黒木影人
静かな時間、黒木影人は薄暗い倉庫にいた。
高身長のやや筋肉質な男。一般的なスーツを着込んでおり、整った顔立ち……しかし、その目つきだけがナイフの様に鋭い。
コンテナにドカリと座る彼の前には火のくべられたドラム缶、それに照らされたスーツ姿の8人の男だった。
「……見つけたか?」
数人の差し出したメタルナ・アイーツに黒木は口角を吊り上げる。
「お前とお前……あとそっちに虫取り網持ってるお前は組に帰れ。お前達は他の仕事が適任だ」
指を刺したのはどれも黒木が不審を抱いた部下である。
仔細に言うなれば普段は従っても、一定の利益に気づけば飼い主に手を噛む。そういった者を的確に把握しての除外。部下が車を走らせる音が聞こえなくなるのを待ち、黒木は事を始めた。
今から行う行為はそういう価値がある……黒木影人は既に、そう確信していた。
「よし、分配だ……俺は5メタル、残り3メタルはお前たちで好きに分けろ」
唐突ながらここで黒木影人を説明しよう。
黒木影人は、端役ヤクザの父とレディースの母の恋愛結婚で生を成した愛の結晶である。
幼くして悪の英才教育を受けた黒木は、瞬く間に多くの実績を残し、首都圏有数の暴力団で幹部補佐の地位まで上り詰めた男。
しかし、優秀すぎた自身と、しょうもない父のレッテル……何より、世襲が優先される組織風土に埋もれた彼は、自身の出世に限界を感じていた。
メタルナアイーツの降下は、そんな彼にとって大きな転機に映ったのである。
取説もなくばら撒かれたドーピングアイテムの有用性を即判断する嗅覚。
自身の境遇において、リスク理解でそれを踏み抜く精神。何より悪という悪を見てきた経験で培った洞察力……黒木とその部下が初動で多くのメタルを手にしたのは必ずしも偶然とは言えなかった。
その時、突然、轟々と燃ていたドラム缶の火が消えた。
「……なに?」
一目で分かる異常に、黒木らの身体が強張る。
火の消失と同時に立ち上がった黒木を囲うようにして、周囲を警戒する部下。ドラム缶の中には、見えない水をかけたとでも言わんばかりな半炭半木の燃料がゴロゴロと転がっていた。
「やっぱ、優秀だね」
暗闇の中に響く、粘りけの強い声に黒木は逡巡する。
顔を見られたくないのか、異常な火消し。しかし、会話を試みる空気は……ある。
そしてふと、現実の現象無視としか言えないという共通点が、彼の中で、今朝のメタルな怪事件と紐づいた。
「目的と報酬を言え…‥いや、命令と報酬。それでいい」
ピュゥウという掠れた口笛が、倉庫の暗闇に木霊する。
「気に入ったよ。頭が良い……キモいくらいだ」
「俺の名前はマダオ……魔王。命令は……お前、俺の影武者にならないか?」
「……」
暗闇の中、男は怒っていた。
黒木の部下Aである。黒木にもっとも心酔し、部屋には隠れて等身大ポスターを貼ってキスしてから眠る。忠誠心250%の男……部下Aは、自らが敬愛する黒木影人様を事もあろうに影武者にするという信じがたい命令に憤り……沈黙した。
如何に腹を立てようにも、主人の会話に割って入ることなど許されない。彼にそれが許されるのは銃声を聞いた時、のみである。
「報酬は?」
「何が良い? メタルの現物支給か……情報? 言っておくけど、どっちもいらないなんて言ったら、どっちの斧も手に入らないのが現実だぜ?」
「情報!」
マダオの声が途切れるのを待ったのが怒らせない配慮と踏まえた上での即答。
再び闇に下手な口笛が響いた。
「最高……良いよ。ゲームバランス的に5メタル? あとは……取説な」
姿も見えない暗闇で、黒木たちは一様に理解した。
マダオは嗤っている。そして、嗤っているのは明らかに取説の譲渡についてだ。
その全貌を話すことを心底に楽しんでいる様だった。
……
数分後、灯りが戻ると同時に黒木たちは座り込んだ。
酒、いや……今はキンキンに冷えた麦茶がいい。緊張で乾き切った喉が痛い。頭も痛い……それはそうだ。誰が信じるんだ。
「メタルナアイーツ? 大体10個で金メダリスト級のステータス加算……6個目で超常的な能力に覚醒する?」
ゲームだ。バカだ。あり得ない。
その場の全員がそう思った。
そう思う黒木たちの前で、一本のバールが……宙を踊っていた。バカなゲームの様な現実だった。
メタルナアイーツ降下初日。
降下数……首都圏に約30メタル。参加率極小にて参加者取得数1及び2メタル。取得者は偶発的参加が多く裏社会比率高め。マダオの譲渡分を含め黒木8メタル、部下の総メタル数5メタル。
……静かな夜が、明けていく。




