汚談
「アタチはピクシー、名前はまだないの」
「ご主人様は私のハネがだいすきなんだ。たくさんクンクンしていたよ」
「でも、最近はね……ずーっと外を見て、ボーッとしているの」
「あの人が窓からぴょーんってしてから、ずーっと」
視線の先、窓の外はあの日と同じ……穏やかな暗雲だった。
……
過去。
マダオがフレッシュな新入社員だった頃のお話し。
「森川先輩、今日も美人っスね!! よっ尻があったらしゃぶりたい」
「バーカ。尻はあるけどしゃぶらせねーよ」
前言撤回。
正確には『比較的』まともだった頃の話だ。
「おーいマーダーオーくーん? 何? いつ書類できるの? 返事遅っ……声が小さい。敬語は? 豚なの?」
ドカリと机に靴を挙げた上司が言う。
彼がこの会社の中心だ。コンパスを当てると……ほら、その声量が低いところほど活気がある。
「七光部長、少し言い過ぎでは? 彼は新人です。……あと、彼のこの前の企画、名義が部長になっていましたが?」
「あ? 見間違えだろ!! 確認するから今日は出る。直帰するからあとはやっとけよ……クソが」
「はぁー……相変わらず、絵に描いたような人ですね」
なにを……とは言わないが。
「プっ……良いわね。その言い方、好きよ」
この快活な女性、森川茜『モリカワアカネ』が、マダオが会社を辞めなかった理由の120%を占めている。
ひとまわり以上歳上だが制服が似合いそう。陸上部で日焼けしてほしい。シングルマザーだが、全然あり。
彼の口に出る言葉は品がないが……彼なりに本気の恋、だったのだろう。
七光部長のマダオ蹴りは入社日から始まった。所謂、顔吊りである。
明らかなパワハラ、その他諸々でスリーアウトはとうに超えている。
それでも、男は在職し続けている。理由は単純。彼の父は、取引先の社長だった。
性懲りもなく続くそれを見かねて、彼女が口を出したのが三日目。
以降、この嫌な日々と、愛しい人の笑顔を見る日々が、同時に積み重なっていった。
彼女との関係は、職場だけではない。
休日は彼女の子どもと3人、ピクニックや遊園地に行った。子どもは、マダオを気に入っていた。まぁ、ヒーローごっこの悪の怪人役としてだが。そして、よく夕食を一緒に食べた……彼女の家で。あのマダオが。
ある日のピクニック。
「え、息子さん天星『アマホシ』君ですか? 森川天星……すごいっスね。何がとは……言いませんが」
彼女が息子を溺愛しているのは、知っていた。
それでもだ。
あのマダオが、少しだけ引いた。
「でしょ? 本当は『シャイニング』って読ませたかったんだけど、お役所が固くてねえ」
うっとりと虚空を見つめる茜。
彼にとって、その横顔を眺める時間は至福だが、それを差し引いても声が震えた。
「あぁ……それは、残念ですかね? 良いと思いますよ! うん。アマホシ、サイコー!!」
色々な事があった。
潮干狩り、焼き芋、スキー旅行。温泉旅行は、混浴ではなかった。
デスマーチ、直前の企画変更、天星の迎えを代行するマダオ。デスクの上のカップラーメンを2人で分けた。
そして、黒いスーツを着たマダオは今、葬儀場にいる。
写真の女性は、眩しいくらいに綺麗だった。
葬儀の途中、1番嫌いな声が聞こえた。
「産むなって言ったよな? 俺、ちゃんと金払ったよな? 天星? 認める訳ねーだろバーカ」
「…………………は?」
後で聞いた噂。
昔、森川茜は七光のターゲットだった。
マダオを庇ったあと、森川茜は再び七光の目についた。
人前では隠している様で、深刻な鬱だった。
……それからの、事。
マダオは吐いた。
涙にボヤけた視界には、世界がドブ川に映った。
笑ったまま人を壊す人間がいた。それを守る会社がある。
世界はそれに気付かない。それに……そんな風に産まれた子供を溺愛する女も、理解できない。
部屋の外を拒絶して数年、両親は金だけを置いて、消えた。
彼はただ、何年も反芻した。1日と欠かさず、世界を憎んだ。
そして、魔王になり……あの娼婦に出会う。
今は、もう、動かない。
その後、メタルナ・アイーツが降る事は無くなった。




