森川天星とイチゴミルク
森川天星との初対面で、世道は奇妙な印象を受けた。
この少年は正義の人というには、なにかがおかしい。
ダメ元で聞いた世道の質問に、彼は迷いなく答える。
「僕? 6メタルですよ。この異常能力『シェイク・ハンド』は握手した人のメタルを僕が共有できる能力です」
「そっ……そうか。なるほど……ね」
平静を装えなかった。
能力の伸び代、異次元。
「え? 旅の同行? 分かりました。これからよろしくお願いします」
満面の笑みで快諾する天星。
その後ろを歩く世道の頬を汗が伝う。
「ウソだろ……こいつ、初対面の相手に『自国の軍事力』を晒しやがった」
そう呟く世道虚の前、亀裂まみれのコンクリート道を、木陰が黒く塗りつぶしていた。
……
世道虚と森川天星のあてのない旅が続く。
整わない道、日陰1つない道を行く2人。御天道様は見守っているというより、焼き殺そうとしている気がした。
人を助け、感謝され、握手を求めて……距離を取られる。
そんな事を繰り返す毎日にまた、世道虚が痺れを切らせた。
「なぁ天星くん? 一回でいいから、俺の言うことを聞いてみろって」
怒るでも呆れるでもなく、天星が返す。
「またですか? だから、それは僕のやり方じゃないです」
この数日、世道虚は手を変え品を変えては言ってきた。似た様な説得を。
それでは『宝の持ち腐れ』だと。
その力の正しい運用は『握手の強要』だと。
太陽を、大きな雲が包み、嘘の様に暗く冷える。
「もう一度だけ、言うぞ……先に力をつけた方が救える事も増える。今のふやけた菓子パンみたいな君じゃ、何も助けられない」
頭を抱えながら、それでも言わずにはいられない。
例えば、抗争に協力して握手をする。つけた力で別の抗争に……それを繰り返すだけで、彼は最強になれるというのに。
天星はそれを聞いても、一切笑みを崩さず返す。
「少しずつ、やっていけばいいんですよ。それに、僕には証明したいものがあるので……自分がそれを裏切る訳には、いかないんですよ」
「はぁ…… なんて、もっっったいないんだ!!」
世道虚は離れられない。
それだけの価値がある。しかし天星は、日を追うごとに、彼の理想から離れていった。
……
「ほら、見ました? 今日は3メタルの人に握手してもらいましたよ」
「たったの3メタルだろ。それも何日かけてだ?」
「何日って……12時間くらい、じゃないですか?」
「前回の握手から3日だ!! それに、それは半日って言うんだ!!」
「なんですか。たまには褒めてくれても良いじゃないですか……」
「だからなぁ……俺の言う通りにやれば1日で30メタルくらいあっという間に……ん?」
気づけばそこには誰もいない。
これも、何度か見た光景だ。
「今度はどこで押し売りだ? あんの……クソ坊主がっ!!」
……
道はずれの小川。
天星はそこで、ずぶ濡れの少女を介抱していた。木陰に運び、手慣れた動作で消毒を済ませ、綺麗に包帯を巻いた。
「やっと追いついた……で、そいつは?」
相当数のメタルを持つ世道の息は切れない。だが、めっちゃ怒ってる。
彼は『人の話を聞かない人間が嫌い』だ。
情報と交渉を生業にする身としても、普通のおじさんとしても、だ。
「まだ意識が戻らないので、なんとも……」
「ああ、もう!! 毛布持ってたろ。包んどけ!! 俺は焚き火をつける」
何をしているんだか。世道はそう呟いた。
……
しばらくして、少女が目覚める。
一通りの挨拶を済ませ、事情を聞く。
「で、前の集落からあてもなく逃げた……無鉄砲の、自業自得だな」
吐き捨てる様に世道が言う。
「世道さん、その言い方は無いですよ」
世道は、嗜める天星に顔を背ける。
もう分かった。この小僧には言っても無駄だ。
「あの、すいません。私のせいで……」
そう言って少女は毛布を、強く握りしめた。
「良いんですよ。この人は無視した方が、完治に良いですから」
「おいっ!!」
呆気に取られる少女の前で、拳を振り上げる世道と笑う天星。
こうして旅に目的ができた。彼女の新しい集落を探すのだ。
天星が言う。
「こんな風に、1人1人と心を通わせていけば良いんですよ」
世道が言う。
「0メタルの、お荷物だけどな!!」
……
「なぁ……やっぱ一回でいいからやろうぜ? 人助けなんてそのあとの趣味でいいだろ?」
「ちょっとしつこいですよ? おじさん」
「おじさんだからな!! お前は頑固過ぎるんだって!!」
「僕がそうでなきゃ……証明できないんです」
「証明?」
世道は、ふと足を止めた。
「……僕は『善性の悪魔の証明』を探しているんです」
どんな境遇でも発揮される善性を……天星は真剣な目でそう続ける。
「あ……」
世道は、それを聞いてあんぐりと口を開けた。
「青臭えぇ……」
少女を気遣い進む道は険しかった。
そよ風の度に廃墟が崩れる音がする。野晒しの人だった物と、その腐臭。木陰と飲み水、日々の食事を確保するだけでも、かなりの時間を要した。
それでも彼らは諦めない。
少女は理想の集落を、少年は世界の善性を、そして世道は、磨けない原石を。
……
少女と旅をして2日。遂に、集落が見えた。
「なぜ……ですか? ここは豊かな集落だと聞きました!!」
天星の訴えに、集落を纏める女性が力なく首を振る。
「坊や、この集落は無条件に豊かな訳じゃないのよ。みんなが厳しい農業を続けているから、豊かなの」
そう言うと、彼女の目が少女の白く細い腕を見る。
少女が一歩下がり、天星が口を開く。だが……それが声になる前に、世道がそれを止め、苦い顔で首を振った。
更に1日、次の集落が見えた。
その領主は老人だったが、異常能力が狩りに向いていた。1人で多くの食料を得られる彼の集落には、少なくとも、飢えの匂いがしなかった。
「ワシらは構わないが……」
老人が言い渋る。
「何か、彼女に問題が? 僕で何か解決出来ませんか?」
天星が詰め寄るが、老人は大きくため息を吐く。
「恥ずかしい事じゃ。この集落は、あの頃の外に似ている……」
ビクりと、少女がはねた。
肩の切り傷をおさえて震える少女から、老人が目を逸らす。
「……ワシは狩りで集落にいない時間が多過ぎる」
老人が力なく言う。
お主が、ここで彼女を守り続けられるならば、或いは、と。
……
メタルナ・アイーツが降らなくなって、平和になった。
メタルナ・アイーツが尽きるまで、数が減るほど激しく争って……ようやく世界は平和になった。
天星達の、足取りは、重い。
また、どこかで、廃墟の崩れる音がした。
「なぁ……」
「諦めませんよ。どうしてもと言うなら、世道さんは……」
「……バカか。ここで帰ったら、お前に付き合った時間まるっと損しか無いだろうが」
「……はい、そう……ですよね」
そして、到着した集落で天星は目を丸くする。
そこは見るからに豊かで、活気がある。取りまとめる青年が、人々をまとめ上げていた。ただ、沢山の集落から狙われていた。
「……世道さん、僕と……握手してくれませんか?」
「ふざけるなよ……なぁ、もう散々好き勝手しただろ? なあ!?」
「だからっ!! 世道さんの力があれば……」
「……お前なぁ!!」
世道が天星に掴み掛かった時、少女が声を張り上げた。
「あのっ!!」
少女は辛そうに笑って、こう続けた。
「私、元の集落に戻ります……わがままで、ごめんなさい」
2人は俯き、彼女を見送る事しか出来なかった。
彼女の集落は、巨人の集落だった。




