黒木影人の国
「相当のメタルを持っているな……」
ビルの屋上に招かれた森川天星は、黒木の問いに答える。
「6メタルですが、僕は同意した仲間のメタルを共有できます」
黒木の眉が動いた。
「正直だな。だが、歪みすぎた正直さだ」
「……話を戻しても?」
「巨人と合併した集落の、外交だろう?」
「……ええ」
珍しく黒木が言葉を選び、沈黙する。
逡巡の後に、小さくため息を漏らした。
「その話は、今は無しだ」
「なぜですか?」
僅かに身構えた天星を黒木が制止する。
「お前は、その集落の代表では無い。そうだろう?」
「それは……そうですが」
天星は理解だけをした。
「安心しろ……この国は戦争をする気はない。お前が出なくとも、いずれ話しはまとまる」
黒木の表情は動かない。
ただ、真っ直ぐに目を覗かれた天星は唾を飲んだ。
「では……別の話をしても?」
黒木が先を促し、天星が大きく息を吐いた。
「この国は凄いですね。まるで昔と変わらない……道路があり、電気があり、水道がある。仕事があり、流通もある」
素晴らしい国だ。
天星は集落を周り、その目で知っている。ひび割れた道を歩いた。腐臭を帯びた風が吹くたびに、廃墟のひびが悲鳴をあげた。沢山の人が泣いていた。
「外に比べれば、そうだろう。統治体系も限りなくあの頃に近いモデルを採用している」
まるで他人事のように、黒木は言った。
次の言葉を一瞬、天星が言い淀む。だが、好奇心が僅かに背を押した。
「では、教えてください。……なぜ、この国の人は笑っていないのですか?」
……
「場所を変えよう」
黒木はそう言うと天星を公園へと連れ出した。空には虹がかかり、コンクリが、水溜りをちゃんと受け止めている。だが、やはり人々に笑顔が、活気がない。これだけの国を築いた黒木の姿を見ても、何の反応も見られなかった。
また、あの顔だ。
住民と同じ目で、単調に黒木が言う。
「政治体系は似ているが、俺の国の道徳は違う。悪事は裁くが『やるなとは言わない』……防げなかった人間も悪いからだ」
違和感の正体が、ドアの隙間からそっと、こちらを見た。
目を丸くした天星は、言葉を探し、黒木はそれを静かに待っていた。言葉を纏めようとする脳が熱くなり、身体が痛いほど冷えていくのを感じた。ようやく、口を開いた天星は言う。
「それは、少し冷たい気がします。ハンデを持って生まれた人が……」
天星はそう言いかけて、震える。
頭の中で、あの時の少女が泣いた。
「入院とか……少しだけ躓いた人は? 『ちょっと運が悪かった』だけの人は、この国では、どうなるんですか?」
天星は、黒木の答えが分かっていた。
そして、勘違いであって欲しかった。
「息苦しいだろうな……だが、この国では、上手く生きる努力が不可欠だ」
黒木は、迷いのない声で言い切る。
日が陰り、枯れ葉が空に消えた。
「それで困るなら、他の国に行けばいい」
その言葉に天星は、考えるより先に叫んでいた。
「それが出来るのは、強い人だけだ!!」
天星の声は、震えたまま止まらなかった。
黒木はそれを日常の様に、受け止める。
「ああ、強い人間だけが残る国だ……もう、いいか?」
天星の前にあるものは、ただ変えようのない日常だった。
「僕は、僕は……この国が正しいと思えません」
精一杯の言葉が、空に溶ける。
「それは、この国が終わる時に、分かる事だ」
もう黒木影人は、天星を見てもいなかった。
「……これが悪魔の証明、だとでも言うんですか?」
黒木は答えなかった。単純に、興味がない様だった。
……
「何も出来なかった……」
黒木の国を離れた道、天星は息をするだけで、何かを失っていく気がした。
「あの人の言ってる事は、分かる」
それが何より、辛かった。
「もし、あの人の国なら……僕みたいな子どもは、産まれないかもしれない」
ただ、その正しさを心が拒んだ。
天星はゆらゆらと歩いた。
黒木が最後に示した場所を、天星は目指す。
鉄屑となった、都市だった場所。
そこに佇む、一軒家へと。
森川天星と歪マダオが、間も無く……出会う。
……




