、どちらも想定して行動する方が合理的ではないですか?」
副局長の同意。
局長の彼とは正反対の印象。物腰が柔らかい。いや、局長がそういった人間だから周囲が冷静なのか。はたまた、彼はそれを狙って振る舞って……いるというのは考えすぎだろう。
「首都圏山間部の巨人出現について、その場所はとある富豪の別荘跡地だった。加えて彼は、例の物質を高額で買い占めていた」
彼らのいつもの光景。
水と油の様なやりとりに見えるこれが、徐々にまとまり真実に触れる。部下達は何度見てもそれが不思議でならない。
「……それは、どうでしょうか。些か早計では? 例の特殊物質とあまりにも、性質の違う現象です」
うんうんと過半数以上の部下がうなづく。
局長の話は突飛過ぎる。そう顔を見合わせる部下達の顔を見渡して、意地悪く笑いながら局長が言う。
「単体で見れば、それはそう。だが......例の特殊物質の回収数において我らが警戒した人物の1人黒木影人だが......これだ」
局長がそう言って、モニターに黒木影人の映像を出した。
「ーっ!?」
確度の高い映像だ。
部下達は唖然となり、一拍置いて思う。先に情報を出せと。副局長は少しだけ、震えていた。
「巧妙に隠しているが、コイツもあるんじゃないか? なーんか手品な能力が......」
局長が指を刺したモニターの映像。
そこには裏路地の黒木。彼に震えながら銃口を向ける警官。その指が小刻みに震えていた。
そして、事は突然だった。
その銃が、警官の後方から飛来したバールによって弾き飛ばされた。
後方のバールが、メジャーリーガーも真っ青な鋭角の変化球になって、警官を避けて銃にだけ当たる。素晴らしい手品である。
「......言わんとする事は、分かりました」
副局長が項垂れる。
巨人とはまるでベクトルの異なる事象、確定情報など何もない。それでも、確かな説得力があった。この現象群は、全て同じレベルで頭がおかしいのだと。
「......幸い、巨人の件は一応の解決をみています。市民の過熱は避けらませんが、本人には動く気も敵意もない様です」
そう言って、副局長が天を仰ぐ。
「怪獣映画大好き国民だもんな。解決はしたけど、緊急対応にゴッソリ軍事リソースさかれたままだけどな?」
局長が頭を抱える。
こんな事を言ってもはじまらないのは、分かっている。
どちらからともなくため息を吐く2人。
隣の女性は局長に半分飲まれたコーヒーカップを不燃ゴミに捨てた……。
その時だった。
異常対策本部の厳重な扉が開き、1人の男がそれをノックして見せる。
「押し売りで悪いんだけど、君たち......俺の情報、買わない?」
その場の全員が、思考を白く染められた。
「ーーっ、は?」
メタルナアイーツ、巨人、それ以上にあり得ない。
世間的には秘匿された本部に、先日、副局長が警備経費をかけすぎだと怒鳴りつけた……この本部に見知らぬ男がやって来たのだ。
「あ、アポ無し来訪者......だと!?」
……
異常事態対策本部は、国家機密の最頂点にある。
その存在を知るのは、ごく一部の国家上層部のみ。周辺警備はもちろん、指紋と網膜による多重認証を突破しなければ、内部に入ることなど絶対にできないのが本来だ。
その『絶対』が破られたとあっては、話が違う。
何のために通気性の悪い部屋で、むさ苦しい面々とすし詰めになっているのかわかったものではない。これならばいっそ、爆破解体で突入してくれた方が、まだマシだ。
「いちごミルク、どうぞ」
「お、いちごミルクどうも」
飄々とした男だ。
やけに細身な身体に丸メガネ。これほどの事をしでかしておきながら、本部の出した、毒の混入もあり得るだろういちごミルクを躊躇なく飲み干して見せる。
男は世道虚『ヨミチウツロ』と名乗った。
偽名の可能性が高い。しかし、そうも言い切れない。少なくとも他でも同じ名義を使っている様な気がする。
とにかく、彼は言った。
情報を買わないか……つまり取引である。一般的に考えればあり得ない……アポ無しでのそれも侵入者との交渉。しかし、本部の人間は誰もが感じていた……圧倒的な背に腹を変えられない感を。
彼には少なくとも、売るに値する情報がある。
本部の存在と場所を僅か数日で得る情報筋がある。恐らくは消息不明になった関係者の誰かを内通者としている。このまま、いちごミルクをご馳走して帰すという選択はなかった。
「まずは手土産だ。あのメタリックなヤツ……一部がメタルナアイーツと呼んでるが、あれには身体能力の向上の他に、6個ほど潰したときに全く別の能力覚醒がある……そう、あの山間部の巨人がその1人だ。で、俺の知る限りでこの国に5人……その1人が俺なんだがね」
やっぱり……本部の誰かがつぶやくが、慌てて口を塞ぐ。
まだ未検証だ。まだ彼の情報の真偽は分からない。だが……だいたい思っていた通りだった。
局長が不自然な笑みで世道の能力を聞き、世道は『高いよ』とだけ答えた。
「で、困ったな。俺は君達に情報を売りたいが……情報はクーリングオフ制度外だ。優秀な諸君が相手では俺が情報を匂わせれば、全てを察してしまう可能性もある。つまり先払い、信用払いでしかこの情報は売れないんだ、が……」
一呼吸の間、周囲は凍った様に静まり返る。
「この世道虚が渡す情報に何メタル出す?」
明日の天気を聞くかの様に、そう聞いた。
「……我々は自粛を促した立場だ。そのメタルナアイーツというものを所持していない」
世道が何かを探る様に、口の中をモゴモゴと動かす。一瞬の思案。
「実験用3メタル……」
「!?」
静寂の中、数人が息を呑む。
「捕獲先は他県に落ちたごく少量のメタルナアイーツを人海戦術で回収。比較的安穏とした県では、交番に届くケースもあった」
そして、世道虚が満面の笑みでこう続けた。
「サービス提供すると、その警官にメタルナアイーツを届けた1人は……俺なんだよね」
「…………」
その沈黙は、かつてのそれが喧騒であったかと思うほどの、真の無音だった。
「さ、そろそろタイムアップだ。どうするかな?」
会議も私語も許されず、本部は……彼のお客様になった。




